連続百名店小説『東京ラーメンストーリー』9杯目(トイ・ボックス/三ノ輪)

グルメすぎる芸人・TATERUと人気アイドルグループ「綱の手引き坂46」のエース・京子。2人共25歳の同い年で、生まれも育ちも東京。
ひょんなことから出会ってしまった2人の、ラーメンと共に育まれる恋のような話。

  

再開発進む三ノ輪に、マンションの1室を借りた2人。この日は部屋に荷物を運び入れていた。
「白いカーテン、ピンクのソファー、モコモコのマット…完全に女の子の部屋じゃないか」
「私って意外と乙女なのよ。声低いから誤解されるけど」
「俺が居づらいって…」
「大丈夫よ。ずっと居るわけじゃないんだから」

  

「荷物多いな。ねぇタテルくん、腹ごしらえしてから荷ほどきしない?」
「そうしよう。早く行かないと混むよね、あのラーメン屋」
山谷や吉原にも近い下町中の下町、三ノ輪。そこにある唯一と言っていいほどの名店が、このトイ・ボックスである。平日、開店の15分前に到着し、前にいた2人に続いて並んだ。

  

「よっしゃ!1巡目で入れる!」
「良かった…それにしても三ノ輪なんて初めて。東京生まれ東京育ちなのに知らなかった」
「ここは秘密基地にちょうど良い町だ。芸能人は基本23区西部の方にいる」
「たしかに私も西部。池袋より先は行かない」
「上野・浅草よりこっち側に来るやつなんか絶対いないから、思いっきり忍べる。オマケに交通の便も悪くない」
「さすがタテルくん」

  

11時を少し過ぎ、暖簾が出て開店した。噂に聞いていた「開店時刻若干遅れの術」は本当だったようだ。
「炙り地鶏飯とか気になるけど…特製食べるとヘヴィーすぎるよね
「蛇?ん?どういうこと?」
「重いか、ってこと」
「うん、重いと思い…アハハハ!」
「出たよ、京子の必殺技『ゲラ』。何が面白いんだよ!しょうもないダジャレでしょ」
「おかしい、アハハハ」
「後ろいるから早く!特製醤油でいいよね?」
「ごめんごめん、いいよ、アハハハ」

  

「アハハハ」
「まだ笑ってるし…想像いぞうだな」
「アハハハ、何よ想像『いぞう』って!」
「ちょっと噛んだだけなんですけど〜!」

  

京子のゲラが漸く収まった頃、ラーメンがやってきた。2人は改めて真剣に、目の前の1杯に向き合う。
まずスープを味わう。鶏の旨味がたっぷりこもった鶏油に、タテルは思わず声が出てしまう。
「わっ!」
「タテルくん!」
「黙る方がムリだって、この旨味!」
「そうだよね。無言ルール、やっぱやめようか」
「うん」

  

続いて麺を啜ると、鶏の濃いアブラの味が、トゥルトゥルの麺によく絡む。
「うん!」
無言ルールを撤回した京子、早速唸る。
「ほらやっぱり。本当に美味いと無言でなんていられないのよ」
「うるさいね。余計なことは喋らないで。大体タテルくん、一言が長すぎ」
「すんません…」

  

脂を感じたり、赤身に寄り添ったりと、バラエティ豊かなチャーシューは北品川の和渦を彷彿とさせる。さらに味玉もやんごとなき味わいになっており、タテルはこれらを白飯と共に食べた。贅沢なミニ丼の完成である。
ワンタンには香りのアクセントはなく、肉を味わうものであった。余計な味はそこにない。

  

「いやぁ美味しかった!タテルくんも喜んでくれて嬉しい」
「こうして一緒に食べ歩き始めてから、今までで一番美味かった!幸先良いスタートだ」
「でもまだ家具の配置、固まらないな…そうだ、もう1軒行こう。私ちょっと乗ってみたい電車があるの」
そう言って2人は、都電三ノ輪橋の停留所へ向かった。

  

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