連続百名店小説『東京ラーメンストーリー』54杯目(蘭鋳/方南町)

グルメすぎる芸人・タテルと人気アイドルグループ「綱の手引き坂46(旧えのき坂46)」のエース・京子。2人共1997年生まれの同い年で、生まれも育ちも東京。ひょんなことから出会ってしまった2人の、ラーメンと共に育まれる恋のような話。

  

「タテルさん…聞こえますか?」
「は、はい…」

  

タテルは幸い意識を取り戻した。
「俺、もしかして死にかけてた⁈」
「そうですよ。あなたの病気は肝炎です。お酒の飲み過ぎですね」
「わかってますよ。俺、もうどうでもよくなって、身を滅ぼしてもいいと思って…」
「いいわけないでしょ!」
「ですよね!やっぱこのままじゃ逝けないっすわ!ロブションに行く、フランス一周、芸能界のトップに立つ、歌をうたう、京子とずっと一緒にいる…やり残したことが走馬灯のように駆け巡って今俺はここにいます」
「生きる希望は見つけてもらえたようだね。とにかく暫くは入院していただいて、禁酒を続けましょう。幸いあなたの肝臓は回復の見込みがありますから」
「ありがとうございます…」

  

その頃、環七に出た京子は煮干しラーメンの名店「蘭鋳」の列に並んだ。ほぼ平日だけの営業、営業時間2時間、なのに早仕舞いもある、という難しい店だったが無事に着席。隣の客は「つまみ」という名の角切りチャーシューをお供にビールを飲んでいた。
「タテルくん、こういうの絶対好きなんだろうな。オシャレな柄の缶ビール買って基地に常備していた。『ビールって、苦いだけじゃないんだよ』って嬉しそうに語っていた顔、また見たいな…」

  

涙をぐっと堪えラーメンに向き合う。煮干しスープは苦味が強めで、若い(とはいうがグループ内では2番目の年長者である)京子は面を喰らった。しかし麺自体に若めの味がついており結果的には調和が取れている。
不安になるくらいのロゼ色をしたチャーシューは燻しが効いているようでフローラルな香りがした。これにより一杯全体が香り豊かになり、唯一無二のラーメンとして成立する。ただ味変要素が少なく、食べ進めると飽きが来る人もいるのだろう。それでも退店後暫くは、煮干しの良い香りが口の中を支配していた。

  

クリスマスが近くに迫ったある日のタテルの病室。
「タテルさん、どうしてもお見舞いしたいと言う方がお見えになりました」
「えっ?もしかして京子?」
「ちわ〜。初めましてかな?」
「(京子じゃないんかい)」
「万原シニアです」
「シニアさん⁈なぜこんなところに?」
「いやぁ、タクシー乗り継ぎ旅やってたんだけど運転手さんのお名前みたら『百田』さんで。お名前ボーナス10万円もろて仙台からここまで来てしもうたわ」
「エグいっすね。それにしてもなぜ、こんなペーペーの俺のところへお見舞いに来られたのかなって」
「河本さん思い出してな、ちょっと気になってん」
「若くして亡くなったあの伝説の漫才師、ですよね…」
「そう。話聞いてたら同じやと思って」
「えぇ…」
「タテル君、悩みとかあったら聞いたるで」
「烏滸がましいですよ、俺の分際で」
「心配なんや。お前は生き急いでいるように見える。本当は才能アリアリなのに、焦って道を間違えているんちゃうか」
「…」
「率先してネタ作ったり場を回したりするタイプではないよね。イジってもらえばオモロいところバンバン出てくるタイプや」
「ですよね。言われてみればそう思います」
「最初からカリスマ目指そうなんて思うな。空回りするだけだからな。周りの人頼ろう」
「人に頼る…苦手なんですよね」
「気持ちはわかるで。タテル君頭いいし、自分の世界観をきちっと持っているからな。ただな、その世界観に拘りすぎて周りを見れていないと思うねん。1人で何でもできるわけないんやから。弱み認めないとアカン」
「はい…」
「京子ちゃん、だっけ?一緒にやってるYouTube観とるで。そこでのタテル君、結構オモロいと思うねんけど。普段のタテル君は少し畏まった喋りしてるけど、京子ちゃんと一緒だと楽しそうだよね。ちょっと京子ちゃんのことイジったりしていて、タテル君が京子ちゃんに心許しているのが伝わってくる。良い相方だと思うわ」

  

シニアはぽんぽんとタテルの肩を叩く。タテルの目には涙が浮かんでいた。
「実は喧嘩して暫く会えてなくて…心から好きでいたから辛くて辛くて」
「そうなんや…それは苦しいな」

  

今まで理屈ばかり並べて、人を好きになることを拒んでいた。こんなにも人を愛おしく思えたのは初めてだった。そして、恋が破れる悲しさも初めて知った。イカ東の俺を人間的にしてくれた京子は、俺の生きる希望だ…

  

「そっか。そんな熱い思いあるなら連絡取ればええやん。もう一度やり直そうって。聞いてくれると思うよ」
「連続先消しちゃったんです…」
「何しとんねん。まあええや、グミに伝えとこうか?明日『4分33秒』の生放送あるから」
「いいんですか?」
「吾子みたいに可愛い後輩のためやからな。任せとけ」
「ありがとうございます!」
「お酒はほどほどにな」

  

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