連続百名店小説『東京ラーメンストーリー』89杯目(麦苗/大森海岸・大森)

グルメすぎる芸人・タテルと人気アイドルグループ「綱の手引き坂46(旧えのき坂46)」の元メンバー・佐藤京子。2人共1997年生まれの同い年で、生まれも育ちも東京。ラーメンYouTuber『僕たちはキョコってる』として活躍している2人の、ラーメンと共に育まれる恋のようなお話。
三ノ輪の拠点で同棲開始して間も無く、古巣である綱の手引き坂46の独立騒動に心を痛めた京子。綱の手引き坂のスタッフとして解決に奔走したタテルだったが、結局独立の道を選び、綱の手引き坂はTO-NAに改名、圧力をかけられ都心での一切の活動を禁じられる幕切れとなった。卒業した京子には個人の活動に集中してもらいたいと考えたタテルは泣く泣く別れを選んだ。

*時系列は『独立戦争・下』第9話以降に相当します。

  

「タテルくん起きてよ、私ここにいるんだよ!目を開けてよ!私を見てよ!一緒にラーメン食べよう、また一緒に暮らそうよ、大好きだって言ってよ!」
京子の想いとは裏腹に、一向に目を覚まさないタテル。こうも意識不明の期間が長引くと、脳死や植物状態に陥ったり、意識を取り戻しても記憶を失っている可能性が高いと医者は言っていた。それでも京子は小さな希望を捨てきれず、毎日時間を見つけてはタテルを見舞う。ある日にはタテルがTO-NAメンバーひとりひとりの良いところを纏めたノートを見せてもらい、大好きな人達を置いて逝かないでほしいと言い涙が止まらなかった。またある日はひたすら思い出を語りかけていた。

  

渋谷のラーメン屋で出会ってから、最初はどこか距離がある感じだった。でも色んなラーメンを食べ歩くうちに絆が深まった。お笑い番組観て爆笑し合ったり一晩中カラオケしたり、服装がワンパターンのあなたを私がお洒落にしてあげたり、クイズ番組を観て私が変な答えした時はとことんいじってくれたり、スプラトゥーンが下手っぴなあなたを私がからかったりした日常が恋しい。
ソラマチで喧嘩したり、1ヶ月顔を見なかったこともあったけど、気づけばあの人気番組・神連チャンに出てたね。あの時私が音外しちゃって賞金逃して悔しかったけど、あなたは優しく寄り添ってくれた。あの時私は確信したんだ、私たちは最強のカップルだって。
そして一緒に花火観たの、楽しかったね。今年も一緒に観よう、って言ってたよね。夏休みは温泉旅行に行った。あの時も、また来年も旅行しようねって約束したよね。…約束したよね!起きて…起きてよ!

  

タテルの意識が回復しないまま、京子はついにグループ卒業後初の撮影期間に突入した。広島に2週間泊まり込みで戦争映画の撮影に参加するため、タテルとは勿論会えない。不安に潰されそうになる京子は、撮影中監督に何度も、演技が硬いなどとダメ出しされる。休憩時間になり、大女優が京子に話しかける。
「京子ちゃん、こういう現場は初めて?」
「はい、映画出演は初めてです」
「硬くなる気持ち、わかるわよ。重い内容だしね。休憩時間は演者のみんなと気軽にお喋りしましょう、そうすれば緊張も和らぐよ」
「ありがとうございます…」
「まだ硬いね。もしかして悩み事でもある?」
「実は今、大切な人が死にかけていまして…」
「親御さん?」
「いや、何と言いますか、その…」
「何となく察したわ。よくあることね。でも作品に集中しないと駄目よ。あなたの事情は他の人には関係ないから」
「そうですよね、ごめんなさい…」
「わかってくれればいいのよ。みんな通る道だから。あ、また硬くなってる。リラックス、リラックス…」

  

周りのサポートもあり、纏わりつく不安を跳ね除け演技に集中する京子。3日目の撮影が終わったところでスマホを確認すると、TO-NAメンバーのスズカから連絡が来ていた。

  

タテルさん、意識取り戻しました。記憶も問題ないです。参りましたよ、開口一番『今日のライヴ、お前音外してただろ』なんて言われてちょっと腹立ちましたけど…メンバーの顔を見たらもう大号泣してくれて。戻ってきてくれて感無量です。

  

タテルの無事を知って京子は涙した。ちょっとスカした態度をとりながらも、メンバーへの愛を隠しきれない不器用さが堪らなく愛おしかった。

  

しかしタテルは連絡先をよこさなかった。TO-NAメンバーが伝説のライヴにしようと張り切って臨んでいた八広ライヴは中途半端な形で終わり、タテルが意識を回復した日のソラマチミニライヴは悔しさの残る出来であった。TO-NAに対して未だ安心感を抱いていない故の突き放しである。

  

タテルに安心してもらうため、TO-NAは一層熱心に練習を重ねる。次の日曜のミニライヴは錦糸町のホールで開催された。八広ライヴの成功(実際は失敗だったが)を見越して、TO-NAになってから最大キャパの2000席近く収容できる会場を押さえていた。公演の終盤では両国国技館2days開催がサプライズ発表され、会場は大いに沸いた。

