連続百名店小説『東京ラーメンストーリー』76杯目+(ブロンディール/石神井公園)

人気アイドルグループ「綱の手引き坂46(旧えのき坂46)」のアンバサダー・タテルとエースメンバーとして活躍していた佐藤京子。2人共1997年生まれの同い年で、生まれも育ちも東京。ラーメンYouTuber『僕たちはキョコってる』として活躍している2人の、ラーメンと共に育まれる恋のようなお話。

  

「ここが京子の家か…思ってたより豪邸では無かった」
「どんな豪邸想像してたのよ」
「プールとかジャクージとかついてて…」
「プールなんかあるわけないでしょ。それに蛇口なんてみんなあるでしょ」
「蛇口じゃなくてジャクージ。泡が出るバスタブ」
「ここビバリーヒルズじゃないから。さ、入るよ」

  

アイドル時代には入れてもらえなかった京子の自宅に遂に入れるとあって、タテルは期待半分、緊張半分であった。京子の開けたドアを、音を立てないよう丁寧に閉める。
「初めまして。京子さんとYouTube活動をしております渡辺タテルと申します」
「タテルさん、いつも京子がお世話になっております」
「いえいえ、私の方こそお世話になっております。京子さんには沢山救われております」

  

ダイニングに通されたタテルは、地元足立区のパティスリー「ラヴィアンレーヴ」の焼き菓子セットを手土産に渡す。
「この店、夏限定のかき氷も美味しいんですよ」
「かき氷!京子ったらすっかりハマっちゃって。タテルさんも一緒に食べに行くんですか?」
「はい。ラーメンと同じくらい食べてますね」
「今度はタテルくんの地元でオススメのかき氷食べに行くんだ」
「椛屋ね。地元で人気のかき氷食べてもらえるの、楽しみ」
「京子、タテルさんを振り回しすぎるなよ。タテルさんだって忙しいんだから」
「振り回してない。むしろタテルくんの方が振り回してる」
「おいおい、どういうことだよ…」
「仲良いわね2人とも」

  

スイーツ男子のタテルにもてなされたのは、石神井で一番人気のパティスリー「ブロンディール」の菓子。休日ともなると店舗では常に外待ちが発生し、半分以上の生菓子は午前中に売り切れてしまう人気店。

  

「タテルくんは一度にたくさんケーキ食べるから、って京子が言うからいっぱい買ってきちゃった。食べきれる?」
「勿論です!こんなにたくさん用意していただいて有難いです」
「良かったら京子と半分こして食べてください。飲み物はどうしますか?コーヒーも紅茶もあります」
「この前タテルくんが差し入れしてくれた中国茶あるよね?あれ飲まない?」
「合うかな…」
「合わない?」
「いいんじゃない?やってみようよ」

  

まずはシュークリームを半分こする。注文時にその場でクリームを入れてくれるため、シュー生地への水分移行を最小限にとどめている。グラサージュやナッツによりザクザク食感となっている生地の中には、何故かレモンのような香りのする美しいクリームが入っていた。

  

注文を受けてから炙る店も多いクレームブリュレは一転、予め炙られていた。それでも飴がくたくたになっておらず、クリームは卵感のある入りからフルーティな味わいへの移行が感じられて優秀な品となっている。

  

「美味しいですねここのケーキ!」
「満足してくれて良かったです」
「タテルくん口うるさいし正直だから、美味しくないとか言われたらどうしようかと思った」
「言うわけないだろ」ツッコむタテル。「ブロンディールは有名な店ですもんね。ヌガーグラッセが有名ですよね」
「あれは夏限定のイートインスイーツですね。京子は行ったことないんですけど、私はママ友とよく行きます」
「タテルくん、私もなんか食べたくなった。夏になったら一緒に行こう」
「そうだな」

  

続いてメレンゲ菓子。崩れやすくてシェアしにくいので1人1個食べる。儚げなサクサク食感のメレンゲ、元気な食感のナッツのコントラストが映える。

  

