連続百名店小説『東京ラーメンストーリー』93杯目(嶋/西新宿五丁目)

グルメすぎる芸人・タテルと人気アイドルグループ「綱の手引き坂46(現:TO-NA)」の元メンバー・佐藤京子。2人共1997年生まれの同い年で、生まれも育ちも東京。ラーメンYouTuber『僕たちはキョコってる』として活躍している2人の、ラーメンと共に育まれる恋のようなお話。
無事三ノ輪の基地で同棲を再開した2人。離れ離れだった数ヶ月を取り返そうと、夏を全力で楽しもうと考える2人だったが…

  

2日後の朝、タテルは京子と10秒程じっくり抱擁を交わして水戸へと旅立った。東京に残った京子も、バラエティ番組への出演や撮影などで忙しくしていた。それでもその先には2泊3日の沖縄旅行が待っていたから、モチヴェーションを高めて日々を乗り越えた。

  

沖縄旅行の2日前、見立てではここで茨城での撮影がクランクアップしタテルは帰れるはずであった。しかし昨今の異常な天気により撮影が何度も中断され、タテルは旅行初日の夜まで帰れないことになってしまった。
「ごめんよ京子、本当にごめん…」
「しょうがないよ。ドラマ撮影はそういうこと多いからね」
「2人きりでの初めての旅行、楽しみだったのにな…悔しくて泣けてくる」
「泣かないでよ。まだチャンスはあるから。そうだ、帰ってきたら次の日早速ラーメン食べに行かない?」
「行きたい。茨城来てから全然食べてなかったから」
「そしたら予約しておくね、嶋って店」
「嶋って予約できるの?記帳制じゃなかったっけ?」
「変わったみたい。うちら的にはネット予約の方が楽だもんね」
「前から行ってみたかったから良かった。じゃあ予約、頼んだよ。絶対帰ってくるから」
「タテルくんの帰り、楽しみにしてる。最後まで撮影頑張ってね」

  

その後予定通り帰京となったタテルは、東京へ向かうロケ車の中で京子とメッセージを交わす。
「やっと帰れる。寂しかったよ」
「私も寂しかった。けどこれからこういうことは当たり前になるから、慣れないとね」
「わかった。あそうだ、結局休みは2日あるよね」
「明日含めればそうだね」
「沖縄は行けないけど、近場の温泉行かない?」
「え行きたい。どこ?」
「飯能。駅から山奥に行くバスの終点」
「面白そう。予約とれるの?」
「余裕でとれる」
「それあまり聞こえ良くないけど」
「かき氷もあるってよ」
「行きたい!」
「早えよ気が変わるの…」

  

2週間ぶりに降り立った夜の東京の空気は、じめっとしつつも日常に戻った実感を運ぶ香りであった。タワーマンションの暖色の照明はファンファーレのようにタテルを歓迎し、自室の扉を開ければそこにはいつもの京子がいた。
「おかえり、タテルくん」
「京子!」
「力強すぎるよタテルくん…」
「だって会いたかったんだもん」
「私もだよ」

  

タテルは磨きをかけた話術で茨城での土産話をたんまり披露し、京子は嬉しそうに頷きながら小一時間それを聴いていた。

  

「う〜、重たい…タテルくん、寝相悪すぎ!」
「…」
「全然起きないし」
「キョウコノコトガダイスキ…」
「寝言か。久しぶりに隣で寝てくれる人がいて嬉しいんだねタテルくん」
タテルからの力を上手く分散させ、何とか眠りについた京子であった。

  

翌朝、2人は1泊2日分の荷物を詰め込んで自家用車に乗り込み、先ずは新宿の嶋へ向かう。駐車場は勿論無いため、近くのコインパーキングに駐めて店に向かう。新宿とは言っても最寄駅は西新宿五丁目という中心から離れた場所で、都心の雰囲気はありつつも空の抜けが抜群であった。たった2日の夏休み、その幕開けに相応しい青空である。

  

東京でNo.1と言われるラーメンの名店、嶋。モダンで洗練されたインテリアに非日常感を覚える。壁には人気アイドル「等愛」「不等私」「近似喜」のプロデューサーやツンソス長谷川など、テレビで活躍するタレントのサインが多数書かれていた。今回は先ずラーメンを各々1杯ずつ食べ、その後つけ麺1食をシェアすることにした。

  

まずは一番人気の特上醤油らぁ麺。醤油の味・旨味が強く濃く、後味には甘味もある流石の仕上がり。麺もどちらかというと柔らかめで、スープと一体化しつつ麺の個性も楽しめる。

  

特上のチャーシューは、脂と身が極限までホロホロのものから、カッチリしつつもボソボソしていないものまで多様性に溢れている。鶏肉よりも豚肉の方が味わい深く感じた。
「美味しい。久しぶりのラーメンがこれだなんて贅沢だよ」
「私も、タテルくんがいない間はガッツリ系ばっか食べてたから、こういう繊細なのは久しぶり」
「…もしかして、本当はガッツリ系が好き?」
「まあね。昔からガッツリ系か辛いのが好き」
「それは何となく聞いていた。番組で個人的ラーメンランキング発表してたの見て、好み偏ってるなぁって思ってた」
「でも今は出汁の良さがわかるようになった。タテルくんのおかげだよ」
「俺のおかげ?いやそんな大それたことしてない」
「タテルくんみたいに大人の味に慣れないとな、と思っててさ。これからもよろしくね」

  

2杯目はつけ麺。鰹出汁の効いた昆布水が旨く、麺だけでも日本蕎麦のように楽しめる。

  

つけ汁は濃いめで、あっという間に麺に味が纏わりつく。
しかし別皿に盛られたチャーシューは冷えて脂が悪目立ちしていた。食感もモソモソし、つけ汁に浸すと脂が流れ出し冷えて固まり浮いてしまう。昆布水のとろみと混ざれば混沌とした不協和音が生まれてしまう。
(編注:筆者が実際に訪問した2023年8月時点の情報。現在ではつけ汁に直接チャーシューを入れて提供されている模様)

  

「ああ、結構腹一杯だ…」
「つけ麺はお腹に溜まるね…運転大丈夫?」
「ちょっと休みたい…」
「いいよ。まだ12時過ぎだし、ゆっくり行こう」

  

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