連続百名店小説『友に綱を』六番相撲(初代吉田/亀戸)

綱友部屋所属の大相撲力士・足立丸。初切を一緒にやっていた力士・亀侍は髄膜炎でこの世を去った。亀侍にはかつて「溜席の妖精」と呼ばれた恋人・高田いちのえ(通称「ノエ」)がいて、足立丸は亀侍が行きつけだった喫茶店で偶然ノエに遭遇し、そのまま交際に発展した。

  

じっくり怪我を治し、出場停止も明けた1年後。三段目の位置から2回目のやり直しが始まった。ただ以前と違う点がいくつかある。
まず部屋の関取が増えたこと。足立丸の躍進に奮起して番付を駆け上がった者が多かった。強い力士との稽古を存分にやれるようになり、横綱を目指す上での土台をよりしっかり固められる。またタニマチも増えたため資金に困ることもなくなった。
もう一つは肉体改造である。四股名に「丸」とつくほどのあんこ型で、体重も幕内トップクラス。これでは怪我のリスクが高い。そこで潤沢な資金を投入し筋肉トレーニングの機器を導入した。真面目な足立丸は午前中は稽古、午後は筋トレに明け暮れる。Wikipediaの趣味の欄には、「食べ歩き」に加え「トレーニング」が追加された。

  

極めつけは餃子パーティの翌日に起こったことである。足立丸に話しかけるノエ。
「丸ちゃん、ちょっといい?」
「いいけど、どうした?」
「突然ですが…結婚してください!」
「け、結婚⁈」
「丸ちゃんのこと、ほっとけなくて。守ってあげたいんです、結婚してください!」
人生における重要な決断を突如迫られた足立丸。少し考えさせてもらいたいところだが、何度もメンタルブレイクをしでかした自分には伴侶が必要であること、誰よりもわかっていた。
「これからも迷惑かけるかもしれない。それでもついてきてくれるのか」
「もちろん!だからこそ結婚させてほしい」
「わかった。結婚しよう」
「ありがとう!」
抱擁を交わす2人を、部屋にいる全員が祝福した。厳しく当たっていた女将も、ノエの献身的な姿を見て認めるようになっていた。親方は涙を流して喜んでいた。

  

こうして起こった3つの変化が足立丸に躍進をもたらす。大勝ちを続け1年で幕内に復帰すると、幕尻の地位で優勝を果たした。出身地足立区から部屋のある亀戸を巡った祝賀パレードの車では、部屋の二番手である萩ノ水が旗手を務め、亀侍の遺影も同乗させた。今まで味わうことのなかった、そして本当は2人で味わうはずだった声援を、亀侍の分まで思う存分受けた。

  

優勝祝いのムードが果てたある日の夜、足立丸とノエはホルモンを食べに、食べログから予約した初代吉田に出向く。席に着くとまず吉田チューハイを注文したが、何味かよくわからなかった。合わせて頂くおつまみ三点盛は、もやしナムルの程よい塩味がクセになる。一方ネバネバキムチは味がボヤけていて、普通のキムチは普通であった。
「丸ちゃんは縁起とか気にしないタイプだ」
「そうだね。鶏肉も好きだけど、亀戸に根差した力士である以上ホルモンは欠かせないよ」
「亀戸のホルモン美味しいもんね。服に匂いがつくの、もう気にならなくなったし」
「さすが力士の妻。誇らしいよ」
「そっか、もう妻なのか…」
「自分から切り出しておいて何言ってんだ」

  

今回は闇盛りを注文。しっかり火を通したい足立丸は3度ほど火柱を上げてしまって、その度店員に氷で消化するよう怒られてしまった。コリコリ系、脂もの、正肉に近い食感のものなど色々あって楽しいが、どれがどれだかわからないのが難点である。また味付けが濃いめであり、肉自体が持つ旨味が表現できていない気がする。

  

「そうだ一つだけお願い。結婚式は後のお楽しみにしよう」足立丸が提案する。
「いいけど…いつやるの?」
「俺が横綱になったら」
しばし黙り込むノエ。しかし間もなく受け入れた。
「わかった。結婚式挙げられるよう、お互い頑張ろうね」
「もちろんさ」

  

追加でシロコロも注文。脂たっぷりな一方身は硬めで何度も何度も噛み締める。こちらも味付けが濃いきらいはある。
〆にラーメンか勝浦タンタンメンを頼もうかとも思ったが、体が熱ったためここで打ち止めにした。もちろん食べ足りない足立丸は、亀戸餃子を土産に部屋に戻った。
「いいのか2人とも、部屋出たのに家にいなくて?」
「大丈夫です。なんだかんだで部屋にいる方が落ち着くんですよね」
「こうやってみんなで食事するの、楽しいです」
その後も足立丸は好成績を連発し関脇に返り咲いた。一度は負け越し小結に落ちるも、そこから2桁勝利を続け、ついに大関の座を射止めた。約束の地横綱まであとひとつ。しかしこれがまた遠いものである。

  

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