連続百名店小説『忍び猫』FINAL(もっこす/倉賀野)

世界中の人気を集めるフィールドアスレチック番組「SASIKO」。人気女性アイドルグループ「TO-NA」のメンバー・メイは、総合演出の辰巳に持ち前の運動能力を認められ、水上温泉で木工所を営むSASIKOマニア・松井田の手を借り、同じく有力女性選手・小島あやめと切磋琢磨しながら女性初のSASIKO完全制覇(魔城陥落)を目指した。

  

「よく頑張ったよメイちゃん…」
オンエアを観ていたTO-NAメンバーは、大粒の涙を流しながらメイの活躍を讃えた。独りカラオケボックスに篭って神連チャンの練習をしていたタテルも戻ってきて感動を共有した。アナウンサーによるメイへのインタビューを視聴する。

  

「あと一歩のところで、惜しかったです!」
「飛べたと思ったんですけど…距離が足りませんでした」
「両手と右足はしっかりマットにかかっていたようでしたが、体が後ろに持っていかれました。引き上げるのは厳しかったでしょうか?」
「夢中になってたから覚えてないんですけど…ああ悔しい…」
「でも人類初の絶凶・垂直極限突破、お見事でした!」
「SASIKO戦士の皆さんがサポートしてくださったお陰です。本当にありがとうございました…!」

  

その後、銀行員松岡も見事に絶凶・垂直極限を突破。最終管滑走は足を真上に持ち上げる独特なフォームで反動をつけゴールマットに滑り込む。一方のサシコくんはコンディションが万全でなかったようで、絶凶を越えることができなかった。

  

放送終了後の大広間、タテルはTO-NAメンバーの前で語りを始めた。
「実はな、前回大会が放送される日の朝、メイが最終管滑走に挑む夢を見てたんだ。あの時は第一砦で負けてしまったけど、メイは間違いなくやってくれると信じていた。だから辰巳さんの誘いを快諾し全力で打ち込ませた。メイはついてきてくれた。結果、夢の続きを見させてくれた。その続きは無念の終わりだったけど確かに繋がっていた。そして今朝、メイが最終砦の頂に立ってにこやかにピースをしている夢を俺は見た。メイ、来年こそは魔城陥落だ!メンバーのみんなも、メイの練習に理解示してくれてありがとう。引き続き、応援よろしくな」

  

悔しさは込み上げてくるが、メイは翌日もスノボを楽しんでいた。同期のメンバーとは戯れ合い、後輩メンバーには滑り方を一生懸命レクチャーしていた。いつも以上に密にメンバーと接しているように、タテルからは見えていた。

  

「タテルくん、メイちゃん!山田GATSBYさんが今晩高崎まで来てくれるって。予約してある天ぷら屋さん、山田さんと一緒に行ってきたら?」
「松井田さんいいんですか?せっかく楽しみにしてらっしゃったのに」
「俺はいつでも食べに行けるから。予約も取りやすいしね。山田さんとじっくり話す機会はそう無いと思うから楽しんできて」

  

夕暮れ間近まで雪のレジャーを楽しみ、タテルとメイはメンバーと別れて高崎で途中下車した。新幹線改札近くのラジオブースで公開収録の様子を見ながら待っていると山田GATSBYは現れた。
「山田さん!遠いところお越しいただきありがとうございます!」
「遠かったよ。松井田くんがいなければ群馬なんて来ないからね」
「関西の人からしたら北関東なんてゴルフくらいでしか行かないですもんね」
「せやね。俺はゴルフやらへんけど」

  

店までは距離があるためタクシーに乗ろうとすると、山田は何故か拒否反応を示す。
「バスあるんやったらバスの方がええよ。その方が安い」
「ありますかね?ちょっと調べてみます…あ、17:35にぐるりんバスが近くまで行きますね。時間も丁度良い」
「じゃあそれにしよう。タクシーなんて楽な手段はなるたけ使わない」
「ストイックだ…」

  

17:50過ぎに高崎健康福祉大学へ到着。ここから天ぷらの名店「もっこす」は目と鼻の先であり、18:00の予約に対して丁度良い塩梅での到着である。

  

「あ、靴脱ぐのかここ」
「メイ可愛い系の靴下履いてきちゃった」
「マイメロじゃん」
「恥ずかしい…」
「そんなん気にせんでええやん。俺なんて穴空いてるぞ」
「何やってんですか山田さん!」
「すまんすまん、突然こっちに来ることなったから。公式YouTubeの生配信終えて、1泊してすぐ帰るつもりやったのに」
「急に松井田さんに呼ばれたんですね」
「そうそう。『メイちゃんいるから是非!』って言われてさ、行かない訳にはいかないじゃん」
「ありがとうございます、わざわざ出向いて下さって」

