連続百名店小説『東京ラーメンストーリー』31杯目(べんてん/成増)

グルメすぎる芸人・TATERUと人気アイドルグループ「綱の手引き坂46(旧えのき坂46)」のエース・京子。2人共25歳の同い年で、生まれも育ちも東京。ひょんなことから出会ってしまった2人の、ラーメンと共に育まれる恋のような話。

  

タテルと再会できた京子はようやくソロライヴの練習に集中するようになった。周りからは歌声を絶賛されるが、こだわりの強い京子は自分の出来に納得できずにいた。

  

そんなある日、京子は地下鉄成増駅に降り立った。そして東武の成増駅からタテルがやってきた。
「いやぁ遠い遠い。京子はいいよね、石神井公園から1本で」
「でも鉄道じゃなくてバス、っていうのがね」
「横移動はめんどくさいよ。メトロセブンとエイトライナーできないかな。そしたら俺の地元と京子の地元がグンと近くなる」

  

今日のラーメンはべんてん。いかにも男どもが集うラーメン屋である。ピークタイムを外したため行列はさほど長くはなかったが、進みは遅かった。
「ねぇタテルくん…」
「どうした?元気なさげだね」
「私上手く歌えなくて…」
「何自信無くしてるの。自分を下げるなって」
「宇多田ヒカルさんのライブとか参考にするんだけど、自分の表現力の無さが悔しくて悔しくて」
「大物と比べるなよ」
「いや、自分は力不足すぎる。歌で人を泣かせられるアーティストに、私はなれない」
「思うんだけどさ、『歌聴いて泣く』って感覚がわからない。俺味わったことないんだよね…」

  

店に入ると、恰幅の良い人が多く席が狭い。おまけに荷物を置く棚やフックもないため、床への直置きを強いられる。
「タテルくん嫌だよねこういう店」
「いやいや、大丈夫。京子とラーメン食べられるだけで、俺は幸せだ」

  

ロット制のため、麺が茹で上がるまではまだ時間がかかる。
「私はいつも歌聴くと泣くんだよね。淡色理科さんの曲とか本当に感動モノで」
「ふーん」
「タテルくん、もっと興味持ってよ」
「俺さ、人前で情を出すのが恥ずかしいんだよね。すぐ分析とか始めちゃって、理性で蓋しちゃうんだ」
「タテルくん、そういうところだよ。もっと素直になればいいのに」
「素直、ね…」

  

ようやくラーメンにありつけた。つけ麺クラスの太麺は、直線的な醤油スープとはあまり馴染まない。最初こそは目新しいと思って食べていたが、直に飽きが来てしまう。卓上にはにんにくや辛味噌といった、ガテン系のラーメン屋ではよくある調味料が置いてあった。もちろん入れれば美味しいのだろうが、繊細なラーメンを数多く食べてきたタテルには邪道に思えて仕方なかった。
「やだタテルくん、また汗吹き出してる!」
風通しは悪いし、冷房も十分効いていない場所。そこで食事をしようものなら、薬でも汗を抑えきれないのだ。
「どこかで休む?」
「駅の反対側に区民ホールがあるからそこ行こう」

  

空調の効いたホールのコリドーで休む2人。そこへ謎の音楽が流れた。

  

みんなで受けた試験 1人だけ落ちた自分

  

「アハハ!『成増になります』だって!アハハハハ」
ゲラが発動した京子の横で、タテルは感涙していた。
「アハハ…はっ⁈タテルくん、なんで泣いてるの?」
「歌詞がまんま自分の境遇でさ…」
「タテルくん…」
「これが『歌聴いて泣く』っていうことなんだね」
「ようやくわかってくれた」

  

「なりたい」になります

  

そして京子も、最後の歌詞に心を震わされ涙した。
「『歌で人を泣かせられる歌手』になりたいって夢、一度は諦めようとしていた。でもやっぱ、諦めちゃダメだよね…」
「その通りだよ。京子の歌声が好きな人はこの世に沢山いる。俺もその1人さ」
「ありがとう、タテルくん。私、頑張ってみるね。『歌で人を泣かせられる歌手』になります!」
そして京子は意気揚々と練習に向かった。

  

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