世界中の人気を集めるフィールドアスレチック番組「SASIKO」。人気女性アイドルグループ「綱の手引き坂46」のメンバー・メイは、総合演出の辰巳に持ち前の運動能力を認められ、水上温泉で木工所を営むSASIKOマニア・松井田の手を借り、同じく有力女性選手・小島あやめと切磋琢磨しながら女性初のSASIKO完全制覇(魔城陥落)を目指し特訓を積む。
「メイちゃん、来なくなりましたね…」
「あれだけ楽しそうにボルダリングやってたのに、やっぱり独立騒動が影響してるんだろうな…」
メイの不在を嘆くあやめと本庄。2人はメイやタテルのことを理解しているから、世間が綱の手引き坂にマイナスイメージを抱くことを嘆かわしく思っている。
「俺も自分で立ち上げた会社を捨てたからな。金儲けのことしか考えない大人が多くて、自分の理想を実現できないんだよな」
「醜い世界ですよね。あんな無垢なメイちゃんを穢さないでほしい。ジムにも来てほしい…」
「問題はお客さんだよな。今の状態だと、メイちゃんが来たら騒ぎになってボルダリングどころじゃなくなる」
「だったら、閉店時間の後に来るよう言ってみたらどうでしょう?誰もいない状態の方がのびのびやれそうです」
「そうだね。メイちゃんに連絡してみよう」
パルクール指導員いつ潤もまた、メイの処遇について気を揉んでいた。
「潤さん、メイ様をこのまま教室に通わせて良いのでしょうか?」
「どうして?」
「綱の手引き坂のイメージは地に堕ちました。綱の手引き坂に関わると悪影響ありますよ」
「だからって、せっかくの逸材を手放すことは無いだろ」
「潤さんは協会員として日本のパルクールの未来を背負っている人です。影響力とか考えてくださいよ」
「だからって辞めさせる訳にはいかない!」
「潤さんだけの問題じゃないんですよ!」
「…」
悩んだいつ潤は本庄に連絡を取る。
「本庄さんすみません、メイちゃんのことで相談がありまして」
「ああ、俺もちょうどどうしようか考えてたんだ」
「そうでしたか」
「俺のジムには全然通ってもらうつもりだよ。開店前か閉店後にこっそりね。パルクール教室も通わせるでしょ?」
「それがですね、俺は通ってもらいたいんですけど、スタッフが皆止めるんです。それで相談したくて」
「なるほどね。でも決定権は潤くんにあるわけでしょ」
「はい」
「潤くんがやりたいようにすればいいじゃん。なぁに、何かあったら俺らが助けてやる。俺らはSASIKOの同志だ。メイちゃんも同志だ。皆でメイちゃんのこと、守ってやろうじゃないか」
「本庄さん…頼りになります!」
こうしてメイは、独立騒動の渦中でもトレーニングを積むことができた。
やがて綱の手引き坂46はプロデューサーFの手から離れ、TO-NAに改名して墨田区に新事務所(通称「TO-NAハウス」、寮も兼ねる)を構える。
「メイの部屋の前には第三砦の崖衣紋掛と垂直極限を作っておいたからな。壁の間を使って蜘蛛走もできる」
「ありがたや〜」
しかし独立騒動により悪いイメージのついたTO-NAメンバーには地元民からのキツい嫌がらせが待っていた。ライヴを開けば観客は疎らで、東京ドーム公演をしていた頃との落差にメンバーは戸惑いを隠せない。メイも少なからず傷心し、SASIKOの練習にも力が入らない状態であった。
そしてFはTO-NAに際限なく圧力をかけ、メンバーが表舞台に出ることは不可能となっていた。
「タテルくん、辰巳だ。メイちゃんが頑張っているところすまないが、今の状況ではどう足掻いてもメイちゃんをSASIKOに出してあげることはできない。俺はあくまでもいちTV局員の分際だ。温情はできない」
「そんな…メイにどう伝えれば良いのか」
「だが俺は鬼ではない。圧力のこと、おかしいとは思っているよ。タテルくん、どうにか圧力を取っ払ってくれ。それがメイちゃんを救う唯一の手だてだ。俺もSASIKOの仲間もみんな、タテルくんを信じている」
「辰巳さん…」涙に咽ぶタテル。
「年末に会えること、楽しみにしてます。あそうだ、明日の8時、メイを連れて浅草のヤルタに行きなさい」
「それはもしかして…」
言問橋を渡り浅草の地に足を踏み入れたメイとタテル。有名鞄メーカー「ヤルタ」の非常階段の前に、スーツ姿でリュックを背負った男が立っていた。
「捌原さ〜ん!」
「来た来た!ようこそ我が職場へ!」
「嬉しい…」
メイより先に涙が出るタテル。
「どうしたタテルくん?」
「さばさんに会えてすごく嬉しい…僕にとって憧れのヒーローなんですさばさんは」
「それは嬉しいね」
捌原は、難化が著しかった第3期SASIKOに彗星の如く現れ魔城陥落を果たした強者。その勢いで第4期の魔城陥落も果たし、史上初の2回魔城陥落を経験した選手となった。その後は一時期精彩を欠いていたが40代になり再覚醒。3回目の魔城陥落も射程圏内にあると評されている。
「そんなヒーローにメイのことを認識してもらえたことがまた嬉しくて。本日はどうぞよろしくお願いします!」
早速階段ダッシュから始める捌原。30kgのおもりをつけて負荷をかけ、最後の方は叫びをあげつつ上りきる。メイもそれに続けてそそくさと上る。
「ハアハア、結構キツいですね」
「階段の1段1段がちょっと高めだからね。俺もう40代後半だから年々しんどくなってる」
「私キツいなんて言ってられへんやん」
「SASIKOはスタミナも大事だからね。小柄な人ならパワー系は特に鍛えた方が良い」
そう言って今度はバーベルスクワットを行う。顔が潰れるくらい自分を追い込む姿に驚嘆するタテルとメイ。
「さばさんハンパねぇ。年齢に抗う姿勢が素敵すぎる…」
「私へこたれてる場合じゃない…」
「話は聞いてるよ。理不尽だよね、TO-NAがこんな酷い言われようしてるの」
「わかってくださるんですか?」
「勿論さ。ヤルタに務める自分としては、足立区出身のタテルくんのこともすごく応援したいし」
「本社は足立区ですもんね。それもあってものすごく親近感湧いてたんだ」
「メイちゃんは立派なSASIKO選手だ。全力でサポートする姿勢は変わらないから」
涙するメイとタテル。
「さばさんに会えて良かったです。勇気貰えました」
「俺も一生懸命TO-NAの名誉回復に努めます。これからもよろしくお願いします!」
「はいよ!あ、そろそろ始業の時間だ。これ、営業さんから貰った伊香保の温泉饅頭だから持って帰って。夜になったら崖衣紋と垂直極限の練習するからまた来てね」
「あざす!」

