連続百名店小説『東京ラーメンストーリー』52杯目(成城青果/芦花公園)

グルメすぎる芸人・TATERUと人気アイドルグループ「綱の手引き坂46(旧えのき坂46)」のエース・京子。2人共1997年生まれの同い年で、生まれも育ちも東京。ひょんなことから出会ってしまった2人の、ラーメンと共に育まれる恋のような話。

  

月一のお笑いライヴに向け稽古をしていたタテル。しかし長い時間立っていられる体力がなく、ちょっと練習しただけですぐ横になって休む有様であった。

  

その様子を一番心配そうに見ていたのは、80歳で養成所に入り85歳で劇場レギュラーまで上り詰めた芸人「おじいちゃん」であった。
「タテルさん、どうしたものかね。『羊羹食べる?』って言うといつも真っ先に寄りついてくるのに」
「あんなにふっくらしていたのに、今やガリガリですもんね」おじいちゃんと特に仲の良いコメダ2002が話に入った。
「最近お酒も飲まないらしいです。前は浴びるように飲んでいたのに」
「それ、かなり危なくない?」おじいちゃんの表情が曇る。「ワシも若い頃大病患ってな、生と死の淵を彷徨ったんじゃ。タテルさんはあの時の俺と同じような経過を辿っているかもしれん…」

  

おじいちゃんはタテルに話しかけ、病院に行くよう忠告した。しかしタテルは大丈夫だと聞かなかった。
「俺には…お笑いしかないんですよ」
「そうでしょうね。でも命あってこそのお笑いじゃないかね?」
「板の上で死ぬのならそれは本意です」
「そんなこと言うな!まだ君は若い!」
「このまま何もできないでいる方がもっと嫌なんです!放っておいてください!」
タテルの剣幕に、おじいちゃんは何も言い返すことができなかった。周りの芸人はおじいちゃんを慰めタテルを叱る。素直さを取り戻したタテルは自分の言動を少し反省した。

  

アイドル活動に復帰した京子は相変わらずタテルの心配をしていた。未だにタテルのことについて口を割らないメンバーへ不信感が募るが、ここでメンバーと喧嘩する訳にもいかない。となるとタテルに会いに行くのが手っ取り早い。京子はタテルの出るライヴを観に行くことに決めた。

  

家に帰ったタテルは酒も飲めずやることがなかった。ふとベランダに出て夜景を眺めると、京子への思いが溢れ出す。

  

京子、俺は体も心もズタボロだ。生き急ぎすぎなのかな。今日は人生の大先輩にきつく当たってしまった。良くないことだとわかってはいるけど、焦りの気持ちの方が優ってしまった。
京子と過ごした1年間は楽しかった。最初はギクシャクしていたけど、嫌なところ曝け出したら最強のコンビになれた。そのうち一緒にいる時間も長くなったね。俺が京子に「好きだ」と言ったら、あれだけクールな京子が乙女になって「すぅきぃ」と囁いてくれた。春の八王子で見た桜、夏の隅田川の花火、そして秋の夜長はこうやって夜景眺めながら色々なこと語り合った。煌々と輝く東京タワーは俺らの心の拠り所。近くに立つ麻布台ヒルズの最上階に住みたい、なんて夢を語ったりもした。
時間により色を変えるスカイツリーは、マルチに活躍する京子を象徴している。俺と別れてから凄まじいスピードで売れて、遠くに行っちまったよな。それでいいんだ。京子には幸せになってほしいから。でもちょっと聞いてほしい。
もし俺がこの世界からいなくなったら、悲しんでくれるよな?燃やされて骨だけになる前に、さよならを告げてくれるよな?そして、真っ新に生まれ変わった俺と巡り逢ってくれるよな?

  

お笑いライブ当日、東京では珍しく雪が降り頻っていた。京子は腹拵えのために、芦花公園駅近くのラーメン店「成城青果」を訪れていた。いつもなら行列ができるのに、雪のせいか空席が目立っていた。

  

塩そばと肉丼のセットを注文。この塩そばは非常に上品で、出汁に金華ハムでも入っているのかと錯覚するほどであった(出汁に動物性食材は使っていないという)。細切りのネギも併せ、「ラーメン屋のラーメン」の枠を超越し、「高級中華で戴くつゆそば」としても違和感のない味である。
肉丼は一転フレンチのような味の作り方をしている。フライドエシャロットが香ばしさをプラスする。

  

「(タテルくんこういうの大好きそう。仲直りしたら一緒に啜りたいな)」
美味しいラーメンを前に、タテルとの雪解けを決心した京子。
「(ライヴ終わったら楽屋に行ってタテルくんに挨拶させてもらおう。タテルくん、素直に取り合ってくれるかな…)」

  

一方、楽屋入りしたタテルは立っているのがやっとの状態であった。それでも周りに迷惑をかけまいと努めて気丈に振る舞う。

  

ライヴが始まると、タテルは客席にいる京子と目が合った。まさか仲直りするために会いに来たのか、と一瞬たじろいだが、この空間内では客は皆客であり、芸人は芸人として目の前の芸に集中するべきだと自分を奮い立たせた。薄れ行く意識の中、タテルはピンネタをやり切った。ウケはまあまあであった。

  

タテルの次に出てきたのはおじいちゃん。タテルの悪戯で低く下げられたマイクを上げ直し、若手芸人顔負けの漫談を披露する。
「(おじいちゃんなんて芸人さんいるんだ。お笑い通のグミは知ってるのかな、今度オススメしてみよう)」

  

日替わりコーナーに突入すると、タテルの意識レベルは更に落ちていた。それでも客席に京子がいる以上背筋を伸ばし積極的に参加する。その姿を見た京子は、仲直りしたいという意志を一段と確固たるものにした。

  

「また来月〜!」
手を振って舞台を後にしたタテルは、楽屋に戻る途中の廊下で倒れた。
「京子…が来たら『帰った』と言え…綱の…手引き…坂メンバーには…絶対に伝えるな…」

  

「あのすみません、綱の手引き坂の佐藤京子と申します。タテルさんにお会いしたいのですが」
「タテルくんか。ごめん、もう帰っちゃった」

  

追い返された京子は喪失感を覚えたまま、救急車のサイレンが鳴り響く雪のセンター街を独り歩いた。

  

NEXT(第13シーズン)

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