グルメすぎる芸人・タテルと人気アイドルグループ「綱の手引き坂46(旧えのき坂46)」の元メンバー・佐藤京子。2人共1997年生まれの同い年で、生まれも育ちも東京。ラーメンYouTuber『僕たちはキョコってる』として活躍している2人の、ラーメンと共に育まれる恋のようなお話。
三ノ輪の拠点で同棲開始して間も無く、古巣である綱の手引き坂46の独立騒動に心を痛めた京子。綱の手引き坂のスタッフとして解決に奔走したタテルだったが、結局独立の道を選び、綱の手引き坂はTO-NAに改名、圧力をかけられ都心での一切の活動を禁じられる幕切れとなった。卒業した京子には個人の活動に集中してもらいたいと考えたタテルは泣く泣く別れを選んだ。
*時系列は『独立戦争・下』第1〜4話に相当します。
京子ときれいさっぱり別れたタテルだが、余韻に浸る間も無く綱の手引き坂、いやTO-NAの再建に注力せねばならなかった。新事務所を乗っ取られ、ミニライヴを開けば野次の応酬、地域密着を謳い墨田区を拠点に活動するも地元住民から虐げられたりと、TO-NAの船出は最悪であった。メンバーのケアや信頼回復の方策検討に気をとらわれ、タテル自身も京子のことなど省みる余裕は無かったのである。
一方の京子は少しずつではあるが仕事が増え始める。グループ時代には有り得なかったドーントーンDXをはじめバラエティ番組に複数出演。しかし積極的な発言が無く、明らかに元気が無さそうであった。冠番組においてすら言葉数が少なく、おまけにアイドル時代以上に痩せ細っていて、京子のファンからも心配の声が寄せられる。
互いのことを忘れ過ごすこと2週間。ゴミが散乱し埃臭くなった三ノ輪の基地に大きな荷物が届く。中に入っていたのは自転車で、送り主は京子であった。
タテルくん、元気にしてる?ちゃんと休めてる?掃除しっかりやれてる?良かったらこの自転車使って。家から事務所に行くのにちょうど良いかな、と思ったから。タテルくんが頑なに私のこと避けてるのはわかってるけど、せめてこの自転車だけでも使ってくれたら嬉しいな。
心配かけまいと、努めて京子と関わらないでいたが、当の本人はやはり気にしていたことを知り決心が揺らぐ。メンバーに頼んで消していた連絡先を復活させようか、それとも一度実家を訪問しているから直接会いに行こうか悩むが、TO-NAの苦境を考えると未だ縒りを戻すべきではないと判断した。
休み無くTO-NAのために奔走していたタテルであったが、過労で倒れた件もあって久方ぶりに休日を取得した。暫くできていなかったラーメン屋巡りを再開する。京子から貰った自転車を使って程良い距離にある、西日暮里の神名備に初来店した。百名店のラーメン屋では珍しい食券無しの後払い式。2組のウェイティングがあったが間も無くして壁向かいのカウンター席に案内される。
特製トッピングという概念は無く、チャーシュー麺の販売も休止されている。それでもベースとなる醤油ラーメンはラーメン百名店最高額クラスの1760円。TO-NAはここに至るまで金欠に喘いでいて、贅沢な食事はずっと自粛していたが、自分へのご褒美、かつこれからへの活力としてありがたくいただく。
この店の持ち味は薬膳。薬膳の効いた醤油スープはさっぱりと円やかで、シャープな味のスープが多い昨今のラーメン界とは違う道を行く。
黄色の発色が良い麺は食感も秀逸でスープの味がよく染みる。ただもやしとチャーシューの支配率が高く、麺の良さは少し埋もれていた。
薬膳で煮込まれた巨大チャーシューは脂のくどさを抑えほろろと解ける。青白ネギやフライドオニオンといった薬味にも尖りがない。腰の低い接客も相まって安心感を覚え、タテルの目は涙で潤んでいた。TO-NAを貶める者どもの冷たさに触れてばかりいたから、人の温もりに対してより敏感になっていたようである。退店時、「ごちそうさま」と言うべきところ、思わず「ありがとう」と言ってしまうくらいアットホームな雰囲気であった。
鯛焼きを買い食いしたり電車を眺めたりして夕刻に帰宅したタテル。京子のオフィシャルサイトでニュースを確認すると、新たな掲載情報があることに気づいた。リンクを踏むと、そこにはウェディングドレスに身を包んだ京子の写真が載っていた。髪を分けて額を出し、花束を持ちながら軽く微笑んだと思えばアンニュイな表情も見せたりしていて、タテルは完全に酔いしれていた。それと同時に、こんなうるわしきひととつい最近まで同棲していたという事実を思い出して喪失感に打ちひしがれる。
「やっぱり戻りたいよ、京子と2人で過ごす日々に。一緒にヴァージンロード歩みたいよ!でも…一度決めたことだからな…」
茜色の空を眺めながら号泣するタテル。他の誰かと幸せに暮らす京子の姿が、そこに見えた気がした。
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