連続百名店小説『友に綱を』五番相撲(亀戸餃子/亀戸)

綱友部屋所属の大相撲力士・足立丸。初切を一緒にやっていた力士・亀侍は髄膜炎でこの世を去った。亀侍にはかつて「溜席の妖精」と呼ばれた恋人・高田いちのえ(通称「ノエ」)がいて、足立丸は亀侍が行きつけだった喫茶店で偶然ノエに遭遇し、そのまま交際に発展した。

  

相撲協会は足立丸に出場停止1年、親方に給与手当20%減額3ヶ月の処分を下した。責任を強く感じた足立丸は引退届を持って親方の部屋に向かおうとする。

  

「引退は許さねぇよ」
勘づいた親方により引退届は取り上げられ破られた。
「これ以上親方や仲間に迷惑かけるわけにはいきません!辞めさせてください!」
「辞めて何をするというのだ」
「そ、それは…」
「無責任なこと言うな!亀との約束、どうなったんだ」
「もういいです!横綱なんて無理ですよ!」

  

親方は足立丸をビンタした。
「薄情者が!」
「やめてください親方!暴行ですよ!」
「亀ちゃんのことなんてどうでも良かったんだね…ガッカリ」
そばで聞いていたノエまでもが足立丸を追い詰める。
「ノエ…違うんだって!」
「何が違うというのですか」
「行かないでよ!話終わってないから!」
「貴方のことなんてもう知りません。さようなら」
「ノエ!行かないで!聞けよ!ああ…」

  

全てを失った足立丸は、引退が無理なら双羽黒みたいに脱走して廃業しようと、自室に戻り荷物をまとめた。部屋を出ようとしたその時、先の人生のことをふと考え出し踏みとどまる。
「いまここを去ったところで、自分は食っていけるのだろうか。一般企業で雇ってくれるところもないだろうし、格闘家転向もしっくり来ない。未来が全く見えないな」
そして足立丸は、亀侍との日々を思い出す。

  

思えば出会った瞬間から亀は明るかった。根暗な俺でも、アイツの明るさに触れたら元気が出た。稽古は厳しかったけど、それが終わると仲良くちゃんこ作ったよな。いたずらで餃子の中にチョコボール入れたりとかよくしてたな。部屋帰ると一度に何個ハリボーを口に入れられるか勝負したな。テトリスはお前の方が上手かったけど、太鼓の達人は俺の方が強かったな。そして俺の太鼓腹でたくさん遊んだよな。「わーい、カビゴンだ!」とか言って枕にされたの、あの時は嫌な顔してたけど本当は嬉しかった。ごめんなつれなくて。アイドルも昔から好きだった。お前は大島優子派で俺は前田敦子派。でも坂道も好きになって、最終的にはお前がかとし派で俺がきょんこ派。陽と陰に分かれてる、俺ららしいな。
そしてお前は誰に対しても優しかったよな。俺が成績悪い時は慰めてくれたし、弟子にも言うことは言うけど雰囲気は明るくしてくれた。コンビニの入口で急いで出てきた女性とぶつかってしまった時には、咄嗟に怪我ないか聞いて絆創膏差し出してた。すごく気遣いのできる人だったよな。何で俺は声をかけられなかったんだろう。ただの風邪だから大丈夫と言い張っていたのに、気づいた時には手遅れだった。イカロスの翼を手にして、お前は太陽まで飛んで逝っちまった。

  

段々と涙に咽ぶ足立丸その時、不思議なことに亀侍の声がした。

  

丸。久しぶりだな。どうした、うじゃけた顔しちゃって。もっと楽しく生きようぜ。あとな、お前ちょっと生き急ぎすぎだよ。横綱になって俺との約束果たしたい、という気持ちはわかった。でも焦っちゃいけない。ゆっくりいこうぜ。ろくろっ首くらい首を長くして待ってるからな。

  

「亀…ごめんな、辞めるなんて言ってしまって。もう一度頑張ってみるよ」

  

「親方、先ほどは取り乱してしまいすみませんでした。部屋に戻って思い出振り返っていたら、亀侍の声がしたんです」
「何だそれは。夢でも見てたのか」
「俺、やっぱ辞めたくないです!」
「…また這い上がれ。このまま終わることほど不義理なものはないぞ」
「ありがとうございます。精一杯頑張ります!」

  

一方のノエは亀戸駅にいた。もうこの街に来ることはない。相撲は見るけど力士とは付き合わない。普通の人と恋に落ちて普通の暮らしをするつもりでいた。しかし改札口で我に返ると、足立丸をこのままにしてはおけないと思い直した。気がつけば駅を離れ亀戸餃子の店前に並んでいた。
「お嬢さん1人?カウンター席へどうぞ」

  

席に着くとすぐ餃子が供される。この店自慢のツカミである。偶々かわからないが、一列ではなく何故か千葉県の形みたいに盛られていた。これを面白いととるか雑ととるかは分かれるが、亀侍ならきっと笑いの種にするのだろう。
餃子自体は小ぶりで野菜主体の軽めの餡を含んでおり、一歩間違えれば安っぽい餃子になってしまう。そうならない所以は、皮をカリッと焼き、餡にニンニクなどの薬味をしっかり入れているところにある。だから満足感はあるのに何皿も食べてしまえるのである。ご飯がない点を嫌がる人も一定数いるが、その分餃子の皿を重ねる方が幸せだと考える。

店を出たノエは両手に大きな袋を提げていた。中にはたっぷりの餃子。100皿分3万円也。届け先はもちろん綱友部屋の人たちである。

  

「さっきはすみませんでした、急に飛び出してしまって」親方に詫びるノエ。
「いやいや、何も気にしてないよ」
「これ、お詫びの亀戸餃子です」
「随分いっぱい買ってきてくれたなあ。ちょうど良かった、今晩担当だったはずのちゃんこ番が『お前らの不味いちゃんこなんか食えるか!』って言われて不貞腐れちゃってさ」
「どういう状況ですかそれ?」
「おいみんな、ノエさんが餃子たらふく持ってきてくれたぞ。今晩は餃子パーティだ。仲直りするんだぞ」
「ノエさん太っ腹!ありがとうございます!」
「オー、ノエサン!ワレラノメガミ!」
「ノエ…」足立丸もそこにいた。
「ごめんなさい丸ちゃん、酷いこと言ってしまって!」号泣するノエ。
「俺も衝動が過ぎたよ。こっちこそ悲しませてごめんだよ…」足立丸もつられ涙した。
「あの後部屋を去ることまで考えたんだけどさ、亀が止めたんだ。ゆっくりでいいからって」
「そうだよ丸ちゃん。あなたは強いんだから、じっくり怪我治してまた上がろうよ」
「焦らず急がずだね。それにしても餃子すごいな」
「ちょっと買いすぎたかな?」
「いやいや、俺らならペロッといけるさ。なんならもっと食えるよ」
「少なかったむしろ?」
「問題ないさ。気持ちがありがたいんだよ」
「これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ」

  

足立丸はマルエフ黒ビールと老酒(紹興酒)と共にたっぷりの餃子を堪能した。
「紹興酒と合うんだよなぁこれが」
「丸ちゃんって洒落てるよね。食べ物のことになると嬉しそうに話すのが可愛い」
「そうかな」
「亀ちゃんも言ってたよ、丸ちゃんとの食事はいっつも美味しかったって」
「そういや俺のくどい食の話も、亀はニコニコして聞いてくれていた。恩返ししないとダメだよな…」
「頑張ろう、丸ちゃん」

  

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