連続百名店小説『忍び猫』3rd STAGE ①(松むら饅頭/草津温泉)

世界中の人気を集めるフィールドアスレチック番組「SASIKO」。人気女性アイドルグループ「TO-NA」のメンバー・メイは、総合演出の辰巳に持ち前の運動能力を認められ、水上温泉で木工所を営むSASIKOマニア・松井田の手を借り、同じく有力女性選手・小島あやめと切磋琢磨しながら女性初のSASIKO完全制覇(魔城陥落)を目指し特訓を積む。

  

秋の足音近づく頃。タテルが綱の手引き坂卒業メンバーの京子と愛を育む住まいを、メイが訪れた。京子は早速メイに抱きつく。クールでならした京子も、メイの前では完全に乙女である。
「うわっ、筋肉すごっ!」
「めっちゃ鍛えてる。懸垂見せようか?」
「えー見たい見たい!」
「筋トレ器具借りるね」
「いいよ、たくさん使って!」

  

「うわすごい、こんなに懸垂できるの?」
「せやで。ぶら下がりはSASIKO攻略のための必須科目だからな」
「嘘っ、片手で懸垂してる!」
「指懸垂もできるよ。ほら」
「すっかりSASIKOの選手じゃん」
「特訓たくさんしたからね。でもメイのポテンシャルがすごくて仕上がりがホントに早い」
「エヘヘ」
「かっこいいメイちゃん!」
「すげえ乙女だな京子。俺にも見せろよその一面」
「ダメ。クールでサバサバした私が好きなんでしょタテルくん」
「それもそうだけど。そうだ、今度また温泉行こうよ。草津なんてどう?」
「草津って栃木だっけ?」
「何でや、群馬だろ」
「そんな強く否定しないでよ」
「メイも行きたい」
「一緒に行こう」
「二つ返事じゃん。いいね、俺も賛成。でもメイだけ1人部屋になっちゃう」
「あやめさん誘おうかな。ちょっと聞いてみるね」

  

「今日もリュックで参上!」
「お、今日も元気だねメイちゃん」
「メンバーの前でしか見せない姿見せてる。めっちゃ心開いてますね」
練習が順調に進んでいたメイは、本格的に第三砦の練習を始めることにした。松井田宅を離れ、木工所の倉庫に足を踏み入れる。
「女性でここのセット触るの、メイちゃんで4人目!」
「外国人選手がたしか2人と、後は…」
「あやめちゃんも触ってるよ。3年前から第三砦進出を目標にしてるからね」
「そうだった、崖衣紋の飛び移りも成功してましたね」
「そうそう。だからメイちゃんもできる。頑張ろう!」

  

第三砦のエリア構成は以下の通り。
①空飛管(Flying Bar)→②吊糸瓜諒(Sidewinder R)→③順逆逆(Swing Edge)→④別次元崖衣紋掛(Cliffhanger Dimension)→⑤絶凶・垂直極限(Vertical Limit BURST)→⑥最終管滑走(Pipe Slider)
「崖衣紋の前にある障害も全く油断なりませんね」
「コンスタントに脱落者が出てる。衣紋触れず落ちる無念さは結構引き摺るよね」
「あやめさんがエキシビジョンで第三砦に挑んだ時は、空飛管から吊糸瓜1本目の移行で失敗しました。意外と距離ありましたよねあそこ」
「そもそも太い円柱にしがみつく、という動作が難しいよ〜」
「メイ、今日は前半3つの障害を徹底的に鍛えよう」

  

まず空飛管。登竜梯子の横移動版、と考えればまだマシな難易度と言えるが、エイムがズレると落ちてしまうし着地の衝撃も強い。それでもここまで散々鍛えてきたメイは楽々とやってのけた。そして糸瓜への移行を試す。
「うわぁホンマ遠い」
「しがみつくイメージして!」
「ニャー!ああダメだ届かない…」
「まずは糸瓜の練習してからだな」

  

