連続百名店小説『東京ラーメンストーリー』55杯目(CiQUE/南阿佐ヶ谷・荻窪)

グルメすぎる芸人・タテルと人気アイドルグループ「綱の手引き坂46(旧えのき坂46)」のエース・京子。2人共1997年生まれの同い年で、生まれも育ちも東京。ひょんなことから出会ってしまった2人の、ラーメンと共に育まれる恋のような話。

  

シニアは約束通りグミにタテルの状況を伝えた。
「タテルくん、やはり重病だったんですね…」
「せやで。おじいちゃんっていう芸人から聞いたんやけど、迷惑かけたくないからメンバーには一切伝えるな、って言い残して意識失ったらしい」
「だから音沙汰無しだったんですね。水臭いよタテルくん…」
「アイツも中々意固地なところあるよな。でも綱の手引き坂のこと、すごく大好きでいてくれてるみたいやで」

  

感極まるグミ。
「タテルくん…来年一緒に頑張ろうって誓ったよね」
「タテル君もこれからは強く前向きに生きていく、って宣言してた。まあ変に強がりそうなところもあるから支え合ってあげてな。あと京子のことめっちゃ心配しとったからちゃんと伝えて」
「はい!」

  

翌日、京子にもタテルの病気の件が伝えられた。京子は自責の念に駆られその場で泣き崩れたという。それでも年内最後の仕事ではフトーフロとの新曲の解禁があったため、やり切れない気持ちを押し殺して目の前の活動に注力する。

  

年内最後の活動を終えた次の日はクリスマスイヴであった。その日京子は南阿佐ヶ谷にいた。荻窪方面へ大通りを進むと途中にラーメンの名店「CiQUE」がある。SNSのアカウントがないため営業状況を伺うことができない。
「ラーメン屋って開いてる店は開いてるけど閉まってる店は閉まってるからな…」
不安を口にするが、開いてる店は開いてるから開いていた。しかし開店時刻の正午を10分弱過ぎていたので席は空いておらず、後ろのソファで15分ほど待つ羽目になった。後から来る客は疎らで、もう30分ゆっくりしてから来れば良かったと思う。

  

年の瀬が迫るが未だにタテルと会えない京子。気持ちは塞ぐ一方であった。あの日喧嘩して基地を飛び出し、それからタテルを無視し続けたことを後悔する。後悔したところでもう遅いとはわかっているが、タテルとラーメンを食べ動画を撮り戯れた日々を忘れられる訳が無かった。

  

空いた心の穴を埋めるようにラーメンを摂り込む。全体的にはとても普通の塩ラーメンに思えるが、円やかさもあってか夢中になって食べてしまう。別途トッピングした焼きトマトは変な水臭さがなく、綺麗で鮮やかな味とスープのタッグが面白い。

  

この日はれもん先生とのピアノレッスンがあっため、食後は基地に向かった。
「『冬のファンタジー』、上手く弾けていますね」
「ありがとうございます。ピアノって楽しいですね。後は楽譜が読めて書けるようになりたい」
「京子さんは感覚型だから焦らなくても良いと思いますよ。じゃあ次は『DEAR…again』の弾き語り、やってみましょう」

  

〽︎クリスマスまでには間に合うように…
「ずっととおく…すごくとおく…」
突如涙声になる京子。そして我慢していた想いが決壊する。

  

タテルくん、私と別れてからそんなに追い込まれているとは知らなかった。謝っても謝りきれないよ。タテルくんがいないと寂しいし苦しい。一緒にYouTube頑張ってふざけ合って夢語っていたあの頃に戻りたい。わがままかもしれないけど、私はもう一度タテルくんと色々やりたい!

  

「きょ、京子さん…」

  

タテルくん、あなたには夢があるんでしょ?個人YouTube頑張るって、カゲと約束してたでしょ?自分を愛して自信を持つって、アカリさんと約束してたでしょ?平和な世の中を作るって、サリナと約束してたんでしょ?もう一度やり直そうよ。もっと私に甘えて、私もこれからはちゃんと受け止めるから!

  

京子の熱い想いに、れもんは呆気に取られながらも涙した。
「歌いながらこんな泣く人初めて見た…京子さん、ものすごく感受性豊かですね。立派な弾き語り師になれますよ!」
「ありがとうございます。ごめんなさい、お恥ずかしい姿お見せしてしまって」

  

れもん先生が帰った後、京子は独り夜景に黄昏る。「あの高い建物は何?」と訊いて何でも応えてくれるタテルはそこにいない。聖夜の浮かれた街を寂しく見下ろす京子。そこへ思わぬサンタがやってきた。

  

「Merry Christmas, Ms.Kyoko!」

  

NEXT

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です