連続百名店小説『東京ラーメンストーリー』33杯目(おさだ/大山)

グルメすぎる芸人・TATERUと人気アイドルグループ「綱の手引き坂46(旧えのき坂46)」のエース・京子。2人共25歳の同い年で、生まれも育ちも東京。ひょんなことから出会ってしまった2人の、ラーメンと共に育まれる恋のような話。

  

首都高直下から外れ大山方面へ歩く2人は、引き続きタテルの初恋話で盛り上がる。

  

塾帰り、タテルはアケミの家に寄ることも多かった。エレベーターのない古いアパートの5階で、母と祖母と3人暮らし。アケミはやはり口を一切開かなかったが、この前は竹の塚の健康ランドに行ってきたとか、盆休みに祖母のふるさと御宿をたずねたとか色々な話を聞いた。夏休みの宿題で難読地名のプリントが出された時は、「新発田」を「しばた」と読むことも教わった。

「タテルくんも女の子の家、行くんだね」
「いや、1回は行くでしょ」
「女の子っぽい部屋にすごい戸惑ってたじゃん」
「最近は行ってないからね」

  

中学生になると、タテルは都心の中学校に通い出し、塾に行く機会も減った。そして間もなく、アケミは引っ越してしまったという。
「おばあちゃんもお歳だったからね。静かな街でゆっくりさせたかったのかな」
「5階まで階段登るの大変だもんね」
「今どうしてるのかな…人前で喋れるようになったのかなアケミちゃん」

  

そうこうしている内に東上線の踏切を越え、おさだに到着した。行列はなかったが、ちょうど席が全部埋まっていたため地味に待つ羽目になった。

  

頑なに口を閉ざしていたアケミであったが、一度だけ声を聴かせてくれたことがあった。小学校の卒業式、アケミは勇気を出して声を聴かせた。聴かせたといっても、その場で喋るのではなく、あらかじめ録音した肉声を流すという対応だった。それでも事情を深く知っている同級生達の多くが感動した。もちろんタテルも。

  

卒業式が終わった後、タテルはアケミと一緒にいた。離ればなれになる運命の中、最後の告白チャンス。しかし勇気は出なかった。
タテルの小学生時代は暗澹たるものだった。周りから煙たがられ、筆箱の中身を隠されたり、遠足のハイキングで班に支給されたドロップを分けてもらえなかったり、太り始めてからはあだ名が「肉」とか「しゃぶしゃぶ」になった。他の女子からはキャンプファイヤーのフォークダンスで手を繋ぐことを拒まれ、その後のカップル肝試しでは先生の視界から消えた途端に置いてけぼりにされた。
こんな人が女子に告白していいわけがない。だいいち告白したらその先はどうすればいいのか。勉強はできても、恋に落ちるという事象は全く描けないタテル。

「あんな俺でも、アケミちゃんだけは優しくしてくれた。ここで好きとか言ったら、関係性が変わりそうで怖かった。このまま果てて良かったんだと思う」
「タテルくん…」
「恋ってなんなんだろうね。14年経っても分からずにいるよ」
「私も恋したことないからわからない」
「ウソつけ!」
「ちょっとそれどういうこと?ウソじゃないから!」

  

ワンタンメンがやってきた。浜田山たんたん亭の遺伝子を継ぐ1杯と言われるが、スープはこれまでの百名店ラーメンと比べると弱い。京子の(物理的な)力並に弱い。かといってワンタンにもあまり特徴がなかった。肉肉しさとか香りのアクセントとか、勝手に期待してしまっていた。
「担々麺の方が美味しいかもしれないね」満足はできなかったものの、再来を誓うタテル。

  

「今日は初恋の話いっぱい聞かせてくれてありがとう。上手く歌えそうだ」
「楽しみだな、京子のソロライヴ」
「じゃあ私は歌の練習するね、タテルくんも今日のステージ、頑張って」

  

〽︎五月雨は緑色
「タテルくん、ご機嫌だね」初恋ジローの初恋ジローが問いかける。
「初恋って、切ないですけどいいもんですね」
「なかなか渋いよタテルくん。恋もいいけど、笑いにも貪欲にな」

  

〽︎夕映えはあんず色
「京子ちゃん、すごく良くなった!歌詞飛ばしてた頃とは大違いだよ」
「え嬉しい…ありがとうございます」
「感情がよく乗っていた」
「友達から初恋エピソード提供してもらった甲斐がありました」
「経験があると歌に魂がこもる。この感覚、大事にするんだぞ」

  

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