連続百名店小説『東京ラーメンストーリー』26杯目(タンタン/八王子)

グルメすぎる芸人・TATERUと人気アイドルグループ「綱の手引き坂46(旧えのき坂46)」のエース・京子。2人共25歳の同い年で、生まれも育ちも東京。ひょんなことから出会ってしまった2人の、ラーメンと共に育まれる恋のような話。

  

八王子駅を通り抜け南口へと向かう一行。
「あの日はビミョーな雰囲気だったよね」
「そうだった。タテルくんが煮干しラーメンに不満足で、お互い何て言えばいいかわからなかった」
「南口に向かう足取り、重たかったなぁ。でも今日は和気藹々と移動できてる」
「何浸ってるのよ。普通に通り抜けただけじゃん。ほら、信号渡って左行くよ」
誕生日はわずか1ヶ月くらいしか離れていないのに、京子はやけに姉御肌である。
「京子ってホント頼りになる。俺なんか方向音痴だからすぐウロウロしちゃう」
「美味しいラーメン屋があるって、匂いでわかるんだ。ほら、左から醤油の匂いしてきたよ」

  

行列店がありそうもない路地から、京子の言う通り信号を左に曲がる。すると本当に行列のできるラーメン屋があった。
「わぁすごい!」
「でしょ?こりゃ長い行列。やっぱり1時間は覚悟だね」
駐車場の壁に沿って行列が延びていた。車と壁の間に挟まれ待つ2人は、喧嘩前より口数が増えていた。
「タテルくんって何で東大目指したの?」
「そうね…小2の時、人より少し早く九九を覚えられた瞬間東大への道が見えた」
「うわっ、何かイヤな言い方」
「フフッ。その頃中島っていうライバルがいてね、中島一緒に九九覚えようぜ、なんてやったりしてた」
「カツオくんじゃん」
「本当は2人で東大目指したかったけど、そいつ引っ越しちゃったんだ名古屋に」
「それは寂しいね」
「都立の中高一貫校に進学すると、周りにもっとできる奴がいて。東大への道を一旦は閉ざしかけた」
「厳しいもんなんだね」
「でも高校に入って調べ学習してたら、やっぱ東大に行きたくなって!」
「何きっかけ?」
「お笑いサークルがあるから!」
「え?理由それだけ?ヤバいってタテルくん」
「国立でお笑いやるところ言うたら東大に決まりやん、てね」
「関西弁やめて。私たち東京生まれ東京育ちでしょ」
「いけねいけね。中1の時クラス内でエセ関西弁流行らせたから」
「どういう流行りよ」
「京子、俺をビンタして」
「え?はい」
「痛っ!『何すんねん何何すんねん何すんねん』」
「これが流行語?」
「せや」
「タテルくんの中学どうなってんだよ!」
「それほどでも〜」
「褒めてないって!」

  

丁々発止のやり取りを続けること1時間、ようやく順番が回ってきた。食券は前もって買うパターンだが、他の行列店とは違い何組も前から買いに行くタイプではない。そのため席についてもすぐラーメンが供されるわけではないのだ。そして回転が遅い。他の人気店の客さばきを見習ってほしいものだ。

  

「ミックスがいいな…って、あれ?」
「ロースチャーシューは売り切れだって。残念」
「マジか…完全にミックスの気分だった」
結局バラチャーシューメン並に味玉を頼んだ2人。
「タテルくんごめんね、こっち先に来れば良かった?」
「気にすることないって。俺は何があっても京子についていく」
「タテルくんも少しは考えてよ、東大なんだから」
「うちのオカンみたいなこと言う!」
「どういうこと?」
「すぐ文句言う」
「何それ悪口じゃん」
「と思うじゃん。逆に安心感あるんだよね。いないと寂しいというか…」
「タテルくん、顔赤くなってるよ」
「ごめん、ちょっと恥ずかしくなって…」
「恥ずかしくなるんだったら最初から言わない。ほら、ラーメン来たよ」

  

やってきたのはまさしく「八王子ラーメン」。刻み玉ねぎが載っているのが特徴だ。味の濃いかえしが麺によく絡み、今までの上品なラーメンとは明らかにベクトルが異なる。既にラーメンを1杯食べているのにも関わらず、2人は夢中になって麺を啜っていた。バラチャーシューも素朴な醤油ラーメンに似合った厚さと柔らかさである。

  

「美味しかった!」
「良かった!またタテルくん満足してくれて」
「出会った頃とは違うね。俺たち明らかに明るい」
「そうだね。じゃあ基地に戻ろう。私歌の練習したいんだ」
「歌?」
「今度ソロライヴやるんだ」
「えっ、ソロライヴ?すごいな京子」
「また1つ夢が叶った。タテルくんも観に来てくれるよね」
「もちろんさ」

  

「今日はこうやって2人の出会い思い返していただきましたけど、絆深まりましたかね?」
「めっちゃ深まりました。もう何でもやれそうです」
「『何でも』って…でも間違いなく絆を確認した」
八王子駅に着くと、再びあの日のことを思い出す。
「あの時は微妙な雰囲気だったけど、車内で絡んできた男に対して京子が毅然と対応して。京子って強いんだな、って思った」
「あったねそういうこと」
「勇気あるし、頼もしいなって」
「そんなに私って強いのかな。声低いから強そうに見えるだけだよ」
「いや、間違いなく強い。まあ俺が逆にナヨナヨなだけかもしれない」
「しっかりしてよタテルくん」
「その強さに俺は惹かれたんだ。そして同時に、もし京子が弱音を吐きたくなったら、俺が包み込んであげたい」
「…それって告白?」
「いやそういうつもりじゃない。守ってもらいたいし、守ってあげたい。京子は僕の人生の中で、幸せを願いたいアイドルの2人目になったんだ」
「めちゃくちゃ嬉しいけど…じゃあ1人目って誰?」
「たぶん京子も好きって言ってたよね、あの人のこと」

  

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