日常のトレーニングでもあまり経験することのない、飛び移りからのしがみつき。メイも大苦戦していた。
「全然できひん…」
「焦るなよメイ。1日でできるようになるゾーンはとうに過ぎたからな。成功例をイメージして、辛抱強く」
「はい。もういっかい!」
「メイちゃん強くなったなあ。ちょっと前までだったら泣いていたところだと思う」
「年々涙のイメージは薄くなってきてますね。頼もしくなりましたよ」
「冠番組内では無口キャラだったのに最近はしっかり喋ってるし」
「ですよね。外部の人ともよく交流しますよ。今度あやめさん誘って草津行くんですって」
「おおすごい、積極的だね。草津なら知り合いの旅館あるから紹介するよ」
「おお、ありがとうございます!」

  

お互いの予定を合わせ、日曜から始まる1泊2日で松井田馴染みの旅館を予約したタテル。メイとあやめを連れ、京子も運転役として同行することになった。こうなると忘れてはいけないのが温泉饅頭の予約である。草津で最も人気の温泉饅頭店「松むら饅頭」に電話をかけ、饅頭を取り置きしてもらった。

  

前日、タテルはメイがボルダリングをする様子を視察していた。
「あしたは9時にタテルさん家に集合です!…待ってホンマに声デカい!」
「たしかに大きい声だね。今までで一番大きかったよ」
「メンバーの前でしか見せない姿見せてます。あやめさんにも相当心開いてますよ」
「嬉しい〜。明日は一緒に温泉入ろうね」
「もちろんで〜す!」
「すみません、俺のフィアンセもご一緒させていただきます」
「楽しみだよ京子さんに会えるの。SASIKOのファンなんでしょ」
「ええ。SASIKOさんリスペクトしてるって言ってます」
「さしこさん、って言うと指原さんのことが好き、みたいに聞こえる」
「それでも好きなんですけどね。仲良くしてくださると嬉しいです」

  

そして旅行当日。メイとあやめは後部座席で談笑していた。人見知りしていた年初のメイの面影はとっくのとうに消え失せていて、京子も感慨深げであった。
「メイちゃんが他の人と仲良くしてるの珍しいよね」
「俺も珍しいと思ってる。大声も出してるし」
「すごいね。外部の人といるといっつも静かだったのに」
「借りてきた猫、ってやつね」
「ちょっと何言ってるかわからない」
「何でだよ。とにかくメイは成長している。SASIKOに本気で取り組んで、たくさんの仲間と出逢って、グループに帰ったら凛々しい姿を後輩に見せている。もう泣き虫なんかじゃない。すごく頼りになるツヨカワガールだ。俺の大好きな」
「最後ちょっと余計だな。デレデレしないで」
「はーい」

  

道中ランチに田丸屋のうどんを食べながら、5時間強かけて草津温泉の旅館に到着した。最寄りのインターチェンジは渋川伊香保であり、山奥へ向け下道をひたすら走る必要がある。人気観光地に向かう道路だから整備状況が良いことが救いである。
「お疲れ様、京子。まさか京子に車運転してもらうなんて思いもせんかった」
「メイちゃん、それ私も思った。でも免許取ったら乗り回したくなるんだよね」
「今度一緒にドライヴ行きたい」
「行こう♡」
「まあた乙女な姿見せて…」羨ましそうなタテル。

  

荷物を部屋に置いて、草津温泉の象徴である湯畑を見に行く。日曜の午後ともなると、日本人よりも外国人の多さが目立つ。

  

「あれ見て!お湯が出てくるあの坂、駆け登りたい」
「メイ何言ってんだ。たしかにあれは第1期SASIKOの第一砦にあった聳立壁に似てるけど」
「何それ?」
「反立壁の前身だよ。端っこ掴んで登ってもいいから全然簡単な障害だったんだ」

  

「そしたらあの6つの木乗り移って、格子状になってるところ渡ってみたい。最後は欄干に飛びついて越えてここに戻ってくる」
「いいね。落ちたら熱湯、究極のアスレチック『YUBATAKE』だ」
「私は落ちない!完全制覇して見せます!」

  

「始まったよマニアトーク」一歩引く京子。
「湯畑見てパルクールしようと思う人いる⁈」
「それだけ2人はSASIKOに一生懸命なんですよ。あ、あの店の外壁、ボルダリングできるかな?」
「あやめさんまで…」

  

