連続百名店小説『忍び猫』1st STAGE ②(ラ・ビエール/水上)

世界中の人気を集めるフィールドアスレチック番組「SASIKO」。人気女性アイドルグループ「綱の手引き坂46」のメンバー・メイは、総合演出の辰巳に持ち前の運動能力を認められ、水上温泉で木工所を営むSASIKOマニア・松井田の手を借りながら、女性初のSASIKO完全制覇(魔城陥落)を目指し特訓を積むことになった。

  

辰巳との会食から1週間経ったある日、メイの家を綱の手引き坂メンバーのカホリンが訪れた。壁にはいつの間にか第三砦の名物障害・崖衣紋掛(Cliff Hanger)や垂直極限(Vertical Limit)の突起が作られていて、カホリンは思わず息を呑んだ。
「えっ⁈これ全部メイさんが作ったんですか⁈」
「せやで。年末のSASIKOで第三砦に進む約束したから」
「誰とですか?」
「タテルさんと、番組のプロデューサーさん」
「すごい約束ですね。第三砦まで行ったら私泣いちゃいますよ」
「楽しみにしててな。あ、タテルさんから電話だ」
「メイ、もしかして家にセット作った?」
「はい、崖衣紋と垂直極限の突起作っちゃいました〜」
「流石だな。でもいきなりやりすぎると怪我をしてしまう。手の皮が平気で剥けちゃうから、握手会にも支障が出る」
「はい…」
「今は1日数回触ってみるくらいにしておいて、まずは指の力と腕力を鍛える必要があるな。とりま現状どれくらいの腕力があるか見たい」

  

翌日、事務所にいたタテルとメイはジムエリアに集合した。
「あそこのぶら下がり器使わせてもらおう。まずは普通の懸垂、やれるだけやってみよう」
「はい」

  

靴を脱いでバーにぶら下がるメイ。
「1、2、…ろーく!しーーーちぃ!ニャァァ!」
「7回か。よくできたな、流石だよメイは」
「ありがとうございます」
「ただ有力選手は何十回も余裕でできるはずだ。筋肉を鍛えて回数を増やそう。そしたら次はぶら下がり耐久だ。タンマつけてやってみよう」

  

バーにぶら下がると、メイは目を閉じて俯き、時折片手をバーから離しながら耐え抜く。

  

「ニャァ!ああダメだ、2分いけました?」
「1分50秒」
「2分耐えたかった…」

  

涙を流すメイ。
「泣くなって。まだ始まったばかりだろ。初めてで2分近く耐えられたら上出来だと思うよ」
「もうちょっとできると思ってたから…」
「誰だって最初はそんなもんじゃないの。いちいち落ち込んでたら持たないぞ。泣いてる暇あったらトレーニングだ!」
「はい!」

  

冬の水上は雪国であるが、豪雪地帯とまではいかないため、松井田宅でのセット練も日によっては可能であった。1月下旬の某日、松井田から誘いを受けたメイとタテルは上毛高原駅に降り立つ。
「メイちゃん、トレーニングしてる?」
「してます。腹筋腕立て走り込み懸垂」
「懸垂は10回できるようになってます。ぶら下がりもね、もうちょっとで2分超えられそうだもんね」
「はい。でもまだまだ頑張らないと」
「メイちゃんは向上心あるよね。さすが精鋭集団綱の手引き坂の一員」
「気合い入れて頑張るぞ〜」

  

まずは松井田宅の裏庭にある第一砦の障害に挑む。正確な寸法や使用素材などは番組側の機密事項であるため100%完全再現とは言えないが、本番と比べても遜色のない仕上がりである。

  

