連続百名店小説『東京ラーメンストーリー』80杯目(ひなり竜王/梅屋敷)

グルメすぎる芸人・タテルと人気アイドルグループ「綱の手引き坂46(旧えのき坂46)」の元メンバー・佐藤京子。2人共1997年生まれの同い年で、生まれも育ちも東京。ラーメンYouTuber『僕たちはキョコってる』として活躍している2人の、ラーメンと共に育まれる恋のようなお話。
セカオワの聖地club EARTHを特別に使わせてもらい、2人は1週間の歌唱合宿をすることになった。

  

翌朝、戻って来た菅井は2人の歌唱を確認する。
「ああ、良くなった」
「ありがとうございます!」
「2人とも一言一句理由をつけて歌う姿勢はできているから、そこは自信持ってください。はい、じゃあ今日は『ロンリー・チャップリン』の練習ね。取り敢えず歌ってみて」

  

〽︎二人をつなぐあのメロディー…
「なるほどね。2人ともデュエット歌うのは初めてだ」
「はい、そうです…」
「シンクロ率が低いのわかる?男と女がバラバラに歌ってるだけなの」
「はい…」
「愛が足りていないんだな。これっぽっちの愛か…まあいいや、オリジナル曲聴かせて。テーマは?」
「東京生まれの2人が奏でる愛の歌、です」
「まあ聴いてみるか。…思った通りだな、そこに愛はありません」
「…」
「今の状態で教えられることはありません。今日はおデートにお行きなさい。愛とはどういうものか、日が暮れるまで探してらっしゃい」

  

菅井に促される形でラーメンを食べに行くことになった2人。国道131号線まで出てひたすら北上する。
「言われてみれば、私たちデートというデートはしてなかったよね…」
「たしかに久方してなかった。今までラーメン食べに行ってたのも、撮影という目的あってこそだもんね」
「今日は純粋にラーメンを楽しもうか。動画のこととか考えずに」
「出逢った頃のように、だね」

  

辿り着いた店は「ひなり竜王」。最寄駅は梅屋敷または大森町で、JRの場合は大森より蒲田の方が近い。
「あ、ここ北品川和渦の系列なんだ」
「行ったことあるんだ。美味しいよねあそこ」
「3年前品川の親戚の用事ついでに行ったけど、麺が良いよね」
「最近近くにいいかき氷屋さん見つけたんだ。今度一緒に行こう」
「行く行く!」

  

シンプルな醤油ラーメンを選びがちであることに気づいたタテルは、敢えてこの店の名物「三位一体」を試すことにした。3つの食材が一同に会すボクらの時代みたいなシステムで、この日の出演者は真鯛×鶏肉×あん肝である。

  

スープを口にすると、真鯛の味が先ず感じられ、その後あん肝の濃さに意識が向く。鶏はありふれた要素だから判然としない。

  

麺は和渦の系列らしくヒラヒラとした幅広麺。厚みもあって、噛むと少しジャンキーにも思える旨味を感じる。
特製トッピングの肉は細切れの肉、薄く大きい肉、厚みのある赤身肉、ブロック状の鶏肉と多様。全体的に脂身が少なめで、赤身と魚介スープとの相性はあまり良くない。脂身がもう少しあった方が変化が生まれて食べやすいだろう。

  

休日の昼時にも関わらず客の入りは疎らで、食べている途中で2人以外の客がいなくなった。
「貸し切りだね」京子が珍しく可愛い子ぶる。
「どうしたんだよ急に」
「タテルくんってさ、私のことどういう風に思ってるの?」
「どういう風、ってどういうこと?」
「恋愛対象として見てるのかな、って」
その言葉を聞いた瞬間、タテルは戸惑った。以前京子の誕生日祝いに於いて京子に告白をした際、自分は未だアイドルだから付き合うなんてもってのほかだときつく叱られていたからだ。しかし今、京子はアイドルを卒業している。
「恋愛対象…として見ていいのか迷ってる、というのが本音かな」
「私もそう思ってる」
「本当に?」
「卒業してすぐ恋愛、というのもちょっと変かなと思ってる。でもこうやって長く一緒にいるとさ、今一番愛せる異性ってタテルくん以外考えられないんだよね」
「俺もさ、京子以外に自分の身を捧げることはできないと思ってる。普段はこだわり強いしペース乱されるのも嫌。でも京子と一緒なら許せる気がするんだ」
「嬉しいな、特別な存在に思ってくれて」
「菅井さんも後押ししてくれたみたいだし、俺たち正式なカップル、っていうことでいいかな」
「いいよ!」
限られた人にしか見せてくれない女々しい顔をしながら、京子はタテルの申し出を受け入れた。

  

漸く次の客が来たタイミングで店を出る2人。正式カップルとして初めてのアクティヴィティを行いに、海苔のふるさと館を訪れた。
「海苔を作る体験をやります!」
「海苔って作れるんだ」
「当たり前だろ京子。海苔はもともと海藻。細かい海藻を寄せ集めてああいうシート状にするんだ。その体験を今からできるんだって」
「へぇ、楽しそうだね。じゃあ下手だった方が合宿中のラーメン代自腹だ」
「おいおい、そんなつもりじゃ…」
「いいからやるよ。ラヲタの威信をかけて!」
「海苔親善大使を務めるマーチンさんの歌をカバーする歌手として、負ける訳にはいかない!」

  

結果、意気込みの長ったらしかったタテルが敗北した。
「ああ難しい!簡単そうに見えたのに!」
「タテルくんが不器用なの」
「うちのオカンみたいなこと言う。でも楽しいね、こうやって水入らずで遊びするの」
「だから水はほしいって」
「いい加減『水入らず』って言葉覚えろ!」
「怒んなくていいじゃん、もう!」
「可愛いなプク顔。本当は俺がしたいくらいなのに」
「…アハハハ!タテルくんのプク顔、ほっぺがタプタプだ!」
「からかうな!」

  

めいっぱいデートを楽しんで帰ってきた2人を、菅井は興味津々の目で迎えた。
「じゃあ早速歌ってもらおうか、ロンリー・チャップリン」

  

「うん。まあまあかな。まだマーチンとオネーチャンの領域には及んでない」
「はい…」
「まあ残りの期間全力で歌い込みなさい。作曲の方も、今日のデートできっと得たものあったと思うからしっかり反映させなさい」

  

「なかなか褒めてはもらえないね」タテルは少し不満げであった。
「私は褒められない方がいい。褒められたらそこで満足しちゃうじゃん」
「褒められない方が自分の可能性が無限大に広がる、ってか。まあそうだよな。でも俺褒められて伸びるタイプなんだけど」
「じゃあ私がいっぱい褒めてあげる。私、タテルくんに感謝してる」
「何だよいきなり…」
「世間知らずの私に色々なことを教えてくれてありがとう。ちょっと変なこと言っても、笑って受け止めてくれてありがとう。タテルくんのおかげで、私は『愛』を知ることができました」
「…嬉しい。嬉しすぎる。こちらこそ、理屈っぽくて偏屈な俺に『愛』を注いでくれてありがとうだよ」
「これからもよろしくね」
そう言って京子は初めてタテルにくちづけた。

  

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