連続百名店小説『東京ラーメンストーリー』72杯目(和凡/清瀬)

グルメすぎる芸人・タテルと人気アイドルグループ「綱の手引き坂46(旧えのき坂46)」のエース・京子。2人共1997年生まれの同い年で、生まれも育ちも東京。ラーメンYouTuber『僕たちはキョコってる』として活躍している2人の、ラーメンと共に育まれる恋のようなお話。グループ卒業を控えた京子の歩みを振り返り、未来への希望を探しに行く。

  

「中森明菜さんの出身地だよ」
「そういうことか!」
「生まれたのは大田区だけど、育ったのは今から行く清瀬。同じ西武線沿線出身だから余計親近感が湧くんだ」
「そうなんだ。中森明菜さんに憧れ始めたのはいつ頃?」
「小学生の頃から好きだったけど、中3になってアイドルから歌手目指す方向に変えてより向き合うようになった」
「ここで歌手という夢が出てきたのか」
「歌手の道も険しかったね。全然オーディション受からなくて」
「まあああいうオーディションは得てして大魚逃すからな。YOASOBIのikuraちゃんだってそうだったし」
「菅井チャンプね。私はSwing! Swing! Swing!っていうTBBSのオーディション番組出てた」
「あぁ、観たことある。CDTVの後ろでやってたやつ」
「そうそう」
「まさか出てたとはね。目つけておけば良かった」
「あの頃の自分からはやはり信じられない、この場所に立っているなんて」
「じゃあもう一回やってみようか」
「何を?」
「ガンバレルーヤチャンス!」

  

高校2年生の京子。相変わらず現在ではしないようなヘアスタイルやメイクをしていて、MISIAのような面影があった。
「あ、かっこいいじゃん」未来の京子が気さくに話しかける。
「未来の京子さん…」
「動画審査突破おめでとう。明菜さんらしさ、全力でぶつけてきてね」

  

中森明菜の『十戒(1984)』をア・カペラで歌い上げる。現在の京子と変わらずのイケボ。京子のことを熟知した今というコンテクストの中で判断すればとてもしっくり来る歌であったが、審査員は5人中4人がバツの札を挙げ京子はここで敗退となった。審査員の某国民的男性アイドルグループリーダーSが語りかける。
「ヴィジョンが定まっていない。中森明菜さんに憧れているだけに思える。例えば昭和に特化するとか、個性の出し方は色々考えられる。素質はあるから伸びしろを埋めてほしい」
「はい、ありがとうございます!」

  

審査員のコメントひとつひとつに(どこぞの天才演歌少女と違って)はっきりと返事をする京子。退場後のカメラの前でも冷静に敗戦コメントを述べていて、その様は今の京子と何ら変わりなかった。しかしカメラを止められ独りになった京子は悔しさを抑えきれず涙していた。
「個性を認めてもらえなかった。女優もアイドルも歌手も全部ダメなんだ。大学進学も考えなければならないし、もう芸能界は無理なのかな。未来の京子さん、結局嘘じゃん…」
「嘘じゃない!」
「未来の京子さん…ずっと見守ってくれていたんですか?」
「もちろんさ。まだチャンスはあるんだぞ」
「はい…」
「そのチャンスをあなたはモノにする。そこであなたは歌手への道を歩み始める」
「女優もやってアイドルもやって、歌手にもなれるの?」
「そうよ。あなたは立派な個性派アイドルになります」
「個性、認められるんですか」
「自分ではよくわからないけどとても個性的らしい」
「そうなんだ…」
「ただね、歌手としてやっていけるかはわからないよ」
「それはわかってます。厳しい世界ですからね」
「でも未来の私に、さらに未来の私が来て言ってくれたんだ。京子ちゃんは立派な歌手になる、って。何回も言うけど、自信を持っていれば大丈夫だから」
「ありがとうございます…」
解放感からか、再び涙に溢れる高2の京子であった。

  

ガンバレルーヤチャンスにのめり込んでいる内に、2人は清瀬市内に入り店に着いていた。清瀬駅からちょっとした商店街を南下し徒歩5分くらい、隣にはレバニラ定食の名店もある。休日はウェイティングが発生すると云うが、平日の日中であったため行列は無かった。

  

「タテルくんって、高2の頃は何してたの?」
「東大目指すと言いながらテレビばっか観ていて、担任の先生にしょっちゅう怒られていた」
「タテルくんも芸能界に憧れてたんだね」
「そうそう。テレビ出て有名になってゴチとかビストロMAPS出て、NGY48のアカリさんと番組やりたいとか一日中妄想していた」
「それでよく東大入れたね」
「決め手は全くわからない。たぶん運命だったんだろうね。お前は東大の申し子だって、東大側から呼び寄せられた気がする」
「な訳ないでしょ。鼻につくそれ」

  

ラーメンがやってきた。煮干しラーメンらしい色味。味も少し苦味が強く、麺のぶりんぶりんとした主張の方が強い。小松菜のクセも煮干しスープと仲良くするつもりは無く、調和こそ無いものの興味深くはある1杯である。

  

この店の魅力は〆にもある。茶漬け用に海苔とあられが載った白飯。これを煮干しスープで掻き込むのが最高である。

  

「ここからが歌手としてやっていけるかの勝負所だよな。綱の手引き坂という後ろ盾が無くなっても歌で人を惹きつけられるか」
「そうだね。不安はある」
「でも俺は信じてる。こんな立派なアイドル兼歌手は見たことない」
「タテルくん…」
「卒コンも気合い入れてるんでしょ」
「最高傑作になると思う。楽しみにしてて、内容は言えないけど」

  

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