  

飲み物のメニューを見ると、大衆居酒屋にあるような飲み物、そして別紙にはハイボール各種がラインナップされていた。ブランド物のウイスキーが並んでいて値段もお高めである。

  

「あ、倉渕がある!」
「倉渕?」
「水上の土産処で見かけたんですよ、倉渕の透明なウイスキー。地の物だからずっと気になってて」
「よし、それ飲んでみるか」

  

タテルが見かけた透明のものではないが、倉渕のウイスキーを使用したハイボール。国産ウイスキーらしい、軽やかだが芯のある芳香に酔いしれる。

  

最初の料理は、北海道余市のあん肝を酢飯に載せたもの。あん肝が濃厚で早速美味しい。
「ああ美味いなぁ〜。あそうだ、この前TO-NAの子とドラマで競演したけど」
「シホですね。まさか貴方が恋人役だとは思いませんでした」
「俺も思わんかったわ」
「あれはたまげましたね」
「メイちゃんもそう思うか。まあ俳優はこれ以上やらんでええかな」

  

塩は店主の地元・天草産のものを使用。満月の塩、自家製醤油の塩、カンボジアの日本人農家が作った胡椒を合わせたものの3種類。
「天草でスリーピース、WANIMAみたいですね」
「WANIMA言うたら、今度また神連チャン出るんやけど、閻魔ハードモードで『ともに』歌わなアカンねん」
「それは大変だ」
「キー高い上に早口やし、ムズすぎるやろアレ」
「わかります。チート級の難しさですよね」
「でも練習熱心の山田さんならクリアできますよ」応援するメイ。
「ミセス歌って神連チャンしてて、すごかったですよ。今度2人でタッグやりたいですね」
「ええよ。でも練習量は多いから覚悟しとけ」

  

ここで本日の食材のお披露目。蟹が特に目を引く。肉が含まれるのも珍しい。

  

トップバッターは倉渕の椎茸。頭を下にし、笠の窪みの部分にめいっぱい油を注いで揚げる。醤油塩の香ばしさと椎茸のエキスがシナジーを生む。
「椎茸ってこんな美味いんか。60年近く生きてきて初めて知った。酒が進むな」
「山田さんってお酒飲まれるんですね」
「飲むよ。本番前も弟子達連れて飲み会やったし」
「そういうところは自由なんですね。メイなんか結構控えていて」
「飲めないことはないんですけどね」
「程々に飲んでええと思うよ。よく頑張った日のビールは沁みるからね」
天ぷらを載せる赤い皿は若いスタッフが都度拭いてくれるが、どうしても客のパーソナルスペースに入り込んでくる形になるので覚悟しておこう。

  

続いては海老。1本目はレアに仕上げており、満月塩をつけていただく。やや印象に残りにくい味だが、尻尾は坂角のように濃く香ばしい味。

  

2本目はしっかり火入れしたもので、醤油塩をつける。醤油の力もあってか、こちらの方が旨味を感じやすい。

  

そして頭は海老味噌を入れて揚げてある。塩胡椒および天つゆで。天つゆと合わせると椎茸みたいな旨味が立つ。

  

「いやあでも今回はメイちゃん大活躍やったな。1年で急成長したもんな」
「英才教育受けてきましたからね」
「いくら英才教育してもダメな奴はダメやから、メイちゃんのポテンシャルがやっぱええんやな」
「小学生の頃から家で蜘蛛走(Spider Run)してましたからね」
「あれだいぶ昔に俺、TO-NAのラジオへメッセージ送ったよな。家で蜘蛛走する気概が無いとSASIKOには出れない言うたけど、やってたんやな」
「小さい頃からSASIKO出場が夢だったんだもんね、メイ」
「はい。だからこうして山田さんに会えて嬉しいです」

  

野菜に関しては生産者の名前まで教えてくれる。どうせなら顔写真とか農園の風景を見たくなる気もするが。
倉渕の中里さんが生産したインゲン。インゲン独特の青さが、塩により引き立つ。

  

