連続百名店小説『東京ラーメンストーリー』49杯目(しば田/仙川)

グルメすぎる芸人・TATERUと人気アイドルグループ「綱の手引き坂46(旧えのき坂46)」のエース・京子。2人共97年生まれの同い年で、生まれも育ちも東京。ひょんなことから出会ってしまった2人の、ラーメンと共に育まれる恋のような話。

  

タテルに対し赤の他人のように振る舞っていた京子であったが、内心ではタテルのことが気がかりであった。久しぶりに見るタテルは少し痩せていて、やつれているようにも見えた。失恋のショックは想像以上だったのかもしれない。
縒りを戻すべきなのか逡巡する京子であったが、この時点で更なるステップアップの機会を控えていた。連続ドラマの主演を務めることになったのである。長期間、朝早くから夜遅くまで拘束されるのが当たり前の現場。タテルのことを顧る暇など京子には無いのである。

  

ある日タテルは、京子のいないタイミングを見計らって三ノ輪の基地を訪れ私物を持ち帰る。スタッフ大石田もそこにいて、最後の挨拶をする。
「大石田さん、今までありがとうございました」
「本当に良いんですか?寂しくなります」
「この前仕事してたら上司に呼び出されたんです。お前はあまりにも指示待ちしすぎる、現抜かしてばかりで何やってんだ、って。言われてみれば、芸人としても綱の手引き坂アンバサダーとしても結果を出せていないのに、隣で京子の人気に胡座をかいているだけの日々。これでは自分も京子も幸せになれない。丁度良かったんです、ここで辞めるのが」
「そうか…」
「きれいさっぱり片付けたら、俺も真っ新に生まれ変われると思うんです。ただ一つだけ、俺がいた記憶だけは忘れてもらいたくない。大石田さんにも、京子にも」
「勿論ですとも。思い出は永遠ですから」

  

京子も殆ど私物を持ち帰っていたため、基地にはピアノ以外残っていなかった。いざ真っ新にしてしまうと、悲しくて涙が出る。生まれ変わると心に決めても、楽しかった過去を切り離すのは難しいことである。京子とまた会える可能性を否定したくないタテルは結局、止められていたラーメンを食べに行くことにした。

  

土曜の昼間、京王線の仙川駅は幸せそうな家族連れで溢れていた。ホームセンターまで南下し、狭いくせに車通りの多い道を東へ、若葉町二丁目で再び南へ。ただでさえ長い道のりなのに、楽しくお喋りしていた相方がいないと余計長く感じる。

  

次の信号を過ぎた辺りで行列が現れる。11時半で5組12人待ちだったが、タテルが並ぶと途端に列が延びなくなった。タテルから溢れんばかりに放たれる負のエネルギーが、客を遠ざけているようだった。

  

10分くらいして漸く2人組が続き、さらに5分くらいして1人客がやってきた。タテルが入店して間も無く、4人組が順次退席したのを皮切りに後ろの客も通された。30分待ったタテルを尻目に10分15分の待ちで入れた後ろの客達。タテルは運にまで見放されたようだ。

  

待ち時間の長短に関係なく均しく供されるラーメン。スープには仄かな甘みが感じられ、これが旨味として効いている。スモーキーな焼豚の匂いもプラスに作用する。

  

麺はこの世にあるラーメンの中でもかなり柔らかめ。某チャラ男芸人が「そうめんだ」などほざいていたが、強ち間違いではないだろう。温かい食べ物だから「煮麺」の方が適切だが。
そして焼豚は和渦やトイボックスを越える多彩さ。スモーキーな赤身主体のもの、脂主体のもの、そして大ボスは赤身と脂身が層を成す分厚いもの。この多彩さを受け止めるためには、麺を大盛りにすべきだったようだ。

  

ラーメンこそ美味しく平らげたが、この後は空席さえ目立つ展開となり、後から来た客は待ちなく入店してきた。タテルがこの日最も待たされた客と相成った。

  

俺は世界でいちばん不幸せな男だ。この世の不幸は俺が全て吸い取ってやったんだ、感謝しろよな。

  

何をしても満たされないタテルは無心でとぼとぼ歩く。気づけばつつじヶ丘まで来ていた。そしてタテルの不幸はここで終わらない。

  

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