連続百名店小説『東京ラーメンストーリー』122杯目(鴨福/八王子)

人気女性アイドルグループ「綱の手引き坂46」の元メンバー・京子と、綱の手引き坂→TO-NA特別アンバサダーを務めるグルメ芸人・タテル。2人がラーメンについて語り合うYouTubeチャンネル『僕たちはキョコってる』が人気を博していた。
結婚を前提に交際を続けていた2人だが、この度京子の方から別れることを決断、タテルも素直にそれを受け入れた。

  

泣きながら抱き締め合う2人。いつの間にか日が落ちていて、窓の外に目を遣ると夜景が滲んで見えた。
「ここからの夜景、こんなに綺麗だったんだね」京子が呟く。
「ちゃんと一緒に夜景眺めたの、いつぶりだろう」
「クリスマスの頃かな」
「俺が小島屋のミックスナッツ摘みながらマッカランの25年飲んで、京子も珍しく少しだけ飲んで美味しいって言ったよな」
「あれは美味しかった。すぐ酔っ払っちゃったけど。もう3ヶ月も経つんだね」
「神連チャンの練習やお互いの仕事で忙しかったからな。こういう形で一緒に夜景を観ることになるとは…」

  

Uber Eatsで頼んだSKY-HI屋の味噌チゲラーメンを啜りながら、少しばかり今後の話をする。
「YouTubeはどうする?私としては、待っている人もいるから続けたいと思うんだけど」
「そうだね、久しぶりにカメラ回そうか。この家はどうしようか?」
「決めきれない部分もあるから、暫くは一緒に暮らそう。3月末くらいまで」

  

別れることを決めた2人は、同棲を始めた頃と同じくらい仲睦まじく暮らすようになった。さすがに伝説的な夜を過ごしたり京子がタテルを叩き起こした、いってきますのチューをしたりは無くなったが、カラオケ部屋で歌をうたったり、やってTRYラーメンブックを一緒に見てこのラーメン美味しそうだねなどと言ったり、会話をする回数は今まで以上に増えたようである。
「キョコってるの復活第一弾、どこ行きたい?」
「俺は八王子行きたい」
「八王子か。たくさん思い出があるね。行きたい店ってもしかして鴨福?」
「そうだよ。また2時間以上の待ちになるけど…」
「問題ないよ。私たちまた仲良くなれたんだし、2時間も3時間もあっという間だよ」

  

土曜日の朝、東京駅の中央線ホームでスタッフ大石田と待ち合わせる。
「大石田さん、別れることになってすみません…」
「2人でよく考えた上での結論ですもんね。しょうがないですよ、僕が口挟むのは違います」
「ありがとうございます…」
「今後のキョコってる、どういたしましょうか?」
「それがですね、ちょっと決めかねていまして。大石田さんともちゃんと話し合いして決めたいと思います」

  

9:02発の中央特快、未だ無料で乗れるグリーン車に乗り込む。向かい合わせになっている席を見つけ陣取った。
「お2人とも、別れることは公にしますか?」
「します。嘘をつくのは良くないので」
「それが良いと思いますね。そういえば神連チャンの放送まだでしたよね」
「オンエアは来週です」
「あれ収録してからちょっと寝かすんですよね。結果バラしてしまいそうでヒヤヒヤします」
「楽しみにしてます。そしたら神連チャンのオンエア終わりで生配信やりません?」
「面白そう!」
「じゃあそこで話そうか、俺らが別れたこと」
「丁度ね、神連チャン失敗してどうなる、って感じだから」
「ああ、思い出すだけで悔しい…仮にあれ成功してたらどうなってたのかな」
「結婚しても早くに別れてたかもね。失敗して、かえって良かったんじゃない?」
「そうなのか」
「まあじゃあそこはしっかり伝えて、チャンネルの存廃についてはそれまでによく考えておくこととしましょう」

  

1時間もかからず八王子駅に到着。ここから目的の店「鴨福」までは、線路沿いを約1km高尾方面へ歩いていくことになる。少しでも早く列に接続したくて、歩調が速くなるタテル。京子も、あと1ヶ月ちょっとの付き合いだからと、我慢してタテルに喰らい付く。結果10:10過ぎに到着し、19番目と20番目のポジションを確保して大石田と一旦別れる。

  

「俺振り返って数えてみたけど、八王子に来るのは4度目だね」
「へぇ。あそっか、初めて一緒に食べに行ったのも八王子だ」
「そうそう。あの時は未だ俺の経験値が低くて、美味しさが解らなかったんだよな。憶えてる、京子が俺に言った最初の言葉?」
「憶えてる。東大生なのに『鰮』読めないんですね、でしょ」
「あれ結構ショックだったからね」
「ごめんって」
「悪い気はしなかった。匿名のキッズに言われたら腹立つけど、京子に言われるのは寧ろ贅沢だ」

