グルメすぎる芸人・TATERUと人気アイドルグループ「綱の手引き坂46(旧えのき坂46)」のエース・京子。2人共25歳の同い年で、生まれも育ちも東京。ひょんなことから出会ってしまった2人の、ラーメンと共に育まれる恋のような話。
次の店は森野という地区にあり、町田駅からは1.2km離れている。
「結構不安なんだよね、ソロライヴ」突如切り出す京子。
「高音がやっぱ出にくい。『First Love』の最高音とかキツい」
「たしかにあの対決の時も厳しそうだったもんね」
「椎名林檎さんの曲は表現が難しい。あと男性曲も何曲か歌うんだけど、とにかく難しい…」
「でも京子の声、カッコいいじゃん。男性の曲も似合うと思うよ。俺は素人だから偉そうには言えないけど、無理して高音出そうとしなくていいんじゃね?」
「なるほど、無理をしない」
「安心しろ。しっかり練習すれば大丈夫だ」
町田の鉄道空白地帯へと向かうバスが多く走るロードサイドに、人気の塩ラーメン屋がある。駅から遠いため、平日だと半分くらい席が空いていた。前の客にテーブル席をとられたため、カウンターに横並びに座った。
「タテルくん、ご飯まで頼んじゃって。大丈夫?また太るよ」
「なかなか来れないからさ、なるべく堪能したいんだよ」
「まあ気持ちはわかるけどさ。ちゃんと管理しないと。それにしても町田って東京なんだね」
「え?町田は神奈川だと思うタイプ?」
「そう、神奈川じゃないんだって思った」
「まあ確かにバスは神奈中だし駅前に横浜銀行あるし、気持ちはわからなくないけど」
「行く機会ないからね」
「俺はオカンの実家があったから毎月のように行ってたけどね。仲見世の方行かない?大判焼きとかカツカレーとかあるよ」
「いらない!食べ物ばっかじゃん」
「食べ物しかわからんのよ」
「だから汗かくんだよ。少しは抑えよう」
特製塩ラーメンがやってきた。黄金色に透き通るスープも、豚鶏チャーシューの仕上がりも一流である。味玉も塩味で、薄そうに思えるがはっきりした調味だった。しかし麺とスープがバラバラに感じた。遠くまで来て食べるもの、とは思えなかった。一方で鶏マヨ飯はマヨネーズのお陰でさすがクセになる。
「じゃあバスに乗って戻ろうか」少し後ろにもたれ座るタテルが言う。
「ダメ。歩くの」
「えー、暑い」
「ずべこべ言わず歩く!根性だ根性!」
「へーい」
駅まで戻ってきた一行。
「喉渇いた。IOIOにタピオカあるから買いに行かない?」相変わらずのタテル。
「だからダメだって。歩いた意味なくなるでしょ」
「じゃあ俺だけ行ってくる。京子と大石田さんは先基地に戻る?」
「そうしよう」
「うわぁ汗だくになっちゃった…でももう帰らなきゃ」
電車に乗り込んだタテル。真昼間でも快速急行には多くの人が乗っていて、タテルは何とか空いていた1席に座った。
すると隣にいた男が舌打ちを始めた。目を合わせないよう努めていたが、結局気になって見てしまった。
「おい!きったねぇんだよ!痩せろやオメェ!」
タテルは黙って席を立つ。男の悪口は鳴り止まない。
「きったね!痩せろ!きたねぇ!痩せろ!」
心を抉られたタテルは、せめてもの抵抗としてバツの悪そうな顔をしながら、別の車両に移った。災難ではあったが、太って汗かきなのは事実だった。
「京子、大石田さんごめんなさい。今日ちょっと帰らせてください」
このメッセージを送ったきり、タテルは基地に姿を見せなくなった。
「ねぇタテルくん、どうしたの?」
「聞いてる?」
「何か言ってよ!」
「読んでるんでしょ、無視しないで!」
「守ってもらいたいんじゃなかったの?守らせてよ!」
寂しさと怒りで、京子は震えていた。
NEXT