「京子さんの卒業コンサート、お父様とお母様は現地にいらしたんですか?」
「勿論ですよ。一番近い席で観させていただきました」
「深夜まで綿密に打ち合わせしてたもんね。京子の歴史とこだわりがこれでもかというほど詰まったライヴだった」
「ですよね。もう感動しまくりでした」
「でも京子ったら、全然私達の方見てくれないの」
「だって私のファンのためのライヴだから。そこは平等にじゃん」
「京子さんは本当にプロ意識が高いです」
「そうかしら?」
「普段はからかうこともありますけど、内心では感心しきりなんです。私にとって京子さんは、自慢のこい…いや、推しです」
「今なんか変なこと言おうとしたでしょ」
「そ、そうかな…」

  

焦ったタテルは引き続きケーキを食す。この店の名物であろうモンブランは、ミルクの味が濃い生クリームの印象がまず強く刻まれ、洋酒の効いた栗のコクが後からついてくる。流行りの和栗モンブランとは栗に対する向き合い方が違うが、クラシックなモンブランとしては最高傑作である。

  

「人気アイドルの親御さんって、どういうスタンスで子に接するものなんでしょう」
「応援は勿論しますけど、大事なのは嘘をつかないことですかね」
「やっぱりそうですか」
「イマイチな場面があったり、コンテンツの供給が止まっていたら指摘する」
「そうそう。お母さんもお父さんもある意味プロデューサーでいてくれた」
「みんな京子のことクールだって言ってくれてるけど、私達の前ではいっぱい涙流してた。今作もセンターになれなかった、紅白出れなかった、目玉焼きが上手く作れないとか」
「目玉焼きの話は違うでしょ!」
「私が家に居ない時に1人で目玉焼き作って失敗して、泣きながら電話かけてきたのよ」
「やめてよその話。恥ずかしいって」
「可愛すぎかよ」
「まあとにかく京子はストイック。俺がそうさせたのかな」
「お父様が、ですか?」
「小学生高学年になったくらいの時、ちょっと鬼になって早朝ランニングとか筋トレとかやらせた。そしたら自分が進みたい道に正直になった。女優・アイドル・歌手になるという目標にひたすら向かっていった」
「素敵ですね」
「タテルさんも東大入られているから、ストイックに勉強していたんじゃないですか?」
「確かに小学校高学年の頃はビシバシ鍛えられました。お陰で英語や数学は困らない程度にできるようになりました」
「それは大きいですね。京子は勉強はからきしなんで」
「でも東大入ってからは段々違う方向に夢中になっていって、学問にはストイックになれませんでした」
「好きなことじゃないと身が入らないですよね」
「私だって、大喜利トレーニングしようとか言われても歌や芝居ほど一生懸命になれないし」
「京子泣いてたよね、大喜利嫌だって」
「金輪際したくない!」
「自分のやりたいことに正直になって、やると決めたらストイックに進む。京子さんから学んだ姿勢です」

  

食にストイックなタテルはピスタチオのケーキを戴く。これまたクリームがミルキーで、ピスタチオ特有の味を引き立てる。ただフランボワーズが交わるとピスタチオが負けてしまう。ピスタチオとフランボワーズの組み合わせはあるあるだが、タテルにとっては正直受け入れ難いものである。
一方でチョコレートケーキは素晴らしく、華やかだが確としたチョコの味わいに、キルシュを効かせたチェリーが合わさる。パリッとしたチョコ、輪郭のはっきりしたチェリー、ダックワーズ風の生地など、食感も多様である。

  

「家での京子さんって、どんな様子ですか?」
「仕事現場では物静からしいけど、実はうるさい。家の中ではいちばんよく喋るね」
「同じだ。私も家ではうるさいです」
「1人でよく歌ってるし。歌上手いから我慢できるけど近所迷惑な気がして」
「私も1人で歌いますよ」
「気が合うじゃんタテルくん」
「歌わないとやってられないよね!」
「そうそう」

  

一通りケーキを食べた後はフレンチの〆らしく小菓子を。タテルの好みをよく知っている京子は、碧が映える2つの菓子を選んでいた。まずはリヨンの郷土菓子。外側は非常に強固なため歯を折らないよう気をつけたい。マジパン主体の砂糖菓子で、リヨンへの憧れを惹起する香り高さである。

  

