人気女性アイドルグループ「綱の手引き坂46」の元メンバー・京子と、綱の手引き坂→TO-NA特別アンバサダーを務めるグルメ芸人・タテル。2人がラーメンについて語り合うYouTubeチャンネル『僕たちはキョコってる』が人気を博している。
人気番組『浜千鳥の神連チャン』に出演した2人は、神連チャンしたら結婚する約束にしていた。しかしその目前でタテルがミス。結婚の話は一旦保留となり、それどころか京子が別れをちらつかせる。
ある日、京子はかつての戦友であるTO-NAのキャプテン・グミと話をしていた。
「京子ってタテルくんと一緒に暮らしてはいるんだよね?」
「いや、ちょっと実家に帰ってる。タテルくんには本当にうんざりでさ、この前マロンショコラ?」
「サロンデュショコラ、って言いたいのかな?」
「それそれ!チョコたっくさん買って帰ってきてさ、聞いたら30万も使ったんだって」
「30万?それは流石に使いすぎだよ」
「でしょ?それにウイスキーやらワインやらたくさん買ってきてさ、スペース奪うの」
「京子が飲めないのわかって買ってくるんだもんね。お金の使い方も派手になってるし心配だね」
「あと歩くのが速すぎる」
「それもあるあるだね。私たち殆どついていくの諦めてる」
「だからタテルくんに注意してもらえるかな?私から言っても逆ギレされそうだから」
「わかった。でも本当に別れる気なの?」
「そう。あのままじゃ私が疲れちゃう」
「京子は我慢しちゃう性格だもんね」
「せめてこれだけでも受け入れてくれればなあ。私、結婚したら絶対子供欲しいんだよね」
最大のネックを打ち明ける京子。タテルは重度の子供嫌いである。赤ん坊が泣き喚けばあからさまに嫌な顔をするし、電車内で五月蝿くしたり口を押さえず咳したりする子供を睨みつけ舌打ちさえする。
「私たち地域活動の一環で幼稚園や保育園を訪問するんだけど、タテルくんいつも同行しないんだよね」
「わかる。絶対嫌がると思う。1回一緒にくら寿司行ったらさ、子供が多くてタテルくん酔ってたんだよね」
「船酔いみたいなこと?」
「そうみたい。俺にとってあそこはくらくら寿司だよ、なんて冗談言われてさ、その場では笑ってあげたけど内心腹立たしかった」
「くらくら寿司か。タテルくんらしくて面白いと思うけどね」
「恋人の身になったら全然面白くない。私が行きたいホテルも、子供が多くて落ち着かないから違うところにして、とか言われるの。でタテルくんが提案するのはいつもひらまつ」
「いかにもタテルくんだね。口を開けばフレンチとかイタリアンとか言う」
「でしょ。食事のクオリティが保証されてるし、カード会員でポイント貯めたいらしい。でも私はもっと旅館らしいご飯を食べたくてさ」
「それは京子の方が正常だと思う。タテルくん1人で行くべきだよ」
「最終的には子供が来なさそうな旅館選んで行けたし楽しかったけどね。でも子供作れないとなるとタテルくんとはやっていけないかな」
「タテルくん、本当に子供欲しくないのかな?ちゃんと確認した?」
「してないかも」
「メイから聞いた話なんだけど、もし子供ができたらパルクール習わせたい、ってタテルくん言ってたんだよね」
「そうなの?」
「何気なく言っただけかもしれない。だけど、他人の子供は嫌でも自分の子供は可愛い、ということは往々にしてあるから、ちゃんと確認した方がいいと思うよ」
「そうね…」
「勝手かもしれないけど、私たちTO-NAとしては、2人には別れてほしくない。タテルくん確かに我儘だし振り回す癖もあるけど、何だかんだで真面目だし心強いんだよね。もちろん京子の気持ちもあるとは思うけど、一度冷静に話し合った方が良いよ」
「わかった。今度久しぶりに2人でラーメン食べに行って話し合ってみる」
「タテルくん、これからのことについてちゃんと話し合いたい。久しぶりにラーメン食べに行かない?」
「行きたい。俺もこのままじゃ良くないと思うから」

ある平日の月曜日、2人は下丸子駅に集合し「奈つやの中華そば」の待機列に接続する。10:30着で店舗向かいのガレージにギリギリ収まる20番・21番目の丸椅子に着席した。暇潰し用にやってTRYラーメンブックや東京歩人が置かれていて読みたくなるが、今すべきことは話し合いである。