2023年版の第一砦は以下の構成となっていた。
①四枚跳(Quintuple Steps)→②滝上下(Rolling Hill)→③布滑降(Silk Slider)→④魚骨(Fish Bones)→⑤二連金剛君(Twin Diamonds)→⑥余弦波滑降(Dragon Glider)→⑦二卡比獣押(Tackle)→⑧反立壁(Warped Wall)
新障害やマイナーチェンジについて、松井田とタテルが議論を交わす。
「辰巳さんの話だと布滑降は新しいのになりそうだね。逆にそれ以外は入れ替わり無いんじゃないかな」
「まさか余弦波が変わったりはしませんかね?」
「常連組でも失敗すること多いし、そこが入れ替わる可能性は低いかな。俺だって3回落ちてる」
「何とリアクションすれば…まあマイナーチェンジを施すとしたら魚骨な気がします。回転の向きが変わる4→5本目のところ、ちょっとした休憩地点になっているじゃないですか」
「ああなるほど。邪魔してくるポールないもんねあそこ」
「そこにもポール充てて、休ませないようにするんじゃないかな、と思うのです」
「やりかねないね。それも想定しつつ練習だ」

  

早速四枚跳と滝上下の練習から始める。だがここはもう慣れたもの。有力選手に引けを取らないスピードでクリアを重ねていく。
「メイちゃん楽しそうだね」
「エヘヘ」
「年に1回しか触れてなかったから、短いスパンで松井田パークに来られて嬉しいみたいです」
「そうなんだ。メイちゃん、魚骨も余裕だもんね」
「余裕…なのかな?でも自信はありま〜す」
その宣言通り、体勢を崩すことなくスムーズに骨を避け渡りきった。
「前半はバッチリだね。金剛君の練習は午後にやろうと思ってるから、余弦波の練習に移ろうか。まずは飛ぶ練習から」

  

SASIKO伝統の、トランポリンで跳躍して何かを捕まえにいく障害。トランポリンの踏み切りに失敗しそもそも掴めない挑戦者も多いのだが、メイは2022のSASIKOでバーを掴んで滑降に持ち込めてまではいた。
「お、いいじゃんいいじゃん。衰えてないね跳躍力」
「へへっ」
「後はバーが降りていく時の重力に耐えられるか、迷いなく2本目に乗り継げるか、が課題だね。そこを重点的に練習しようか」

  

動くバーに切り替え余弦波滑降をシミュレーションする。
「ヒャーッ!」
「やっぱりGのかかりが鬼門だよな〜」
「相当腕っ節強くないと耐えられないですよね」
「松井田さんはどうやって腕力鍛えてます?」
「こうこうこうして…」
「やってみま〜す」

  

ここで昼食休憩を挟む。松井田が、水上で評判のピッツェリアを予約してくれていた。
「うわあ、すごく混んでますね」
「休日は飛び入りだと2時間は待つんじゃないかな。それくらい人気の店なんだ」

  

右手のスペースに案内された3人。
「すみません、俺自分で払うのでビール飲んでいいですか?へべれけにはなりませんので」
「いいよ。せっかくだから水上の地ビール飲んでって」

  

オクトワンブルーイングのオクトネエール。フルーティだがコクが深く、しつこさが無い。
「日本のクラフトビールの中でも最高峰かも。香りが良くてすっきりしてて」
「水が良いからね。お土産に買っていくといいよ」

  

ピッツァは種類こそ少なめだが、オーソドックスなものから子供向けのものまで揃えている。中でも地元産の舞茸を使ったピッツァはこの店のスペシャリテである。
「はもんみなかみはこの前食べましたよね」
「まさかあんなお洒落な料理にされるとはね…辰巳さんに奢ってもらっちゃって、なんか悪いな、と思いました」
「1人45000円でしたもんね。これはもう結果で返すしかないっすよ」

  

前菜に選んだのはシーザーサラダ(写真は1人客限定のハーフサイズ)。チーズの味がよく効いていて体に染みる。

  

ここでタテルがノートを取り出してメイに見せる。そこにはメイを阻んだ障害・二連金剛君の攻略法が書いてあった。

  

二連金剛君は回転する2つの大きな菱形を乗り継ぎ攻略するエリア。各菱形の内角はざっと見て鋭角の方が60°、鈍角の方が120°。回転はどちらも同じ速度で反時計回りになっている。

  