ベルランゴはフランス伝統の飴。日本でいえば鼈甲飴みたいな位置付けか。ミントの香りと宣っているがそのような強さは感じられず、穏やかな甘さに終始する。

  

「お母さん、児童劇団のミュージカルの映像観たい」
「お、俺も観たいです!」
「ちょっと待っててね、準備するから」

  

京子が主演を務めたミュージカル。芯のある歌声を響かせ、スパルタ指導で磨いた泣きの芝居も見事であった。
「ブラボー!」タテルは泣きながら喝采を送る。
「まだちょっと照れあるかな」冷静に過去の自分を見返す京子。
「歌も当然なんだけど、やっぱ女優もやりたくてさ。長澤まさみさんみたいな女優になりたいと、改めて思った」
「いいじゃん。俺は戸田恵梨香が好きだけど」
「またコードブルー。好きだねぇ」
「京子には医療ものやってほしいな」
「やってみたい!でも難しそうだね、専門用語多くてセリフ覚えるの大変そう」
「俺医学部じゃないけどある程度の知見はあるから、アドヴァイスしてあげられると思う」
「めっちゃ心強い」
「歌手も俳優も極めたらそれはもう福山雅治。最強じゃん」
「畏れ多いって」

  

今度は白い小菓子を戴く。カリソンはアーモンドの爽やかな香り高さが活きた南仏プロヴァンスの銘菓だが、オレンジの香りと上手く噛み合っておらずいもっぽさが目立った。とはいえこれが本場流なのかもわからない。
ヌガーはお見事。多種多様なナッツの食感に、粉雪のように解けるメレンゲ。モンテリマールスタイルなので歯にくっつくこともない。

  

驚くほど数々の夢を叶えてきた京子であるが、これからの活動には不安もある。その中でも一番心配な点は体調面である。京子が一旦退席したタイミングで、母が口を割る。
「京子は決して体が強い方では無くて、急に熱出したりするんです」
「たしかに、感染症やワクチン副反応で仕事に穴開けたことありましたもんね」
「これからどれくらい忙しくなるかわからないですけど、体壊して仕事を続けられなくなる心配もあるんです」
「それは私も覚悟しています」
「だからタテルさん、京子のこと守ってあげてください」
「私が、ですか?」
「勿論ですとも。京子はタテルさんに心開いている。タテルさんも京子のことよく思ってくれている。京子のこと、是非支えてあげて下さい」
「はい!任せてください!」
「どうしたお母さん?」京子が戻って来た。
「いや、なんでも」
「京子、何かあったら俺に伝えて。言いにくいことでも包み隠さずにさ」
「急にどうしたのよ」
「俺はこれからも夢を叶える京子を見ていたい。そして俺も京子に続いて夢を叶えたい」

  

そう言ってタテルは自分の夢を書き出した紙を見せる。
・大衆向けから高級店まで熟知した芸能界No.1グルメタレントになる
・芸能界No.1のクイズ王、教養人になる
・視聴者の知りたいことに寄り添った医療番組をやる
・太川陽介さんみたいな旅マスターになる
・ワインエキスパート、唎酒師の資格を取る
・フランス1周する
・日本全国全ての百名店を訪れる
・国民的名曲を多数持つアーティストになる
・綱の手引き坂46を国民的グループにする
・点描の唄みたいなエモいラヴバラードを京子と歌う
・京子と一緒に冠番組を持って国民的カップルになる
・死ぬまでずっと、京子と一緒にいる

  

「夢は口にすれば叶う、という京子の言葉を聞いて、俺もしてみようと思った」
「すごいじゃんタテルくん、絶対叶えられるよ」
「信じてくれてありがとう。これからもずっとずぅーっと、一緒にいよう」

  

帰り際、タテルは京子の両親にどうしても伝えたかったことを述べた。
「京子さんがいなかったら、俺は絶望したままつまらない人生を送っていたと思います。京子さんのがむしゃらに夢に向かって走る姿勢を見て、俺はもう一度走り出すことを決意しました。京子さんは俺の、生きる希望です」
涙する京子ファミリー。
「京子と出逢ってくれてありがとう。これからもずっと京子のこと、よろしくお願いします!」

  

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