連続百名店小説『東京ラーメンストーリー』47杯目(らぁめん小池/上北沢)

グルメすぎる芸人・TATERUと人気アイドルグループ「綱の手引き坂46(旧えのき坂46)」のエース・京子。2人共97年生まれの同い年で、生まれも育ちも東京。ひょんなことから出会ってしまった2人の、ラーメンと共に育まれる恋のような話。

  

「おい京子」
「あ、ヒヨリちゃんおはよう!」
「また無視かよ…」

  

綱の手引き坂の現場で一緒になっても、京子はタテルと口を利こうとしなかった。タテルは縒りを戻したいと思っているのに、京子は問いかけをあからさまに無視してメンバーの元へ駆け寄る。
「大石田さん、今から三ノ輪の基地行ってもいいですか?」
「ダメ。京子さんが来てピアノの練習やってる」
「そうですか…」
「京子さんも意固地すぎますよね、タテルさんとは一切顔を合わせたくないって」
「何でそんな怒ってんだよ。…俺がだらしなさすぎたのか」

  

思えば京子はしっかり者である。学力テストで珍回答を連発したり、ひっちゃかめっちゃかな料理を作ったりするぶっ飛んだ一面もあるが、歌やダンスや、ファンへのコンテンツの提供などに関しては真剣に向き合う職人である。
一方のタテルはというと、平日は普通に働いているが、大きな仕事はあてがってもらえず白昼夢を見る日々。休日は綱の手引き坂アンバサダーとして奔走するが、グループの勢いは取り戻せず下降線を辿る一方。自分という存在が誰かのためになっている自覚は持てていなかった。結果として京子とは齟齬が生じ、別れるという結末になった。失恋は真っ新に生まれ変わるための好機である、などと言って自分を奮い立たせようとするが、京子に縋っていたい気持ちの方が強かった。虚無感を誤魔化すため、タテルはスキットル一杯に入ったウイスキーを呷る。

  

「タテル君、浮かない顔してんね。そんな顔でバラエティ出たらアカンやろ」
唯一のレギュラー番組『オールナイト不比等』における相棒・エイジはタテルの心の乱れを察知していた。
「何があったかちゃんと言いな」
「実は…京子と喧嘩別れしまして」
「大事じゃないか。何で隠すんだ」
「別にいいかな、って…」
「良くないだろ。騙し騙し仕事してたら失礼よ」
「ごめんなさい…」
「京子ちゃんなんてあれだけ売れてるし1人でやっていけるだろ」

  

エイジの指摘する通り、京子はこうしている間にもどんどん売れっ子となっていった。数々の歌仕事が舞い込み、遂には国民的俳優・小泉羊出演CMの曲を歌唱した。歌以外でも声優に挑戦したりカップ麺をプロデュースするなど活躍の場を拡げている。勿論グループとしての活動も大切にしているから、所詮アンバサダーにすぎないタテルが京子と一緒にいるなんて烏滸がましいことである。

  

「こうなったら自分を高めることだけ考えよう。本当の相方と、今こそネタ作ってコンビ活動やりゃいいじゃん」
「でも…」
「終わった恋は引きずらない。前を向く」

  

ならばせめてラーメンだけでも食べようと、タテルは上北沢駅に降り立った。甲州街道へ向かう道では、過激な発言をするYouTuberが配信しながら前を歩いていた。よくよく聞いてみると、綱の手引き坂46に対する悪口を垂れ流していた。当然苛つくタテル。だが京子に捨てられた身でもあるから、良くないとわかっていても聞き耳を立てて何か共感しようとしてしまう。

  

左に曲がって甲州街道をしばらく進むと、ラーメンの名店「小池」が現れた。いかにもくるくるヘアーの眼鏡男を思い起こさせる店名である、なんていうツッコミは何百回も食らっていると思うので書かないでおこう。

  

店内では綱の手引き坂の音楽が流れていた。そういえば系列店のにし乃は希典坂の曲一色だった、じゃあこちらは対抗して綱の手引き坂一色なんだ、と思ったが、4曲目から違うアーティストの曲に変わり勝手ながら落胆した。いずれはこの店を綱の手引き坂のトレードカラー・空色に染めたい。そのために自分は今まで何ができたのか、いや、何もできていない。京子はじめ綱の手引き坂メンバー、そしてファンのことを本当の意味で幸せにできているとは思えないのである。ならばこれから何ができるか真剣に考えればいいものを、タテルはビール中瓶をラッパ飲みして気を紛らわすことしかできなかった。

  

今回頼んだラーメンは煮干ラーメン。系列店は軒並み絶賛してきたタテルだったが、煮干ラーメンに関しては煮干の強さを見出せなかった。にし乃の山椒そばにしろ金龍の昆布水つけ麺にしろ透き通った上品なスープがウリのこの系列。煮干でそれをやってしまうと、煮干の野生味が打ち消されてしまうようだ。これまた系列の特徴である薄切りレア焼豚や青菜もまた、煮干というOSに対しては力不足と思われた。

  

でも何も考えなければ文句なく食べられたはずである。左に京子のいない寂しさが、タテルに余計なことを考えさせたのだろう。祭りのあとの寂寥感の中で、タテルは涙が止まらなかった。

  

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