  

10:35頃、女将が現れ並び客に説明を行う。そこには、行列のできる人気ラーメン店が抱える苦悩が滲んでいた。タテルは一言一句を真摯に聴き取り、京子が後日動画内でその内容を読み上げる。

  

「こちらにある白いマンションからすぐ苦情が入ってしまいます。お喋りしたい気持ちはわかりますが声量控えめで並んでください」
「白バイぶーんぶんしちゃいますからね!」
「券売機制です。紙幣は千円札しか入らないため、高額紙幣しかお持ちでない方は女将さん説明時に両替をしてください」
「じきに両替機も導入予定とのことですが現時点ではお気を付けを」
「その日のお客さん次第で回転の速い遅いがあります。男性1人客が多ければ比較的速く回転しますが、女性複数人組は40分くらい居座ってしまうことも多いそうです。早く食べろ、と言いたい気持ちは解りますが、お金を払っている以上味わう権利がありますので大目に見ましょう」
「食べログの口コミで『回転遅い』とか言われるの、結構心苦しいみたいです。皆さん、2時間以上の並びを覚悟してから来店しましょうね」
「あとごめんなさい、私たちに加えSURUSURUさんも食べに来ました。動画を上げるタイミング、被ると思います。向こう1ヶ月は混雑が激しくなりそうですし、食べ慣れていない人も多く来るため回転も遅めになるかもしれません」
「少し間を空けて訪れることも検討お願いします!」
「…ふぅ、説明長かった〜!」
「俺たち感謝祭の司会やってるみたいだったね」
「私が島崎和歌子さんポジ?」
「そう。俺が今田さんみたいに合いの手入れた」
「息ぴったりだったね」
「2年やってきたからねキョコってる。そりゃもう一心同体だよ…」
そう呟くタテルは、少し寂しそうな顔をした。

  

現地での様子に話を戻す。10:56に列が進行。女将が1人客と2人組の分布を確認する。この時2人の2組前に片割れが列から一時退出したカップルがいて、また女将が丁寧に、「並びの玄人」にキレられると危ないから一声かけて抜けるように、と注意喚起をする。

  

11:57の時点で前には残り1組2人。店前には3脚椅子があるが、2人組を離れ離れにしないよう、1席空席としタテルと京子は大通り列の先頭で待機する。

  

「喧嘩して仲直りした後っていつも八王子来てるよね俺ら」
「そういえばそうだね。偶然かな?」
「本能的に行きたくなるのかも。都心よりも空気が綺麗だからさ、新鮮な気持ちになる。初めてした喧嘩の後も、2ヶ月顔を合わせなかった喧嘩の後も、そして今日も…」

  

最終的に2人が入店したのは12:05であった。入店まで2時間かからなかった。この日の回転は良かった方だと思われる。カウンター4席、2人掛けテーブル2卓のうち後者に案内される。

  

「タテルくん、鴨がクサいとか言ってたよね」
「浅草の時だね。でもあれは偶々だから」
「鴨肉ってクセあるって言うけど、意外と普通の肉と大差なくない?」
「わかる。鴨南蛮の鴨とか、それ本当に鴨なのか、って思うこと多い。今まで食べた鴨ラーメンも、美味しかったけど鴨らしさは感じなかった」
「タテルくんと出逢ってからさ、今まで食べたことないようなものたくさん食べれて楽しかった」
「だろ。俺とじゃなかったらキャビアとかフォアグラとか味わえなかっただろ」
「でも普通のごはんの方が美味しい」
「おい…まあそういう意見もあって然るべきだとは思うけど」
「TO-NAのみんなにも押し付けすぎないでね。ありふれたごはんも大事にして」
「気をつけるよ」

  

ラーメンがやってきた。タテルは特製の醤油を選択していて、左には丼、右には特製トッピングが置かれる。トッピングの皿を置く角度にまで拘りがある模様。

  

スープを飲んでみると早速目を見開く2人。確かに独特な鴨のクセを感じる。鴨が苦手な人であれば後退りしてしまいそうである。しかしそれがスープに綺麗に溶け込んでいるから、痘痕も靨と言わんばかりに鴨の味を痛感できる。醤油の味が色濃く決まっていて、正しく鴨南蛮を味わっているかのようである。

  

