連続百名店小説『東京ラーメンストーリー』119杯目(一条流がんこ総本家分家四谷荒木町/四谷三丁目)

人気女性アイドルグループ「綱の手引き坂46」の元メンバー・京子と、綱の手引き坂→TO-NA特別アンバサダーを務めるグルメ芸人・タテル。2人がラーメンについて語り合うYouTubeチャンネル『僕たちはキョコってる』が人気を博している。
人気番組『浜千鳥の神連チャン』に出演した2人は、神連チャンしたら結婚する約束にしていた。しかしその目前でタテルがミス。結婚の話は一旦保留となった。

  

神連チャン収録終わりの2人は会話を交わすことなく家路についた。疲れが溜まっていたせいもあってか、そそくさとシャワーを浴びて寝床に向かおうとしていた。
「俺が先にシャワー浴びる」
「私の方が疲れてる。私が先ね」
「京子のシャワー、長いんだよ!俺の方が先に入るべきだ」
「ならスマホいじってないでさっさと入れば良かったじゃん。タテルくんだって長いよ、人のこと言える?」
「俺は疲れてんだ!扮装たくさんやったし喋りもやったし」
「私だって、扮装やらされたり待たされたりでうんざりだよ」
「扮装やりたくなかったのか?」
「やりたくなかったよ」
「確認したよね俺、やってもやらなくてもいいけどどうするって」
「そんな言われ方したらやらない選択肢ないでしょ!扮装やらなかったら絶対神連チャンできてた!歌に集中してよ!」
「今言われても困るんですけど」
「言わせなかったのはタテルくんでしょ?勝手だよねタテルくん、もっと言うこと聞いてよ。言ってるそばから裸にならないで!話終わってない!」
「シャワーお先〜」
「最悪なんだけど…」

  

翌朝、先に起きた京子は黙々と菓子パンを食べていた。いつもなら呆れつつ笑顔でタテルを起こすのだが、この日は全く構おうとせず、タテルは1時間程遅れて自ずと起きてきた。
「おはよう京子」
「…」
拗ねている様子を察知し、タテルもそれ以上言葉を継がないことにした。一切会話を交わすことなく、京子は冠番組の収録、タテルはTO-NAの仕事現場へと出向いた。そして家に帰ってきても、普段なら今日の出来事を話したりカラオケをしたりするのに、2人は無言のまま編集作業や自分の時間に没頭する。

  

その翌日はラーメンYouTubeの収録日であった。2人の基地(家)を訪れたスタッフ大石田は啻ならぬ重い空気を感じ取る。
「2人とも、喧嘩してます?」
小さく頷く2人。
「あ、もう言葉も交わしたくないんだ。そうかそうか、それなら今日は撮影中止にしましょう」
「待ってください!」京子が制止する。「撮影ならやりますよ。そこはプロなので」
「いやあ、僕もプロだから言いますけど、この明らかに仲悪い空気感で撮影しちゃダメでしょ。視聴者は2人が心から息を合わせている様を求めている。プロ意識で取り繕ってもそれは偽物だ。出せるものではないです」
「…」
「そもそも何があったのかは教えてください。神連チャン絡みだとは思うけど」
「ご明察です」
「ご明察って…まあ放送前のことだから事情は深く訊かないでおきます。でも僕としては、仲直りしてもらわないと困ります。黙ってないで話し合い、した方が良いと思いますがどうでしょう」
「…」

  

大石田の提案を受け入れた2人。本来行く予定だったラーメン店を訪れ、その行列に並んでいる間に話し合いをすることにした。本日訪れたのは「一条流がんこ総本家分家四谷荒木町」。二郎系とはまた違ったタイプのがっつり系ラーメン店である。

  

食券を購入してからオレンジ色のコーンに合わせて並ぶが、列の動き方が少々ややこしい。店の入口を超えて前に進み、突き当たりでUターンして椅子のある列へ、などと記述してみたがイメージが湧かない。

  

「京子、どうして無視するんだ」一言目を発したのはタテルであった。
「私ちょっと限界かも」
「何が」
「タテルくんと一緒にいるの」
「そんな気はしてた」
「もちろんTO-NAのことを救ったり美味しい店予約してくれたりするのはありがたかった。優しい人だな、とも思う。だけどちょっとタテルくん勝手すぎるのかな、って」
「どういうことだ」
「同棲する前の関係性は良かったと思う。アイドルとしての私を輝かす方法、真剣に考えてくれていた。それが嬉しかった。でも今はどう?演技よりも歌に力入れてほしいとか、倖田來未さんのモノマネしろとか、それってタテルくんの自己満だよね?」
「いや、それは…」
「私は私のやりたいことやらせてほしい。そしてそれを受け入れてほしい。タテルくんが本当に好きなのって、今いる私じゃなくて、タテルくんが理想としている京子ちゃんなんじゃないの?」

  

その言葉には妙に説得力があった。言い返す言葉が見つからず、落ち込んでしまうタテル。
「今すぐに、とは言わない。でもこの姿勢が続くようなら、私はタテルくんと別れます」
「…」

  

蟠りが解消しないまま入店する2人。初来店であることを店員に伝えると、2種類のスープの香りを嗅がせてもらえた。この日は蝦夷鮑9kg使用の「100」と6kg使用の「上品」がラインナップ。上品の方がピンときたタテルは、それを塩味で注文した。京子は100を醤油味と真逆の選択をしており、2人の心と心は通っていない様子であった。

  

間も無くしてラーメンがやってきた。スープはまるで鮑が身を縮ませる時の動きのように旨味が押し寄せてくる。しかし食べ進めるにつれ塩辛く感じた。真夏に汗かきながら食べる分には最高だろうか。

  

「鮑あげる。なんか磯臭い」
「嫌だ。食べかけの鮑渡されても困る」
「今までなら喜んで食べてたじゃないか」
「今までと今は違う」
「はあ…もう何だよ。言うことがいっつも後出し。不満あったなら早く言ってくれよ!」
「言ったら言ったで聞く耳持たないでしょ!」
「そんなのタラレバじゃん。ズルいよ」
「何がズルいの?」
「ちょっと一旦落ち着こう。場所変えてゆっくり話そう」
「わかった。じゃあかき氷屋さん行こう。近くに有名な店あるから」
「かき氷?嫌だ、そんな気分じゃない」
「どうしてよ、いつもなら喜んで行くのに」
「いつもと今は違う!昨日飲み過ぎたんだよ、かき氷食べたら胃が壊れる」
「飲み過ぎたのはタテルくんの勝手でしょ!そういうところマジで嫌なんだけど」
「ああそうですか!じゃあ1人で行けよ」

  

それからその日、タテルは家に帰ることなく夜通しTO-NAハウスに篭っていた。

  

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