連続百名店小説『東京ラーメンストーリー』12杯目(伊藤/王子神谷)

グルメすぎる芸人・TATERUと人気アイドルグループ「綱の手引き坂46」のエース・京子。2人共25歳の同い年で、生まれも育ちも東京。
ひょんなことから出会ってしまった2人の、ラーメンと共に育まれる恋のような話。

  

次の店までは、王子駅からだと1.4km歩く。しかしかつて番組の企画で1週間に12万歩も歩いた京子は、これくらいの距離なら普通に歩く。一方のタテルも、芸人随一の早歩きで応戦する。
「俺らならバス旅やれるかもね。第2の田川蝦子コンビになれそうだよ」
「何それ」
「路線バスだけ乗り継いで、ゴールを目指す旅」
「へぇ」
「バスがない区間が多くて、4日間で40kmくらい歩くのがお決まりなんだ」
「楽しそう!やってみたいね、それこそYouTubeで」
「いつかやろう!でも暑い時期は嫌だな」
「ほんそれ。真夏の歩きは地獄」

  

話が盛り上がり、15分強の歩きはあっという間であった。寂れた商店街の一角に、中華そば伊藤は潜んでいる。
「あれ、どこだ?この辺のはずだけど…」
百戦錬磨の京子を以てしても通り過ぎてしまうほど、この店は名店のあつらえから程遠い。

  

「あったよ!」
「わからんなこれ。商店街の福引き会場か」
「…」タテル渾身の例えツッコミは不発に終わった。

  

コンクリート打ちっぱなしの床に、何の変哲もない黒の丸椅子。今までのラーメン百名店とは明らかに違う異様な雰囲気の中、2人は窓際の2席ぽっきりのテーブルについた。
メニューの選択肢は2つ。普通のそばか、肉そばかのみである。
「写真を見ると、肉美味しそうなんだよね。でも太るかな…」
「いいんじゃない、肉入りで。1食で2杯食べてる時点でtoo muchだよ」
2人は肉そばを注文した。

  

「なんか水入らず、って感じするね」
「えっ?水要らないの?喉渇かない?」
「そういうことじゃなくて!誰にも邪魔されないってこと。2人で長テーブル独占できるなんて、今までなかったじゃん」
「たしかに。なんかいいねこの感じ」
京子の彼女感溢れる表情に、顔が綻ぶタテル。

  

ラーメンがやってきた。一般的なラーメンのものとは違い、とんかつのように短冊状に切られたチャーシュー。京子の読み通り、脂身と赤身のバランスが良く美味しい。煮干しベースのスープも、タテルが目くじらを立てるような苦味雑味がなくて良い出来である。しかし気になる点が。
「ねえねえ、スープ少なくない?」
「俺もそれ思った。麺のゴワゴワが悪目立ちする」
「重たい…私ちょっとお腹いっぱいになってきた…」
「無理しないで。本当は食べてあげたいけど」
「それはダメ。頑張って食べるね」

  

「もしかして京子って少食?」
「そ…う、だね。森脇ゼミの激辛チャレンジも、激辛じゃなくてお腹いっぱいになったせいで失敗した」
「マジか…じゃあなんで1食に2杯も食べるんだい?」
「本当にラーメンが好きだから」
体に負担をかけてまで愛するラーメンを食べる京子。これほどまでに愛するものが自分にはあるのか。タテルは己を見つめ直す。

  

「でも今日は食べすぎたかな。よし、ダイエットの一環として、歩いて三ノ輪まで帰ろう!」
「マジで言ってる?ムリムリ、この後劇場の出番あるし」
「弱音吐かない!根性だ根性!」

  

その夜、ヨシモト∝ホールの楽屋に入るタテルは足を引きずっていた。
「お前どうしたその足?」先輩芸人のNYやしきが問う。
「歩きすぎちゃって…」
「ステージあるのに何やってるんだ!」
「ネタやるときは万全の状態じゃないと、お客さんに失礼だぞ」NYまさしも加勢する。
「なんか色めき立ってるようだけどな、お前はまず芸を極めろ」
「俺らくらい売れっ子になるまでは、いろんなことに手を出しすぎんな」
「安心しろ、お前は面白いんだから。ほら、頑張れよ」
NYまさしはタテルの背中を叩き、舞台へと押し出した。

  

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