連続百名店小説『忍び猫』2nd STAGE ①(ザグッドベアーバーガー/高崎問屋町)

世界中の人気を集めるフィールドアスレチック番組「SASIKO」。人気女性アイドルグループ「綱の手引き坂46」のメンバー・メイは、総合演出の辰巳に持ち前の運動能力を認められ、水上温泉で木工所を営むSASIKOマニア・松井田の手を借り、同じく有力女性選手・小島あやめと切磋琢磨しながら女性初のSASIKO完全制覇(魔城陥落)を目指し特訓を積む。

  

ある日、メイの自宅を訪れたカホリンは腰を抜かした。
「カホリンいらっしゃい〜」
「メイさん⁈壁と壁の間に突っ張って何してんですか⁈」
「SASIKOの練習〜」
「それはわかりますけど、何も出迎える時までやらなくても…」
「普段からSASIKOを意識して生活せえへと、魔城陥落はできへんからな」
「さすがメイさん、なんて男前なのでしょう…」

  

4月になると水上の気候も温暖になり、松井田パークに練習へ行ける回数も増えた。春ライヴを終えた翌日から早速、第一砦の動きを確認する。
「すごいなメイ、ライヴ翌日は皆筋肉痛なはずなのに軽やかな身のこなしだ…」
「俺も観に行ったけど、いつも以上にバリバリ踊ってたよね。47の親父からしたら考えられない。あんだけ踊ったら3日は筋肉痛で動けないもん」
「恐るべし、メイのフィジカル」

  

第三砦進出を見据えるメイは、この日から第二砦の練習を開始した。第二砦は以下のようなラインナップになっており、近年は障害の新設・廃止が一切無い。
①回転抱円柱(Rolling Log)→②登竜梯子(Salmon Ladder)→③蜘蛛走(Spider Run)&蜘蛛降(Spider Drop)→④逆流泳(Back Stream)→⑤逆走工場(Reverse Conveyor)→⑥壁持上(Wall Lifting)
「メイちゃんができそうなところからやってみようか」
「蜘蛛走ならできま〜す!」
「小さい頃から家で蜘蛛走やってるもんね。余裕でしょ」

  

その宣言通り、蜘蛛走パートはスイスイと越えていく。タテルも少し体験してみようとするが、そもそも両手両足を壁に突っ張って体を支えるという動作ができない。
「アハハ!何やってんですかタテルさん」
「よくできるよなみんな。足は滑るし手に力入らないし。今度メイん家で練習させて」
「ダメですよ。男子禁制やで〜」
「冗談だよ」

  

しかしその先に待つ蜘蛛降は、日本人女性にとって厄介な障害とされる。上の壁と下の壁の間に1.8mのギャップがあり、一度第二砦に進出した身長156cmの小島あやめは万策尽き果て落水となった。ましてやメイはあやめよりも低い153cmという身長であり、攻略法が見出せないでいた。
「ニャッ!ダメだ、突っ張り直すの難しい〜」
「足がつかない、というのが無理ゲーだよな。辰巳さんに言って高さ調整を交渉しようか」

  

「それは嫌です!」
松井田の提案をきっぱり断るメイ。
「あやめさんと約束したんです。男性と同じ条件で挑むって」
「そうなんだ。メイちゃんの意志だからそれは尊重するよ。でも難しいぞこれ」

  

「メイ、俺から一つ提案だ。この前パルクールのいつ潤さんがやってたショートカットをやってみるのはどうだ」
「上からいきなり対岸に飛びつくやつですよね。やれなくはないかもです」
「そっちの方が現実的なのかな。でも着地の衝撃で足を怪我しかねないよね」
「それはわかってます。なのでいつ潤さんの指導を仰ぎたいと思うのです」
松井田はいつ潤にコンタクトを試みる。するとちょうど高崎でパルクール体験会を開催予定であったため、松井田・あやめと一緒に参加することにした。

  

当日。腹拵えとして、高崎問屋町駅東口(貝沢口)近くにあるハンバーガーを訪れるタテルとメイ。日曜日の開店10分前に到着し、店前の駐車場に車を駐めてその中で待つことにした。
「いつ潤さんに会えるの、メイ楽しみ」
「日本を代表するパルクール選手だもんね。あんな軽やかに体動かせたら楽しいんだろうな」
「楽しそう。怪我しないか心配ですけど」
「安全にやってこそのパルクールだ、ってWikipediaに書いてあったな。その辺も含めて指導してもらえるんじゃない?」

  

開店時には他の客がいなかったが、間も無くして続々と客が入店しあっという間に満席になった。高崎の中心地からは若干外れた場所であるが、地元民の他、群馬方面に用事のあるグルメ達がこぞって訪れるようである。

  