捌原がくれたのは、花いちもんめという店の湯の花まんじゅう。消費期限は4日、箱を開封したら冷蔵庫で保存する。生地に練り込まれた黒糖の甘み、そしてあんこの甘みを濃く感じられる美味しい饅頭である。ちなみに出来たてだと生地がかなりもっちりしているとのことである。
「いいな伊香保。話は聞くけど行ったことない」
「行きたい。石段ダッシュしたいです」
「できたら面白そうだけどね。あそうだ、伊香保ってたしか温泉饅頭発祥の地だったような」
調べてみると、勝月堂という店が温泉饅頭の元祖であることがわかった。
「なるほどね。これは行っておかねば。松井田さんとこ行くついでに寄ってみるか」
「いいですね」
以降メイは、捌原を真似て階段ダッシュ・バーベルトレーニングを日課にした。本業では激アツダンストレーナー・鬼ヴォイストレーナーが招聘され厳しい指導を受けるようになっていたが、根性のあるメイはダンス・歌・SASIKO全てに全力を尽くす。この頃になるとメイに少しずつではあるが指の力でぶら下がる余裕が生まれ、崖衣紋掛のトレーニングも満足行くものになっていた。
そして松井田パークにも2ヶ月ぶりに足を運ぶことになった。松井田もまたメイを拒否せず、それどころか他のメンバーを連れてきても良いと言い出した。TO-NAが誇るスポーツウーマン・パルとリオを連れて水上を訪れる。
「うわぁ、これがセットか〜!」
「実物見るとすごく大きいですね」
「せやろ。じゃあ早速余弦波滑降から」
後輩メンバーの前で、着地までしっかり決めたメイ。思わずドヤ顔を見せる。
「やっぱかっこいいやメイさん!」
「エヘヘ。できちゃった」
「大変な時でもちゃんと鍛えていて、メイちゃんは偉いな。TO-NAはみんないい人達なのに、世間から蔑まれていてすごく悲しかった。それでも健気に活動しているのすごいよ、おじさん泣けてきちゃう…」
「松井田さん…」
「だからメイちゃんが今年もSASIKOに出て、努力が報われるようになってほしい」
「それは俺の仕事ですね。TO-NAがまた表で活動できるよう、逆風に全力で抗ってやりますよ。松井田さんも応援、よろしくお願いします!」
「勿論ですとも!今度の野外ライヴも行きますよ!」
パルとリオも目一杯SASIKOセット練を楽しみ、気づけば時刻は15時を回っていた。
「あ、そろそろ行かないと。実は伊香保温泉に宿を取っているんです」
「いいね伊香保温泉。ここから1時間足らずでいけるかな」
「捌原さんに貰った湯の花まんじゅうが美味しかったので行きたくなりましてね、今回は勝月堂さんに行こうかと」
「温泉饅頭の元祖だ!」
「石段ダッシュも頑張ってきま〜す」
「さすがメイちゃん、すっかりSASIKOに染まっているね」
途中綱の手引き坂時代の楽曲でMV撮影に使用したぐんま天文台に寄り道しながら伊香保温泉へ車を走らせるタテル一行。石段の頂上にある伊香保神社の駐車場に一旦車を駐め、20段ほど石段を下っていると嫌な予感がした。
「もしかして売り切れとかないよな」
「無くなったらまた作るでしょうし、売り切れることはないんじゃないですか」
「だよね、行燈も点いてるし」