メイの失敗は明らかにタイミングを間違えたのが原因だ。乗っている面が地面に平行になりかけるタイミングで飛ぶ、という意識は正しいのだが、これだと距離がありすぎる。よほど勢いよく飛ばないと2つ目の菱形には手すらかからない。

  

正しいタイミングはこっちだ。距離の差は一目瞭然だろう。

  

「冷静に考えればそうですよね…メイ焦っちゃったんや」
「ただこのタイミングで飛び出せたとて、難しい障害であることに変わりはない。足場は動くし制限時間に対する焦りもあるしで、足が縺れて上手く飛べず落ちた人も多い。また飛び出し地点まで行く時間、飛び出してから着地するまでの時間でラグが生まれ、着地先が傾きすぎて体を上に持っていけないケースもある」
「逆に言えば、練習さえすれば上手く越えられる可能性はある訳だね」
「そう思います。まあ回転の速度を変えられたりされると元も子もないですが」

  

攻略法が整ったところでピッツァが焼き上がった(写真は1人客限定のハーフ&ハーフ)。
まずはスペシャリテのきのこピッツァ「ラ・ビエール」。水上のブランド舞茸・すこやかを単体で食べてみるとしっかり旨味が詰まっている。全体合わせて食べてみても、茸の穏やかな旨味とチーズ、生地が一体となって美味しい。ただ生地の方が若干力が強く、茸の味が少し霞んでいるようにも思える。
もう1種類のピザは、ガーリックの効いたナスとベーコンのピッツァ。存在感の強い茄子と赤身主体のベーコンで、誰もが美味しいと思える味に仕上げている。

  

「あ、そろそろあやめちゃんが上毛高原に着く頃だ。迎えに行こうか」

  

上毛高原で松井田の車を待つ小島あやめ。日体大出身のスポーツクライミング選手で、日本人女性では24年ぶり2人目のSASIKO第一砦クリア者。それがきっかけとなりプロ契約を獲得し、いずれはオリンピックに日本代表として出場することを夢見ている。

  

「メイちゃん、自分から挨拶してね」
「あやめさん、綱の手引き坂46のメイです」
「メイちゃん!話は聞いてますよ。一緒に第三砦目指して頑張ろうね!」
「はい!」

  

松井田パークに戻り練習を再開する。早速あやめが余弦波滑降の練習を始める。
「すごい。順手持ちなのに重力に耐えている」
「クライミングで腕力鍛えてますからね。メイちゃんもボルダリング、やってみたら?」
「いいですね、やってみたいです」
「後でオススメのボルダリングジム紹介するから、通ってみて。SASIKO勘を養うにはうってつけだよ!」
「ありがとうございます」

  

そしてメイは二連金剛君の練習を開始する。まずはあやめよりアドヴァイスを受ける。
「メイちゃん、迷っちゃダメよ!自分を信じて!」
「はい!松井田さん、回してください!」

  

高価なモーターを購入してきっちり本番の回転を再現する松井田の胆力には、やはり目を見張るものがある。
「SASIKOは動く障害が多いから、セット作るの大変なんだよな〜」
「ワールドカップで海外選手が驚いてましたもんね。うちの国でも電動系の障害を導入してほしい、って。あ、メイすごい!」

  

松井田とタテルが軽く議論している間にメイはあっさりクリアしてしまった。
「この前失敗したのが嘘のようだ」
「一度言われるだけでできてしまうの流石だよなメイちゃん」

  

「さっすがメイちゃん!やっぱり根っからの運動神経が良いんだね」
「エヘヘ」

  

その後も何回も練習して、絶対に落ちないという確信をつけておく。
「のびのびとやれてるのが良いよね。SASIKOを楽しんでいる」
「究極は、楽しくなければSASIKOじゃない、ですもんね。俺も観ていて楽しいです、あやめさんとメイの動き」
「やっぱりやりたいな俺も…」
「えっ?」
「いや、何でもない何でもない。これから暫くは雪が深くなりそうだけど、コンディション良さげだったらまた連絡するから来てね!」
「はい、勿論ですとも!」

  

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