  

その翌日となる月曜、広島から帰ってきたばかりの京子は大森にあるラーメンの名店「麦苗」を訪れていた。記帳制で、休日ともなると9時ちょっと過ぎには枠が埋まる激戦の店だが、平日であれば10:30着でも12時台後半の枠に余裕がある。後に合流するというスタッフ大石田のため2枠を確保しておいた。空いた時間は近くにあるしながわ水族館で過ごすことにした。

  

トンネル水槽に差し掛かった時のことだった。海洋生物に見惚れながら歩いていた京子は、ぐらついた体幹で早歩きをしていた男にぶつかる。
「ごめんなさい!って、あれ?」
「待たせたな」

  

「タテルくん⁈うそっ⁈会いたかったよ!」
号泣しながらタテルに抱きつく京子。タテルもまた、かっこつけて抑えていた涙が溢れ出してきた。
「なんで私のこと避け続けてきたの!寂しかったんだよずっと…」
「ごめんよ京子、強がってしまって。本当は京子と一緒にいたかったんだ。心がズタボロになった時も本当は京子に縋りたかった」
「…もう強がらないで。タテルくんと一緒じゃないとムリなんだよ」
「安心して。俺はもう強がらない。TO-NAは一流に戻れた。昨日のライヴは見違えるような出来だった。国技館公演開催のサプライズもバチっと決まった。TO-NAを救うという使命は一先ず果たせたと思って、大石田さんにこのサプライズを計画してもらった」
「良かった…やっといつも通りに戻れるのね!」

  

海中を見上げながら、再会までの足跡を振り返る2人。
「綺麗な海だ。俺はずっと踠いてきたんだよな。TO-NAのみんなと、冷徹な大海原の中を。初めのうちは、支えてくれるものなど何も無かった」
「初めての映画、しかも戦争もの。演技の経験が足りてなくて右も左もわからなかった。事前レッスンについていくのも、現場で監督の要求に応えるのも手探りだった」
「でも踠き続けていたら、俺たちを見つけて手を差し伸べる船人に逢えた。その船人もまた彷徨える者たちであった。でもとても力強い人で、行動を共にしてついには素晴らしい大陸に辿り着けた」
「私も先輩俳優の方々から色々アドバイスしてもらった。休憩時間は他愛の無い話で盛り上がってリラックスできた。その結果、考えすぎていた自分を見つめ直し、自然体で演技ができるようになった。女優としての船出は大成功だと思ってる」
「そして俺らは成長してまた巡り逢えた。小さな希望を捨てず踠いてきて良かった。京子、こんな俺を、愛想尽かさず待ってくれてありがとう」
「こちらこそありがとう。私の大事な仲間を救ってくれて、そして生きていてくれて…」

  

時間が許す限り目一杯感傷に浸った2人。ラーメン屋に戻り、Tシャツにサンダル姿のおじさんに続けて2人は入店した。券売機の左上には「醤油ラーメン」が書いてあったが、タテルは「いりこらあ」を選択した。席は8席だが4杯1ロット制であり、5番目と6番目だった2人は暫く待たされた。
「あれ、キョコってるのお2人さん?」先述のおじさんが2人に話しかける。
「はい、僕たちキョコってるです!」
「生で見れた、嬉しい。最近全然活動してなかったよね?」
「そうなんです。今日ここで久しぶりの再集結で」
「本当に⁈そんな瞬間に立ち会えるとは…」
「お互い色々あって別れてたんですけど、一回り大きくなってまた結ばれました。今日という日は、未来永劫よーく覚えていると思います」
「この店のラーメンは間違いなくそれを彩ってくれますよ。楽しみにしててくださいね」

  

ラーメンがやってきた。スープを口にすると早速、いりこの円やかで仄かな苦味に惹かれる。

  

そして麺が驚くほどスープに馴染み、喉越しが心地良い。甘美な燻しの効いたチャーシューの香りも重なってきて、期待を裏切らない美味さである。ワンタンは餡に中華の旨味が効いていてこれまた良い。ピスタチオもアクセントとしてきちんと役割を果たしている。

  

「もう終わっちゃった。やっぱ京子みたいに半かけも頼めば良かった」
「そうだよ。タテルくんより私の方が食いしん坊みたいで恥ずかしい」
「ごめんごめん、最近あまりラーメン食べれてなかったからさ」
「感覚取り戻さないと。次の休みは二郎行くよ」
「二郎⁈俺初めてかも…」
「私がエスケープするから安心して」
「なんで逃げるんだよ。それを言うならエスコート。相変わらず言い間違え甚だしいな京子は」
「恥ずかしいよ…」
「そこが愛おしいんだ。変わってなくて安心したよ」

  

「じゃあ隣のかき氷屋さん…」
2人の声が揃う。
「私たち息ぴったりじゃん!」
「考えることおんなじ。やっぱ俺ら最強のカップルだな」
「だね。あぁ、ものすごく幸せ…」

  

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