セブンイレブンがある方面に移動し、西の河原通りに入った一行。この通りにお目当ての松むら饅頭はある。
「あ、温泉饅頭売り切れてる!」
「温泉饅頭とは売り切れるものなんだよ。伊香保で学んだからね、同じ失敗はしない」
「ありがとうタテルくん、たまには頼りになるね」
「何だよ『たまには』って…」

  

旅館に戻り早速実食してみる。伊香保では全体的に塩気を感じていたが、こちらはあんこ本来の味が強く出ていて、そこへ黒糖の優しい甘さが溶けゆく格好となる。生地自体はそこまでふわふわではないが、出来上がりから時間が経っている以上仕方ないことである。

  

「そうだあやめさん、小泉ひかりさんってわかります?」
「もちろんよ。それがどうかした?」
「この前タテルくんと一緒に荒々しいガキに出演して、國學院久我山高校に行った時会ったんです」
「そんなことがあるんだ。ひかりちゃん今もSASIKOの練習してるのかな?昔何回か出てたけど私と入れ替わりで出なくなったから…」
「したいけど、先生の仕事が忙しいらしくてできてないみたいです」
「そっか…」

  

温泉に入りに行く道中でも、ひかりの話題が尽きない。
「ひかりさんもパルクール選手ですよね」
「そうそう。だから身のこなしは抜群。やっぱり小柄すぎたせいかな、なかなか第一砦越えられなかったのは」
「たしかに小柄なイメージ。メイと同じくらい?」
「そうかもね。でもあと1回か2回出ていれば私より先に第二砦へ進出していたと思う。これからという時に…忙しくなっちゃって…」

  

「あれ、あやめちゃんにメイちゃん⁈」
「串木野さん⁈なんて奇遇だ…」
串木野は千葉の郊外で電気店を営んでいる。子供が3人いて、第一砦のスタート台では家族全員が集まり串木野一家ファイヤーをするのが恒例行事となっている。40代ではあるが第一砦のプレイはいつ潤に次ぐ安定感を見せており、出番が早めであることから「切り込み隊長」の異名を持つ。SASIKO仲間のムードメーカーでもあり、自宅にあるセットには芸能人の有力選手がしばしば入り浸る。

  

「ちょうど昨日が子供達の体育祭でね、月曜が振替休日だからご褒美ついでに来たんだ」
「松井田さんの紹介でですか?」
「いや、普通にネット予約」
「松井田さんの知り合いが営んでるんですここ」
「全然知らなかった。あそうだ、ひかりちゃんならウチ来たよ」
「マジっすか⁈」
「華麗な動きは健在だったね。前より運動できなくなった、とは言ってたけど」
「帰ってきてほしいですねSASIKOに」
「…簡単な問題じゃないんだよねそれが」
「ごめんなさい、軽々しく言うもんじゃなかったようで」
「ごめんごめん、そんなことはない!あ、この旅館の温泉めっちゃ気持ち良かった!たっぷり浸かるといいよ!」
「はい!」

  

4人が1部屋に集まり夕餉が始まる。
「旅館のメシも悪くないね」
「タテルくん、上から目線やめなさい」
「はーい。でも良かった、京子とあやめさんすっかり仲良くなって」
「今度ご飯行く約束したもんね」
「いつの間に⁈」
「かき氷屋さんも行くんだ」
「おい、あんまあやめさんに無理させるなよ。SASIKOもそうだしオリンピックも目指してるんだから」
「わかってるよ」
「メイこの後ジム行ってくる〜」
「いい心掛けだ。みんなで行こう」
「タテルくんはダメ。日本酒飲みすぎ」
「いや行く。いつも酒入った状態で筋トレしてるから」
「それ絶対良くない。筋トレやるのにお酒飲む人なんていないでしょ」
「まあそうですけど…」
「タテルくんだけお留守番ね」
「へ〜い」

  

女性陣がジムに入ると、そこに串木野もいた。
「お、旅先でも弛まず筋トレ、意識高いね〜。あれ、タテルくんは?」
「日本酒たくさん飲んで酔っ払いました〜」
「ったくあの野郎は!自由人なんだから」
「後で言ってやってください」

  