「まず確認したいことがあるんだけど、タテルくんって私に子供産んでほしくない?」
「ほしくないね」当たり前のように言い切るタテル。
「やっぱそうか…グミから話聞いたんだけどさ、子供できたらパルクール習わせたいんだよね?」
「それはただのリップサーヴィス。俺は子供が嫌いだ。因業ジジイでお馴染みひい爺さんからの遺伝だな」
「知らないよ。遺伝だなんて、おかしな話」
「おかしな、って何だよ。子供なんかいたら何処も行けない。家に居ても落ち着けない。そのくせお金はかかる。良いことなんて何も無い」
「事実としては間違っていないけど、やっぱりタテルくん勝手だよね」
「わかってるよそれくらい…」
虚勢を張っていたタテルが、急にしおらしくなる。
「俺さ、色んな人に言われたんだよね。素直じゃないとか人付き合いが悪いとか、27歳にもなってだらしないとか」
「いや、まあそうなんだけどさ…」
「子供が嫌いだと勝ち誇っている俺がいちばん子供だよね。そりゃ嫌だよな」
「そんな…やめてよ。私そんなタテルくんのこと責め立てるつもりは無いんだって」
「変わろうとは思ってるよ。京子の旦那に相応しい自分にならなきゃ、とは思ってる。だけどそれを邪魔する元の自分が幅を利かせてるんだ」
「そうなんだ」
そう言って京子は暫し黙考する。グミに言われた「そのままのタテル」を愛しても良いのではないか、という思いが頭を過ぎる。でもそれを心から愛することができない、そのままの自分が今ここにいる。
タテルも改めて、そのままの自分と変わりたい自分の諍いに向き合う。
「ほら、京子がちゃんと話をしてくれてるんだ。せっかく出逢えた最高の推しを手放すなんて馬鹿な真似は止めなさい」
「何が馬鹿な真似だ。俺は東大卒グルメタレントだ、飲み食いに心血を注いで何が悪い」
「度が過ぎてるんだよ!」
「勉強しなきゃいけねぇんだよ」
「本当にしてる?昨晩飲んだウイスキーの銘柄は?その前の晩は?」
「今朝何食べた、みたいな訊き方するなよ。認知症の診断テストか⁈黙れ!」

11:28に列が動き始め、先頭の7名が入店する。次の4名は約5分後、女将の指示で食券を購入する。それ以降の人は女将の説明および張り紙の指示通り、前から4番目に達した時点で食券購入(複数人で来店の場合は1人が4番目に達したら全員一斉に購入)するシステムである。
「京子、俺やっぱり自分に嘘はつけない。自分の『好き』を縛りつけるような生き方をしたら、却って京子に対する『好き』を失ってしまう気がする。勿論締めるところは締める。でも俺は俺らしく生きたい」
「そっか…」
結局タテルは、そのままの自分で京子に見直してもらう可能性に一縷の望みを託した。贅沢な決断ではあるが、二元論を嫌い折衷案を探りたがるタテルらしい結論とも言える。

お互い会話を交わさぬまま、時刻は12:15となった。ここで一気に列が4つ進み、食券を買うターンとなった。前の客の着席を待って店内に入り食券を購入。券売機横の券留めに挿して店を出、先頭の椅子に腰掛ける。

無言のまま過ごす15分は体感にして1時間であった。12:31、後ろの2人と共に入店する。
「タテルくんは、そのままでいてほしい気がするな」
「ホント?」
「それがタテルくんの持ち味だもんね。気持ちだけでも強く持っていないとすぐ負ける。その姿勢、格好良いと思う」
「京子…ということはもしかして?」
「いや、もう少し考えたい。今は目の前のラーメンに向き合う時間だから」
「そうだね。ラーメンに失礼は働けない」

ラーメンがやってきた。スープを口にすると、煮干しの苦味を感じつつ、それが円やかに広がって大きな旨味となる。
煮干しスープに合わせる麺はプツプツとしていることが多いが、こちらはモチモチして、それでもしっかりスープと融合しているから素晴らしい。

具材で印象的なのは、看板に掲げてある通りモチモチの生地の雲呑。中の餡には生姜が効いていた。メンマは上品でありつつ、摘みとして食べても美味しいものである。こうなるとチャーシューや味玉は相対的に印象に残らなかった。

そしてミニ丼にはカレーを選択。とても円やかな口当たりに上品なスパイスの弾け方。昔懐かしのカレーと言えよう。ラーメンと合わせても喧嘩せず、寧ろ煮干しの味を明るくする。
最後は白葱と共にスープを完飲する。体に良くないとはわかりつつも、完飲しないと申し訳なく思うくらいにこの1杯をリスペクトしている。
「でも並ぶのが過酷だよね」
「下手したら3時間以上だろ?それも込みで考えると、比較的並びの少ない児ノ木やthere is ramen、ファストパスのあるとんちぼの方が俺は好きかな」
「どれも懐かしい名前。あそうだ、久しぶりに基地行きたい」
1ヶ月以上ぶりに基地に戻ってきた京子。掃除番長の自分が不在にしていたから部屋が汚れていないかと心配していたが、思ったより綺麗にされていて驚く。
「タテルくん、掃除できるようになったんだね」
「グルメタレントが汚部屋に暮らしていたら冷めるでしょ。それだけ」
京子はどこか儚げな表情をしながら辺りを見回す。そして一旦タテルの前から姿を消し洗面台に向かった。決心を固めるのに、少し時間が必要であったようだ。髪型を今までしたことのないものに変えて、再びタテルの前に現れた京子。
「やっぱり私たち、別れよう」
「そっか…そうなるよな」
心のどこかで覚悟を決めていたタテルは、8年間逃げ続けた指名手配犯が警察に囲まれた時のような顔をして別れを受け入れた。
「変わらないタテルくんを否定する訳じゃない。でもこれ以上一緒にいても、お互い楽しくないと思った。タテルくんはタテルくんらしく生きてほしい、だからこそ別れたいんだ」
平静を装っていたタテルだが、次第に目に涙が溜まる。やがてそれが決壊すると、京子を強く抱き締める。
「ごめんよ京子、自分のことしか考えられない俺で。幸せにできなくて本当にごめん。図体だけデカいクソガキで本当にごめんよ…」
「そんなこと言わないの!」
「でも…」
「謝らなくていい!いいんだよ…」
NEXT