同じく中里さんのブロッコリー。旨味がギュッと詰まっていて驚く。
「倉渕ええな。野菜美味くてウイスキー作って」
「倉渕って、高崎市内とは聞きましたけど結構山奥なんですよね」
「そうです。同じ市内なのに1時間くらいかかりますね。元々は倉渕村だったのが合併したもので」
「平成の大合併か」
「方面的には軽井沢寄りですかね」
「そうですね、西に行くので」
「松井田くんのいる水上はどっちの方やっけ?」
「あれは北ですね」
「草津は?」
「北西方面です。いいですね山田さん、群馬に興味湧いてきました?」
「せやな。温泉好きやし、遠征することあったら松井田くんにアテンドしてもらおうかな」

  

続いては茨城県稲敷より、宮本さんの蓮根。しっかり糸を引くタイプ。厚みがあり、ほくほくとした食感と素朴な旨味を覚える。

  

「次はクエみたいですね、九州で漁師といえば、2人目の魔城陥落を果たした宮崎さん」
「アイツはやっぱ強いね。俺が2年連続で阻まれた二連金剛君(Twin Diamonds)を手使わずに越えてるもん」
「揺れる船で鍛えた生え抜きのバランス感覚、びっくりです」
「メイもめっちゃ憧れてる〜」
「親子揃ってのクリア、見てみたいね」

  

天草で獲れた28kg特大クエの背中の部分を使用。ステーキのように肉厚ながら、魚介としての旨味も詰まっている。

  

「日本酒飲みたいな。メニューってありますか?」
「日本酒はおまかせでやっております」
「じゃあおまかせしてもらおうか」

  

「おーなんだこれは?」
「この店の名物らしいですよ。高崎の蕎麦屋さん(ほしの)で話には聞いてました」

  

店の近くにある農園のほうれん草の根っこ。緑の部分は満月塩、先端は醤油塩で棲み分ける。大地の味をスナック感覚で食べる贅沢。
「野菜嫌いの子でもバクバク食えるだろうなこれ」
「そうですね。おいメイ、緊張してるのか?」
「憧れの山田さんの前なので…」
「メイちゃん、お前はもう立派なSASIKO戦士だ。気軽にイジってくれよな」
「ありがとうございます…じゃあアレ聞いていいですか?『ぽ』の真相」
「アレな。みんなイジるねんけど覚えてないねん。何て言おうとしたのか」
「たぶん鼠先輩のモノマネしたいんですよ」
「そんなわけあるか」
「やっぱ歌いたいですもんね、あの状況下だと」
「どこがだ。タテルくんはもう少し遠慮を学びなさい」
「そうですよ。すぐ調子に乗るんだから」
「メイまで何だよ…」

  

富岡の堀米さんの里芋を、天つゆにつけて揚げ出し風に戴く。餅のようにねっとりした不思議な料理。

  

熊本の銘柄豚・走る豚の肩ロース。90℃で10時間火を入れている。肉の天ぷらとは難しいと聞くが、赤身はほろほろと、脂身は天ぷらの油と融合してしっくりくる味に仕上げている。
「山田さん大丈夫ですか?」
「別に大丈夫やけど」
「肉は生じゃないとダメだって仰っていたので」
「ハハハ。さすがに豚肉は火通さないと」
「でも牛肉とかは生なんですよね?お腹壊さないんですか?」興味津々のメイ。
「せやね。生で食えるなら生で食った方が美味いで」
「タテルさん、生魚でも量食べてしまうとお腹壊すんです」
「寿司とか食えないんだ?」
「まあ少しなら。あと山葵たっぷり塗れば大丈夫です」
「罰ゲームの量塗ってます」
「それはそれでエグいな」

  

白子天ぷらを白子のソースで。重そうに感じるが、ポン酢により味に纏まりが生まれて絶品となる。これにて天ぷら第1章が終了。
「じゃあちょっと真剣なSASIKOの話をしましょう」

  

SASIKOは1997年9月、TBBSの番組『筋肉リスト』の特番として産声を上げた。最初は(確かに難しいのだが)気軽に参加するアスレチック企画であったSASIKO。それが今や人生をかけて打ち込む世界規模の競技まで発展した。その大いなるきっかけとなった、ミスターSASIKOと呼ばれる男がいる。

  

男の名は、山田GATSBY。元々筋肉リスト内で腕立て伏せの大会で活躍していた縁から第1回大会に参加。この時は第二砦(五連鉄鎚)で脱落したが、1回限りの企画と思ったからか気楽でいた。しかし1年後に第2回大会が開かれ、山田は再び第二砦(蜘蛛走)にやられてしまうとたいそう悔しがり、家に蜘蛛走のセットを自作し練習。今でこそセット練習が当たり前となっているが、その走りは山田であったのだ。
「その時は次回大会の開催があるとは一言も言われてなかったんですよね」
「せやね。でも根っからの負けず嫌いやから、次あるとしたら絶対倒してやりたかった」