「…売り切れじゃねぇか!」
「そ、そんなことあるんですか⁈」
「油断してた〜!何てこった!」
完全に温泉饅頭を食べる口になっていたため、タテルは急遽ネットで調べてヒットした清芳亭という店へ車を走らせる。石段街から少し離れた麓にあり、伊香保では勝月堂に次ぐ人気店である。

「良かった、まだある〜」
4人は早速湯の花饅頭を購入し店内のベンチで実食する。

「あ、結構塩気効いてますね」
「たしかに。運動した後だからかな」
「食感がはっきりしてますね」
「さばさんがくれた湯の花まんじゅうとは全然違う」

タテルは和栗饅頭も食べてみた。口が乾いていたせいかあまり栗の味わいがせず、何を食べているのかあまりよくわからなかった。
TO-NAメンバーへの土産を購入し旅館へ向かう4人。
「夕食までに温泉入る時間、ありますかね?」
「あと30分。今からだと慌ただしいかな」
「近くに足湯とかあるかな?足湯なら靴と靴下脱ぐだけだから」
「タテルさんメイさん、ちょっと石段降ったところの路地に足湯ありますよ。人目につかない場所にあって穴場なんですって」
「行ってみようか」

この時間ともなると空が段々と暗くなり始め、石段街に明かりが灯る。上の方から見下ろすと、それは何ともエモーショナルな景色である。
「落ち着く…昔に戻ったような感覚ですね」
「人は多いけど、都会では感じられない温もりのある灯だよね」
「これが伊香保か。来て良かった〜」

そして路地裏にある金太夫の足湯に入る4人。石段街の途中にある岸権旅館の足湯が伊香保では最も有名だが、こちらには人っこ1人いなかった。
「はぁ気持ちいい〜」
「反立壁の練習で疲れた足に効く〜」
「熱すぎないのがいいですよね」
「あれタテルさん、何やってるんですか?」
「足を外の地面につけたくないんだ。でも難しいな入り方」
「地面つければいいじゃないですか」
「汚いだろ。えーっと、足をこう伸ばして…アァ、足つりそう!」
「1人だけSASIKOやってるみたいですね」
「大変そう」
「足湯入るのも簡単じゃないな!」

漸く旅館にチェックインする4人。メンバー3人とタテルで部屋を分けてもらっているが、夕食は皆で戴いた。

「良かったらデザートにどうぞ。勝月堂の湯の花まんじゅうです」
「えっ⁈いいんですか?」
「はい。うちの旅館では宿泊者の皆様の分を確保してもらってます」
「良かった…」
「まあ翌朝行けば買えますけどね。でも最近は作れる個数も減ったらしくて、平日でも午前中には売り切れてしまうんだそうです」
「それじゃあ夕方じゃ買える訳ないか。予習不足でした」
「電話取り置きはできるみたいですけどね。午前中は大行列なので、午後2時くらいに電話すれば対応してくれますよ」
いざ食べてみると、やはり塩気が少し強め。黒糖の味はそこまでしない。
ちなみに翌日食べると塩気が落ち着き、黒糖の味が滲む優しい味わいとなる。
温泉につかり、練習の疲れを癒すメイ・パル・リオ。
「松井田さん、すごくいい人でしたね」
「せやね。SASIKOに関わる方々は皆優しい」
「情熱もあって仲間想いでもあって。素敵な人達が集まるスポーツなんですね」
「それに関われるなんて、メイさん格好良いっす!」
「よっ、男前!」
「男前だなんて恥ずかしいよ〜。今度の野外ライヴもみんな来てくれるっていうから、楽しませてあげよう」
「私たちも協力します!」
墨田区八広の河川敷にある野球場で行われた野外ライヴには松井田・本庄・あやめ・いつ潤・捌原も参戦した。ファン代表として松井田が楽しみ方を伝授する。
「これがペンライトです。曲中では主にメイちゃんのカラーであるピンクにしてください。ここのボタンを2回押すとピンクになります」
「2回押すなんて、言われないとわからないね」
「松井田さんあざす!」
「あとメンバーがコールを呼びかけたら、全力で声出しましょう!お分かりの通りメイちゃん普段は大人しいですけど、ライヴ中の煽りはびっくりするくらい強いんで!」
「ギャップ萌えだね」
しかしこのライヴで事件は発生した。しれっとTO-NA運営に紛れ込んだFの協力者が細工をしたことにより機材落下事故が発生。メンバーを庇ったタテルが意識不明の重体となり、ライヴは早々に打ち切られてしまう。
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