連続百名店小説『東京ラーメンストーリー』123杯目(としおか/早稲田)

人気女性アイドルグループ「綱の手引き坂46」の元メンバー・京子と、綱の手引き坂→TO-NA特別アンバサダーを務めるグルメ芸人・タテル。2人がラーメンについて語り合うYouTubeチャンネル『僕たちはキョコってる』が人気を博し、結婚も前提に交際を続けていた2人だったが、最終的には別れを選び、チャンネルも3月末で更新を停止することにした。それでも2人は、最後こそは仲良く駆け抜けることを心に決めた。

  

3月頭の渋谷ヨシモト∝ホール。タテルは1年以上ぶりにこの劇場の舞台に立っていた。相変わらずネタはあまり面白くないが、人気タレントになって舞台に帰ってきた喜びは一入であった。

  

終演後、先輩芸人のジャックルビー伊東に声をかけるタテル。
「伊東さん、この後兆楽ですか?」
「そうだけど。タテル君は来ないでしょどうせ」
「いや、行きます。行かせてください」
「えぇー⁈いつも俺の誘い断って孤独のグルメしてたのに⁈」
「∝ホールも今月末で閉鎖ですし、一度くらいは行かないとです。それに、あの頃の俺とはもう違うから…」
「なぁるほどね、タテル君もひとつ成長したな。身を焦がすような恋ってやっぱり大切だよな」

  

「ただいま〜」
「おかえりタテルくん。なんか楽しそうだね」
「劇場近くの兆楽のルースチャーハンが美味しすぎた。なんで今まで行かなかったんだろう、って思ったよ」
「行けば良かったのに。高級なものしか食べないとか贅沢言わないでさ」
「でも仮にあの日兆楽への誘いを断っていなければ、俺と京子は出逢わなかったんだよ」
「喜楽で見かけた時?あそうなんだ、誘い断って来てたんだ」
「そうそう」
「1人で寂しそうだったから気になってさ」
「寂しくなんかないもん」
「強がらないでいいじゃん。本当は寂しかったんでしょ」
「今となっては…そうかもしれない」

  

翌日はラーメンYouTubeの収録である。この日行く店は早稲田のとしおか。そこでの自腹を懸けたゲームはタイピング対決である。
「3番勝負で行います。先に2勝した方の勝利です」
「京子はタイピングできるイメージ無いな」
「ナメないでください、役作りで習得したから。タテルくんはどうなのよ」
「パソコン使って仕事してましたからね。メール出してエクセル入力もして、慣れたもんよ」

  

1戦目は京子が綱の手引き坂卒業を発表した時のブログから抜粋した文言を入力する。京子が正規のやり方でタイピングをする一方、タテルは明らかに人差し指しか使えていないダメダメタイピングで入力する。
「京子の書く文章は回りくどいんだよな。打っていて手が痺れてくる」
「悪かったね!作文は苦手なの!」

  

勝ったのは何故かタテルの方であった。
「待っておかしい。何でそんな変な打ち方で速く入力できるのよ」
「そのやり方で十何年も生きてきたから。周りからも矯正するよう言われたけど、普通にやる方が却って遅くなる」
「まったく、タテルくんは言うこと聞かなすぎ」
「我流で何が悪い!」

  

続いてはタテルがとある雑誌のインタビューで語った、大学受験の心得から抜粋。
常に物事を疑え。これは予備校の化学講師から受けた教えである。教えられたことを鵜呑みにせず、それが本当に正しいのかじっくり考える営みを通じて、真にその物事を理解できる。これができて初めて、人は東大に入れるものである。

  

「タテルくんの文章、堅苦しすぎる!」
「難しい言葉は使ってないじゃん。もしかして読めない漢字ある?」
「無い!馬鹿にしないでよ」

  

勝ったのはタテルであった。
「ということで今日は京子さん支払いです!」
「ああもう。完全にタテルくんのペースだった」
「タテル流タイピング、通称タテリング、教えてあげましょーか?」
「結構です!あぁ悔しい!」

  

