連続百名店小説『友に綱を』四番相撲(リンシエメ/亀戸)

綱友部屋所属の大相撲力士・足立丸。初切を一緒にやっていた力士・亀侍は髄膜炎でこの世を去った。亀侍にはかつて「溜席の妖精」と呼ばれた恋人・高田いちのえ(通称「ノエ」)がいて、足立丸は亀侍が行きつけだった喫茶店で偶然ノエに遭遇し、そのまま交際に発展した。

  

快進撃は止まらない。新十両の場所では、十両では非常に珍しい全勝優勝を成し遂げた。さらに翌場所も13勝を上げ、僅か2場所での新入幕を果たした。
「丸さん、今晩もいないんですか?」
「ああ。またデートだって」
「色めき立っちゃって」
「まあ丸も年頃だから。彼女できない類の人だと思ってたし、また一つ成長したんじゃない」

  

この日は食通もわざわざ足を運ぶというピッツェリアを訪れる。足立丸はたっぷりのアペロール(トニックウォーター割り)のアテにかぼちゃの冷製スープを注文。はちみつを纏ったリコッタチーズの香りが強く美しく、かぼちゃの素直な味と抜群のコンビネーションを生んでいた。

「ノエさんはなぜ亀と出会ったのですか?」
「巡業で見た初切が印象的だったから、かな」
「俺じゃなくて亀の方なんだね」
「だって丸ちゃん、話しかけづらいオーラ出すんだもん」
「そっか…そりゃ亀ちゃんの方に寄るわな」
「亀ちゃんって本当に面白いの。コンビニでマドレーヌ買ったとき、『マドレーヌとは踊れーぬ』ってギャグ笑顔で言ってたの」
「亀ちゃんらしいな」
「だから私もね、ロールケーキおでこにくっつけて『お殿様でござる!』ってやったの」
「何それ、めっちゃ可愛いんだけど」
「恥ずかしい…でもそれ亀ちゃんも言ってた。丸ちゃんと亀ちゃんは一心同体だね」
「そりゃそうさ。最強の初切コンビだからな」
「2人の初切面白かったなぁ。ガチョウ倶楽部さんやチャリ〜ンさん、BULLBULLさんのモノマネやってたのが特に印象的です」
「どれも息ぴったり系じゃん」
「丸ちゃんが亀ちゃんをおんぶして、『この長い長い下り坂を〜』とか歌って土俵を降りたのも面白かったです」
「めちゃくちゃ覚えてるじゃん。やっぱ亀ちゃんは笑いのセンスあったよな…」
「丸ちゃんはネタ出ししなかったの?」
「するんだけど、堅すぎて結局ボツになる」
「そうなんだ。でも丸ちゃんも面白かったよ」
「俺は亀に面白くしてもらってたからな。相方は亀以外考えられない。だから俺は初切を辞めた。もう幕内に上がったし、初切なんて二度とすることはないな」

  

店名を冠したピッツァであるリンシエメが焼き上がった。トマトベースに燻製モッツァレラが載り、その上にルッコラとパルミジャーノがてんこ盛りとなっている。パルミジャーノの存在が強烈で、ルッコラも負けていない。ただベースとなるトマトの味が隠れてしまい、モッツァレラも燻製にする必要性を感じ取れなかった。トマトソースを増やして燻製肉を入れた方が満足度は高いと思う足立丸であった。

  

幕内ともなると今までのような大勝ちとはいかなかったが、それでも順調に勝ち越しを重ね、大関に手の届く位置までやってきた。結婚はしていないため部屋で暮らしてはいるものの、ちゃんこを食べ終わるとそそくさと外出し、弟子達はいささか寂しい思いをしていた。

  

ある日、女将はノエを呼び出した。
「ノエさん、今後もし足立丸の嫁になるならね」
「はい…」
「もっと覚悟を決めてもらわないと」
「覚悟…ですか」
「今のあなたには覚悟が足りません。このままあなたと付き合えば、足立丸は確実にダメになります」
「…」
「足立丸は間違いなく浮き足立っている。それは何故か。ノエさんが甘やかしているからじゃないですか?」
「そ、そんなつもりはないです!」
「じゃあ何故足立丸を遊ばせる?力士は結婚するまで部屋にいるのがルールですよね」
「丸ちゃんが会いたいと言うから」
「自分のせいではないと?なら別れなさい。ただ好きという理由だけで接してもらいたくないね」
「そんな…」

  

涙目になったノエを見て、通りがかった親方が声をかけた。
「きつい言い方だがその通りだと思う。力士の妻の一番の使命、何だと思う?」
「力士を…支えることですか?」
「その通りだ。好きという気持ちはわかるが、時には鬼にならないといけない」
「鬼になる…」
「調子に乗っているようなら叱る。食事が荒んでいるようなら健康的なメニューを作る。怪我や連敗で悩んでいる時は励ましてあげる。力士生命を預かっている以上、時に厳しく時に優しく、をちゃんと意識する」
「ありがとうございます…」
心を入れ替え覚悟を決めたノエは足立丸に、なるべく部屋で過ごすよう言いつけた。少し寂しかったが、素直な足立丸はそれを受け入れた。

  

翌場所4日目、足立丸は能登出雲との取組で右前十字靱帯損傷の大怪我を負い途中休場した。治療には1年間を要したため、せっかく上げた番付は一気に三段目へと急降下した。
さらに勝手にYouTubeチャンネルを開設すると、溜まりに溜まった相撲協会への不満を暴露した。

  

大怪我して長期休場したら番付がどんどん下がっていく。何だこのクソみたいなシステムは!だいたいなんで怪我するかわかるか?場所と場所の間に巡業詰め込みすぎなんだよ!移動も多いし休む暇もない。なのに現役辞めたジジイどもは『稽古不足』とかほざく。いい加減にしろって話だよな。こんだけ怪我が続発するんだから、公傷制度復活させろよ。序二段まで落ちてから再起して横綱なりました大関なりました感動しますね、なんて呑気に美談語ってるんじゃねぇっつうの!これじゃ誰も力士になりたがらないっつうの!もっと力士のこと考えろよ協会!

  

この動画が拡散されると、足立丸および綱友部屋は世間から大バッシングを受けた。足立丸の脳裏に、「引退」の2文字がよぎる。

  

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