麺にも唯一無二の特徴がある。目を凝らして見ると、3層に分かれていることに気付く。両端と真ん中では異なる小麦粉が使われていて、後者では通常パスタなどに用いるセモリナ粉を使っている。これによりもちっとしつつも陽気な食感が生まれ、咀嚼しながら多様な小麦粉の味わい、そして絡み来る鴨と醤油の旨味に酔いしれる。青菜の青さで口の中を落ち着けるのも良い。
丼には豚バラ肉と雲呑が入っている。豚肉は輪郭がはっきりとした味で、鴨出汁と喧嘩することもない。雲呑は強者のスープや麺、具材と比べると印象が薄かった。

  

肉皿には数々の味変要素が添えられている。ここに麺を持ってきて醤油につけ、溶いた卵黄に絡めるとこれまた絶品である。もちろん豚肉を卵黄に潜らせても美味しいし、鶏肉は軽く焼きが入っていて山葵との相性が良い。そしてやはり鴨肉が絶品。身はどろっと蕩け、脂の旨味と程良いクセが堪らない。切り込みがしっかり入っているから噛むのも容易である。これだけでもあと2枚は食べたいくらいである。

  

「京子が頼んだ鴨丼、美味しそうだな。ちょっと食べたい」
「ダメ。独り占めしたい」
「そっか…俺は豚丼にしたけど、ちょっと大人しい味わいでさ。美味しいけど控えめすぎるんだよね」
「この店は何でも鴨肉なんだよ。残念でしたタテルくん」
「ムカつくな!でもこんなやり取りしてたよね最初の頃は」
タテルは考えていた。この頃の、ちょっと京子が姉御肌で自分を言い包めるくらいの関係性がベストだったのかもしれない。主人公は京子に務めてもらいタテルは道化に回る、そんな初期のラーメンウォークが最も楽しかったのだと思う。

  

「京子ちゃんだ!生で見るとより可愛い〜」
「めっちゃ嬉しいです。担々麺にしようか迷ったんですよね」
「担々麺はですね、もつけさんのものに寄せてます」
「え〜そうなんですね!それは絶対美味しそう。また食べに来ます!」

  

楽しそうに店員と話す様子を見て、京子との心の距離が僅かばかり離れたような気がしたタテル。駅へと戻る道で、目に涙を浮かべる。
「タテルくん、泣いてる?」
「えっ?別に泣いてないし。逆さ睫毛が当たっただけ」
「強がらなくていいから。何となく察してる、タテルくんが言いたいこと」
「そうか」

  

大石田も合流して八王子を出発。基地に戻り、今後のキョコってるの在り方について固めた。

  

そして神連チャンオンエア当日。タテルは仕事があったためリアタイはしていないが、神連チャンしたらプロポーズ、できなかったら別れる、の件はしっかり放送された。放送終了30分後、僕たちはキョコってるのチャンネル内で生配信が行われた。
「まず、番組内で『神連チャンできなかったら別れる』と発言しました。これね、口だけだろ、と皆さん思ったかもしれませんが、実は本当に別れることとなりました」
「はい。ちょっとね、すれ違いというか、致命的な価値観のズレがあって」
「正直言えば、俺が勝手すぎました。グロちゃんと同類なんですよ俺。主人公ぶって、京子の意志を無視するような言動をしちゃった。これが全てです」
「でも勘違いしてほしくないのは、決してタテルくんを嫌いになった訳ではないんです。むしろ好きだしリスペクトしてます。個人的には、タテルくんはタテルくんらしくあって欲しい。私とずっと一緒にいると、それが叶わないのかな、と思ってこの判断になりました」
「俺も、京子は京子らしく演技を頑張って欲しいと思います。本当すぐ人の人生に口出ししちゃうんですよね俺。そういう癖、これから治していきたいと思います」

  

「そしてこのチャンネルに関しましても、3月末を以って解散、更新を停止することにしました」
「突然の発表続きで申し訳ないです。これもちゃんと経緯を話しますと、神連チャンの収録終わりからまた大喧嘩しちゃって、別れ話を固めて仲直りして久しぶりに収録したのが鴨福の回でして。まだチャンネル開く前の絶妙な関係性に戻って、それが物凄く感慨深かった。その関係性でこれからも居たい。そう思って俺から京子に話しかけました。そしたら京子も納得してくれて」
「そうだね。親友くらいの距離感が私たちには似合ってるなぁ、ってつくづく思いました」
「これからも仲良くやっていきます。動画もね、あと5店舗くらいはリポートして、大団円迎えたいと思いますので、応援よろしくお願いします!じゃあ本題やっていきましょうか!」
「皆さんの応援・ご愛顧に感謝して、神連チャンで披露した曲を生歌唱します!」

  

NEXT

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です