  

秋田のアラの刺身。これくらいのサイズ感が、生臭みを感じることなく旨味を感じられて丁度良いものである。

  

幸い半年後に第3回大会が開かれ、山田は魔城陥落のための最後の障害・綱登りで残り30cmまで迫り期待を集めた。次の大会に向け指懸垂のトレーニングをしていたところ、そこから着想を得たスタッフが崖衣紋掛(Cliffhanger)を考案。第4回大会の山田はその崖衣紋掛で力尽きてしまう。
「回転雲梯が噛み合わなくて腕力を消耗した形ですね」
「せやな。しかも腕立て伏せ大会の時からのライヴァルが魔城陥落を果たして、それがもう本当に悔しかった」
「自分が一番でありたかった、って感じでしたもんね」
「負けたくないからねやっぱり」

  

余市のブリを片面だけしゃぶしゃぶし、昆布ポン酢を巻いて。ブリと聞くと氷見が有名だが、この時期は未だ痩せていて、一足先に寒くなる北海道の方がベターなのだと言う。綺麗に火が通っていて脂が旨く、臭みが無かったのも良い。

  

「最終管滑走でマットに着地したのに横に落ちたことありましたよね。あれは何故こけてしまったんですか?」
「多分ジュンサカだから左右にブレるんだよね。それを抑えるやり方を心得てなかった」
「それで次挑んだ時はかなり勢いを抑えていましたね。そしたら今度は飛距離が足りなくて、今回のメイみたいな落ち方をした。あれ勢いつけて振っていたらどうだったのかな、って前から思っていて」
「どうなんだろうね。何とか耐えれた気もするけど」
「メイの飛び方、何があかんかったですか」
「目線が下を向きすぎたことかな。真っ直ぐ前を見ていれば、体を引き上げる力が出たと思う。あと裸足でやったのもアカンかったかもね。あん時の俺と同じで、靴履いていればグリップが効いて、滑り落ちるのを防げたかも」
「ありがとうございます。本当に悔しくて悔しくて…」
「悔しさを打ち消すためにはとにかく練習だ」

  

馬刺しの混ぜご飯。肉の旨味が確と溶け出ている。

  

口直しに、茗荷を忍ばせたツマの海苔巻き。海苔の質は良いのだが、霞を食うかのような虚しさを覚える。
「でも山田さんの第三砦の安定感には舌を巻きました。地獄身長測定とか電球握とか、顔色ひとつ変えずにこなしていたのは流石だと思うんですよね」
「実際はしんどかったけどね」
「俺含めネタにする人多いんですけど、実力は抜群だと思います」
「それは嬉しいね」
「来年こそ第一砦クリア、信じています」
「メイちゃんと共に第二、第三って行きたいね」

  

メイと山田がかっちり握手を交わしたところで天ぷら第2部の幕開け。揚げた海苔巻きの上にバフンウニ。温かいと冷たいが融合して甘みが出てくる。臭みの一切ない、純粋なウニの旨味を楽しめる。

  

「おいすごいぞ、蟹を殻ごと揚げてる」
「随分と贅沢な調理ですね」
「俺意外とちゃんと蟹食べたことない」
「えそうなんですかタテルさん?」
「ほぐした身を食べたことは勿論あるけど、殻から取り出して食べるのは初めてだな」
「メイの方がいっぱい蟹食べてる。勝ちですね」
「どういう尺度だよ」

  

鳥取の香箱蟹の胴体を殻ごと揚げ、鋏の部分も添えて。揚げることにより旨味が閉じ籠もったのか、味わいが深くなっている。半分程度食べ進めたところで手前の蟹味噌リゾットと白菜・鬼灯漬けを合わせる。ご飯粒大好きメイには特に堪らない組み合わせであった。

  

「タテルさん、食べるの遅いですよ」
「ホンマや。男やのに随分とゆっくりやなあ」
「本当に美味しい時はのんびり食べちゃうんですよね。うかい亭のステーキも人より2倍時間かけちゃいます」
「次の天ぷら来ましたよ〜」

  

クイーンルージュ。こざっぱりとした芋の旨味。
「やだ〜、まだ蟹食べてる〜」
「スマホいじってる訳でも無いのにな」
「カレーは5分で完食するんですけどね」
「次来てますよ!」

  

かぼちゃ。蟹の最中だと印象に残りづらい。

  

