人気女性アイドルグループ「綱の手引き坂46」の元メンバー・京子と、綱の手引き坂→TO-NA特別アンバサダーを務めるグルメ芸人・タテル。2人がラーメンについて語り合うYouTubeチャンネル『僕たちはキョコってる』が人気を博している。
人気番組『浜千鳥の神連チャン』に出演した2人は、神連チャンしたら結婚する約束にしていた。しかしその目前でタテルがミス。結婚の話は一旦保留となり、それどころか京子が別れをちらつかせる。
TO-NAハウスの共用ダイニングにいたタテル。そこへメンバーのヒラホが通りかかる。
「うわぁ!タテルさん何やってんですか」
「何って、でんぐり返し」
「怖いですよ!」
「全裸じゃないだけまだマシだろ」
「どういうことですかそれ…」
「ヒラホは今週の金曜夜、予定無いよね?」
「無いです。次の日も朝早くないです」
「おめでとう。ヒラホは『わたなべりょうりみせにいくけんり』をかくとくした!」
「この前一緒に行く人ルーレットでマリモさんに当たった、あのお店ですか?」
「そうだぞ。インスタ張り込んでいたら予約取れた。本当は京子と行きたかったんだけど」
「京子さんと何かあったんですか?」
「喧嘩しちゃった」
「あら…」
「隠すのは良くないから正直に話すんだけど、このままだと別れる可能性が非常に高い」
言葉を失うヒラホ。
「俺が良くないんだよな。自分の拘りが強すぎて、京子に迷惑かけていること気付かなかった。やっぱり俺は自分勝手なんだよ、人を愛する資格なんて無かったんだよ!」
「タテルさん、そんなこと言わないでくださいよ!悲しいですって!」
「俺も悲しいよ。でももうどうにもならないって…」
「とりあえず私からも京子さんに連絡入れますから、タテルさんは家で休んだ方が良いですよ」
「ありがとうヒラホ。悪かったな、こんな深夜に色々」
「いえいえ。タテルさんが平常心取り戻していただけたのであれば幸いです」
無事に家に帰ったタテルだが、翌朝も2人の会話は疎らであった。この頃から主演ドラマの収録が始まった京子は家にいないことも増え、たまに帰ってくる日はタテルが食事やら飲みやらで家を空けている。会えない間もまめに連絡を取り合っていた頃の俤はそこには無く、すれ違いは深刻になっていた。
ある日、タテルは水曜日に放送される番組の収録に臨んでいた。その収録終わり、女性アイドルを娶ったことでも有名な芸人・ワカリズムに話しかけられる。
「タテル君、浮かない顔してるね?どうした?」
「実は僕今破局危機なんですよ」
「ああ、京子ちゃんと?それは大変だね」
「今日のV、グロちゃんが別れを告げられたのを見て、皆さん笑っていましたけど僕は身につまされる思いでした」
「そうだったんだ。まあ確かにタテルくん、グロちゃんっぽいとこあるもんね」
「否定はできないです」
「タテル君は確かにTO-NAを強い想いで率いていて、食にも詳しいし頭も良いと思う。でも我慢を覚える必要があると思う。実は京子ちゃんから少し話聞いててさ」
「嘘⁈」
「タテルくんはとにかく文句や愚痴が多いし、こだわりが強くてついていけない、だってよ。タテル君は何でも自分の思い通りにしたい。大好きなアイドルと付き合えて芸能界でも売れ出して、調子に乗っていたんじゃないの?グロちゃんと同じで、自分を主人公だと思ってる」
「…ですよね」
「このまま京子ちゃんと付き合うのであれば、自分を変えないと。まだ猶予期間はあるんでしょ?その間に少しでも変わる意志を見せたら?」
「どうすればいいのでしょうか…」
「それは自分で考えな。京子ちゃんのことは俺よりタテル君の方が解っているでしょ」

その日は木曜日であったため、森下にあるラーメン店「蓮」が夜営業を行っていた。18:50前に到着すると20人弱の行列。意図的にそういう店を選んでいるだけだとは百も承知だが、この頃ラーメン店の行列の長さは凄まじいインフレを起こしている。
さらに口コミを改めて見直すと、店内にも待機席があることが発覚。カウンターは7席だから、3回転はしないと入れない計算となる。
「中に待ち席作るんだったらその分席数増やせよ」
いつものタテルの心の声が漏れる。
「少しでも外での待ちを減らすことにより近所迷惑にならないようにしているんだろ。大体その待ち席を食べるための席に転換するのは非現実的では?スペースの有効活用だと思えよ」
変わりたい自分の心の声が諫める。
「説教受けたばかりだろ。変わりたくないのか?」
「嫌だよ。俺は俺流を貫きたいんだ」
「京子と別れてもいいの⁈」
「それは嫌だよ。でも俺が俺でなくなるのも嫌」
「欲張りか」
「他にもやり方あるだろ。器用に立ち回れば京子だって見直してくれるさ」
「それができなかったからこんな状況なってんの!わかんない?いい加減大人になりな!」
「ワカリズムもテメェもうるせえな!」
鬩ぎ合う2人の自分に挟まれ眩暈を起こした19:30過ぎのタテル。椅子に座り息を整える。
19:50過ぎに入店。券売機を見ると、この時点で全部のせは限定数終了。仕方なくチャーシュー麺を選択し、味玉の券を別途で購入した。

あれこれ考えても詮無きことなので、目の前にある黒板を眺める。麺、チャーシュー、スープに対する拘りが書いてあるのだが頭に入って来ない。続いて取り忘れていた水を汲みにいくのだが、背後に券売機のある一番左手の席に座ってしまったため出づらい。隣の人に迷惑かけまいと体を捻って出るが、却って動きが煩かったかもしれない。

ラーメンの前では心を落ち着けるタテル。スープを口にすると印象的なのは昆布の味わい。今まで100杯以上ラーメンを食べてきたが、昆布を一番に感じたのは初めてである。

そこに醤油と油が手を差し延べるとこれがとても美味であり、厚さの不均一な手打ち麺にも絡む。チャーシューは全体的にほろほろと解けるものであり、不安な気持ちを掻き消さんとばかりに夢中で貪る。

合わせてチャーシュー丼まで頼んでしまった。香味のある醤油味でクセになるし、少し飽きてもマヨネーズで味変できる。最後の方は胃もたれしてしまったが、調子に乗ってしまうくらいよく出来たラーメンとチャーシューであった。
「京子から散々痩せるよう言われたけど、全然痩せてねぇな!寧ろ酒浴びて太ってる!」
「運動してるけど痩せねぇんだよ!」
「運動量以上に飲み食いするからだよ!我慢覚えろ!」
「アァもう!」
夜の住宅街の中で、タテルは配慮も無く叫び蹲る。
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