タテルは車を運転していたため、ランチドリンクからりんごジュースを注文した。
「どうよメイ、何度か群馬訪れてみて」
「自然豊かだなあって思いました」
「市街地から雄大な山々を見れるってすごいことだよな」
「東京じゃ見れないですもんね」
「さすが山の国上州。群馬では運動会の組分けが赤白とかの色じゃなくて、赤城・榛名・妙義といった山の名前なんだ。上毛三山ってやつね」
「榛名組がええな。なんか可愛い」
「伊香保とかの方面だね。今度メンバーも連れて伊香保温泉行こうよ、松井田さんのとこから帰るついでに」
「温泉か、楽しみやな。温泉まんじゅう食べたい」
「石段街もあるから脚力のトレーニングにもうってつけだね、なんちゃって」
「完全にSASIKO脳になってますね」
「SASIKOには人を夢中にさせる何かがある。なんて素晴らしいコンテンツに、俺たち関われているのだろう」

  

タテルはABC(アボカド・ベーコン・チーズ)バーガーを頼んでいた。手に取ってみるとかなりの大きさで、バッカルファットに支配されたタテルの口ではかぶりつくことができない。

  

上のバンズだけ無視して齧ると、ベーコンの香りを第一に感じ、バンズの存在感も具材を食わない程度にある。勿論肉も食べ応え満点である。
具材どうしの融合度はそこまで高くなく、厳選した素材それぞれの味を鑑賞する類のハンバーガーである。

  

「満足したかメイ」
「大満足です」
「よっしゃ行くか!」

  

パルクール教室は駅反対側にあるコンヴェンションセンターにて開催される。主催者のいつ潤こと五木潤は日本におけるパルクールの第一人者。小さい頃から体を自由自在に動かすことに楽しみを見出し、パルクールという概念を知った中学生時代には本場フランスで武者修行。SASIKOには高校生の頃から出場し、2回目の出場以降は第一砦を必ず突破。しかも最速タイムを叩き出したりギミックを取り入れたりするなど、強烈な印象を見る者に与えるプレーヤーである。
「皆さん、今目の前に1本のパイプがあります。まずはこの上を渡ってみましょう」

  

体幹がブレブレのタテルは上に立っていることすらできない。一方バランス感覚の良いメイはそそくさと渡りきった。
「すごいねメイちゃん。全然落ちる感じしなかった」
「余裕でした〜」
「じゃあここからがパルクールの面白いところ。ただ渡るんじゃなくて、自分なりに面白いと思う渡り方してみて。無茶はしないでね」

  

するとメイはパイプの上でトリプルアクセルを決めたり、足を大きく広げて欽ちゃん走りをした。
「別班の動きだ…」息を呑むタテルと松井田。
「お見事だよメイちゃん。パルクール選手の素質がある」
「エヘヘ」

  

その後も大きなブロックの上を前転しながら越えたり鉄棒で大車輪を決めたり60°くらいの斜面を易々と登ったりと、心の底からパルクールを楽しむメイ。タテルは自分がやることを忘れて思わずメイの動きに見入ってしまった。
「タテルくんは見る専だね」
「あごめんなさい、やりますやります!」
「大丈夫。興味持ってくれるだけでもすごく嬉しいからね」
「パルクールって良いですよね。自分で好きな動き方考えてやれる。他のスポーツよりも断然クリエイティヴですよね」
「そうですよね。自分の体に秘められたポテンシャルを解き放てる最高のスポーツだと思います」
「決められたルールの中でどう立ち回るか、も大切だけど、創造性は身につけさせたい。子供できたらパルクールやらせよう。そして立派なSASIKO選手に育て上げるぞ」
「めちゃくちゃ有難いです」

  

体験会終了後、いつ潤はメイの元に駆け寄る。
「メイちゃん、良かったらパルクール習ってみない?ボルダリングもやってるから無理にとは言わない」
「やってみたいですけど、時間があるかな…」
「月1とかでも全然大丈夫だから、やってみてほしい」
「タテルさん、いいですかやってみても?」
「俺は構わんよ。メイが無理して潰れてしまわない限り」
「やってみま〜す!」
「やった!そしたら蜘蛛降スキップのイロハを教えよう」

  

1.8mのギャップを降りる蜘蛛降。上の壁を進んで行くと目の前に金網があるが、ギャップの上端より下には金網が及んでいないため、上手くすり抜けることもできなくはないのである。ショートカットは通常ルール違反なのだが、前回大会で辰巳がいつ潤にこのやり方を唆し解禁となった。
ただ目測を誤れば金網に激突して格好悪い脱落となってしまう。そして3m近くある高さから飛び降りるため足をグネってしまう可能性が高い。パルクールを極めるいつ潤だからこそ為せた技である。

まず飛び降りは気持ち手前から。こうすることにより高さを十分落とし、金網にぶつかる心配はなくなる。
次に着地面についてだが、前面がドーム状に丸まっていて、手前に体を置きすぎると落ちてしまう。だから俺は左半身を少し捻って、重心を少しでも前に置く。

「この辺の身のこなしは勘に依るところもある。その勘を冴えさせるのはパルクールの鍛錬だ。メイちゃんならできると思うよ」
「ありがとうございます!」

  

こうしてメイは、スケジュールの合間を縫ってボルダリング、パルクール、SASIKOの練習をこなす、忙しいけれど充実した日々を送り始めた。
しかしこの頃、メイの所属する綱の手引き坂46は独立騒動に揺れていた。綱の手引き坂側が不利になる報道に世間が踊らされ、ボルダリングに通うメイは他の利用客から白い目で見られるようになった。

  

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