「やっと食べ終わったよ。美味かった〜」
「まあ味わって食うのもええことか。SASIKOも大器晩成型の選手増えたからな」
「30代後半とか40代になって活躍する人多いですからね」
「捌原くんとか串木野くんとかね、歳取ってから寧ろ成績が安定するようになって」
「山田さんも32歳ですかね、初出場の時は」
「ちょっと遅めやったね。もう10年早くSASIKOが始まっていたら魔城陥落できてたかな。まああんまタラレバ言うても変わらんけどね」

  

対馬の穴子に生胡椒を載せる。良質な穴子に胡椒を合わせることを不安がるが、合わせてみると穴子の旨味と胡椒の香りが合っている。立派な新発見である。

  

「松井田くんは第二砦まで行って良かったな。やっぱ一度引退しても戻ってきたくなるよね」
「山田さんが引退したのって3回でしたっけ?」
「よく数えてるね。そうなんよ、けじめをつけたつもりでも、どうしても諦められない。情けないとは思いながらも、気づいたら番組宛に手紙送ってる」
「SASIKOの魔力ですね」
「松井田くんも解ってくれたようだな。たぶん次も出るでしょう」
「出る理由はあると思います」
「私からも言いました、松井田さんはSASIKO辞めちゃダメだって」
「あいつは俺の大事な言葉を平気でパクっちゃうようなお調子者だけど、SASIKOへの向き合い方はリスペクトしている。俺からも伝えておくよ、俺と一緒に生涯現役でいようって」

  

茨城のシルクスイート。デザートのように甘いさつまいもで口の中を一旦落ち着ける。

  

「おっ、松井田くんから連絡や。〆は10種類くらいあって迷うだろうけど、追加料金さえ払えば何種類でも食べてええって」
「じゃあメイは全種類食べる!」
「ホンマ⁈」
「メイはお腹いっぱいになったことないんですって」
「せやねん。今まで我慢してたから今日だけ食べさせてください」
「ええで。史上初やな全部食うた人は」
「残念。お2人いらっしゃいます。でも女性は初ですね」

  

タテルも触発されて3種類食べることにした。まずは穴子かき揚げを載せた天茶。かき揚げを載せる瞬間はASMRとなる。穴子は意外とグニグニしている。

  

穴子や根菜類をバラして混ぜご飯にし、胡椒をかけた「天まぜ」。ここでも胡椒が味にメリハリをつけており、天ぷらと胡椒の相性を学んだ一夜となる。

  

白身魚のかき揚げにはなんとカレーをかける。出汁は馬の骨とスジから取り、パイナップルで味を決めて黒七味を加える。カレー単体だと重くなるところを天ぷらで柔和にさせる。でもやはり空腹の時にたっぷり味わいたい料理である。

  

「ごちそうさまでした!」
「本当に全部食べちゃった…」
「もうちょっと入りますね。でも大満足です…」

  

デザートはクリームチーズとヨーグルトのジェラートに自家製干し柿を載せて。ジェラートは良質だが干し柿の要素はあまりよくわからない。

  

追加注文分の明細は後ほどポケットコンシェルジュのメールにて確認ができて、日本酒は1種類につき1500円弱(日高見は1000円弱)、追加分の食事は1650円〜。タテルの食事代は37000円程となった。サーヴィスについてはぎこちない点があったが、店主は良い人なので安心して対面しよう。

  

「高崎駅までバスありますかね?」
「この時間はもう無いですね。タクシー呼びますけど?」
「山田さん、まさか歩くとか言いませんよね?」
「タクシー呼んでください」
「あぁ良かった…」

  

高崎駅へ向かうタクシーの中で、メイはそわそわしていた。
「タテルさん!…ああどうしよう」
「どうしたんだ。言いたいことがあるならはっきり言おう」
「はい」

  

私、メイはTO-NAを卒業します。

  

「え⁈」驚く山田。
「そっか。そんな気はしていたよ」タテルは冷静であった。
「1年近くアイドル活動と並行してやってきましたけど、今後のことを考えると、SASIKOに繋がる活動に専念したいと思い始めました」
「いいんじゃない?ボルダリングやパルクールやってるメイ、活き活きしてたから」
「突然の発表でごめんなさい…」
「胸張りなさいメイ。魔城陥落に向かうメイ、逞しくて愛らしくて大好きなんだ。ずっと応援するから」
「俺もSASIKO仲間として応援する。次のステージでも頑張れ!」

  

こうして忍び猫メイは、魔城陥落へまっしぐらに進み出した。

  

卒業SPへ続く

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