トレーニング中、話題はまたしてもひかりのこととなった。
「やっぱりちゃんと話した方が良いと思うんだよな、ひかりちゃんのこと」
「実は私もそう思いまして…」あやめも同意する。
「実はひかりちゃん、応募はし続けているんだ。だけどガン無視されている」
「うそ…」
「俺も正直おかしいと思うよ。でも辰巳さんとしては、あやめちゃんを唯一のヒロインにしたいみたいだ」
「でもその結果、私にかかる圧がすごくて。何でコイツが出続けられるんだ、もっと強い女性いるだろ、って叩かれるのは正直つらい…」

  

海外版のSASIKOでは女性の活躍が目覚ましい。第一砦クリアとまではいかなくても女性が活躍する土壌は育まれていて、日本開催でのW杯でも女性選手が結果を出している。日本には女性選手を育成する環境が無かったことを、その時多くの人が思い知ったのである。

  

「そこへメイちゃんが現れた。すごく嬉しかった。しかも高いポテンシャルとSASIKO愛を持ち合わせていて、私の心強い仲間になった。メイちゃんに出逢えて、私はとても幸せ…」
「そんな、ありがとうございます…」

  

涙する一同。そこへ酔いが覚めたタテルもやってきた。
「どうした?何があった?」
「ったくタテルくんは自由人だな!」タテルを揶揄う串木野。
「何を教え込んだんだ京子」
「私は何も…」
「今ね、SASIKOにおける女性の活躍について議論してたんだ。ひかりちゃんの扱いとか含めて」

  

「なるほど。辰巳さんそういうことする人なんだ…」
「酷いですよね」
「その通りだ。でも変わろうとする気概もあるんだよね。じゃなきゃメイを強化しろなんて言ってこないですし」
「確かに…」
「今はあやめさんとメイが大会を全うすることの方が大事だと思います。もしそこで大きな結果を出せば、女性選手発掘の流れが加速するでしょう。例えばもし2人が第三砦に進出するなどしたら、辰巳さんは2人の言うことを聞かざるを得ないと思います」

  

権力と闘い勝利したタテルの言葉には重みがあった。
「お前は何ていい奴なんだ!」
「権力には実力と努力で立ち向かう、この半年を通して学んできました」
「私、もっと頑張る!」
「いつかは俺の娘も参戦するからな」
「串木野さんの娘さん!楽しみだ」
こうしてメイ達は実りある草津旅行を楽しんだ。

  

——— ——— ———

  

SASIKO2024本番 第三砦
「メイちゃん、第三砦楽しんできてね!」
「練習通りやればクリアだって夢ではない。メイちゃんならできる!」
「皆さんの分まで頑張ります!最低でも崖衣紋掛を触る!」

  

この日が来ることを、誰が予想していたでしょうか。W杯を除けば、日本人女性初の第三砦挑戦となります。その舞台に立ったのは、アイドルグループTO-NAの人気メンバー・メイ26歳!

  

周りの歓声を受けて今、空飛管(Flying Bar)のバーに飛びつきました。体をしっかり振って飛び移る!しっかり着地した。この辺りの動きは松井田パークで念入りに鍛えたと言いますメイ、3つ目!そしてここから吊糸瓜(Sidewinder)への移行。ここが女性にとっては遠くて厳しいものであります。大きく体を振り上げて、上の方を掴むイメージと言っていましたが、掴んだ!小さな体でしがみつく!さあここで終わりではない、2本目へ移れるか?2本目の円柱はしがみつくと下がります。衝撃に耐えられるか?飛んだ、耐えた!見事に耐えました!そして回る3本目へしがみつく!間髪入れず4本目!迷いがありません!メイはゾーンに入ったようです!これは崖衣紋への進出も期待できるぞ!でもその前に順逆逆(Swing Edge)です。これも油断はなりません。狭い足場で体を休めます。掴み方をイメージして。1枚目のXは順手で掴み、2枚目と3枚目は逆手で掴む、特殊な動きを要求される障害。メイは器用に進むことができるのか。1枚目を掴んだ。足が後ろの吊糸瓜に当たらないよう注意して、2枚目へと飛び移る。掴んだ!見事に逆手で掴んだ!そして次は逆手から逆手の移行。これも中々無い動きだがどうか!掴んだ!何ということでしょう!ついに日本人女性が崖衣紋掛(Cliffhanger)を触る日が来た!

  

NEXT

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です