土曜の12:19、15番目と16番目の位置をキープする。カウンターは8席のため、2回転目で入れる計算となる。
「たしかべんてんのお弟子さんの店だよなここ」
「成増の店だよね。タテルくんがあまり良い表情してなかった」
「あの時は暑かったからね。あとやっぱりラーメンの経験値が低かった」
「最初の頃はいっつも疑ってたよね、並んでまで食べるほどなのかって」
「評論家ぶってたなぁ、あの頃は。ものすごく尖ってた」
「今でも尖ってる方だと思うけどね。生牡蠣食べるな、とか言われたのめっちゃ嫌」
「中られたら困るから。仕事や食事の予定パンパンなんだ、俺にうつされて体調崩したら全て台無しになる」
「そんなこと言ってたら誰とも暮らせないよ」
「偏屈だとは思ってるさ。我慢させて悪かったよ、ごめんな」
「まったく。まああと1ヶ月もないし、最後まで我慢するよ」

  

13:13に入店。結局1時間弱待ってしまった。もう少し遅く行っても良かったかもしれない、と思ったが退店時も同じくらいの並びがあったため一概には言えない。というか行列なんて日によって長い短いあるし、詳細にタイムスタンプを押しても参考程度にしかならないものである。
「べんてんでは醤油食べたけど、塩はどんなもんかと気になってた。俺は塩にする」
「私も塩にするよ。えタテルくん、メンマチャーシューいくの⁈」
「たぶん美味しいと思うから。がっつりいかせてもらうよ」

  

カウンター席に座り、麺の量をコールして食券を差し出す。中盛りにすると二郎系の量になるので2人とも並で我慢する。

  

「家はどうする?」
「タテルくんが住み続けていいんじゃない?」
「悪いよ。共同の財産だから」
「タテルくんはTO-NAハウスの近くにいた方が良いでしょ。何かあった時すぐ駆けつけられるように」
「それはそうだけどさ…」
「はい決まり。筋トレマシーンは私が持って帰っていい?」
「勿論さ。TO-NAハウスにもジムあるから」
カラオケは家にあるからタテルくんにあげるね」
「俺はカラオケをすると京子を思い出す、京子は筋トレをすると俺のことを思い出す。大丈夫かそれで」
「何を心配してるの?」
「お互いもし新しい恋人ができた時、あまり良くないのかな、って」
「まあその時はその時じゃない?2人で過ごした日々、忘れるものじゃないからね」
「その言葉を待ってた。俺も忘れたくない」
「当たり前でしょ。前向きなお別れだからね」
「俺たちは一生仲良し。いいんだよなそれで」

  

2人のラーメンが仕上がりに入る。葱と生姜を載せると、その上に唐辛子をふりかけ、御玉に掬いコンロにかけた油を注いで完成である。

  

塩ラーメンとは聞いていたが、鰹節が濃ゆく出ているスープで、沸騰ワードでよく堀田茜が陥る「何ラーメンかわからない」類のものである。長い外待ちで冷えた体をスープで温め、そこに麺を合わせるとほのかな甘みが出て悦に入る。
増量したメンマはどちらかというと甘め。単体で摘んでも美味しいものであるが、いかんせん量が多い。メンマは直接増量するよりも、ビールを頼みその摘みとして楽しむ方が良いかもしれない。
チャーシューはワイルドな肉質。これも1枚で十分かもしれない。

  

あくまでもラーメンだから、なるべく具より麺を楽しむ方向性でいきたいところである。
「美味しかった!性善説で食べると美味いねやっぱ」
「セイゼンセツ?調味料のこと?」
「心の調味料だね。美味しいものだと思って食べるとまあ美味しい」
「美味しいものだと思って食べるなんて、当たり前のことでしょ」
「その当たり前を知れたのは、やっぱり京子がいてくれたからなんだよな。ありがとう京子、俺を捻くれの沼から引き出してくれて」
「まだ捻くれているとは思うけどね。でも少しでも役に立てているのなら、それは素直に嬉しい」

  

家に帰ると、タテルは何処に出す訳でも無い文章をしたためる。
俺は常に物事を疑う。結婚して子供を授かることを幸せとは思ってないし、少子化は本当に悪いことなのか。ネットの記事が焚き付けるSNSの悪口なんて、実際には呟かれていないのではないか。
でもひとつだけ疑わないことがある。京子のことだ。京子はいつも思ったことをはっきり言う。俺の偏屈な一面を、下手に受け容れることなくちゃんと注意する。そういう信頼できる人が隣にいると、自分はこのままじゃダメなんだ、と思えて、それは自身の成長へと繋がる。
人生最高の伴侶と過ごした2年と少しの日々はとても楽しかった。ありがとうな、京子。

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