連続百名店小説『友に綱を』三番相撲(カマル2号/亀戸)

綱友部屋所属の大相撲力士・足立丸。初切を一緒にやっていた力士・亀侍は髄膜炎でこの世を去った。亀侍にはかつて「溜席の妖精」と呼ばれた恋人・高田いちのえ(通称「ノエ」)がいて、足立丸は亀侍が行きつけだった喫茶店で偶然ノエに遭遇し、そのまま交際に発展した。

  

部屋に戻った親方は悩んでいた。この部屋でいちばん強力なタニマチを失ったことにより、部屋の経営が傾くことは不可避だった。部屋の存続のためには新たなタニマチを探す必要がある。ノエは自身の発言が招いた事態だと責任を痛感し、タニマチ探しに自ら奔走する。

  

一方の足立丸は、早く自分が関取になって給料をもらい、部屋の経営を良くしたいという思いに溢れていた。すると、心を入れ替えるという前日の宣言通り、稽古で持ち味の力強さを再び発揮するようになった。
「足立丸、その調子だ。もっとできるぞ」
奮起を認めつつもその上を要求する親方。目の色が変わった足立丸はその期待に応え、今まで以上の押しの強さを蓄えていった。

  

「悪いね。俺相撲には興味ないんだ」
「ウクライナ侵攻で経営悪化しちゃってさ、資金繰り厳しいんだ」
「綱友部屋?誰がこんな弱っちい部屋に金出すねん」
「小娘が生意気な口利くな!帰れ!」
タニマチ探しは難航した。今どきタニマチというシステム自体が衰退の一途を辿っており、そう簡単に見つかるものではないし、弱小部屋なら尚更だ。心が段々とすり減っていくノエに足立丸がしてあげられることは、結果を出すことのみである。

  

三段目14枚目で迎えた次の場所、足立丸は全勝優勝した。こうなると周りからの評価は一転上昇し、来場所への期待も高まった。タニマチ探しにも追い風が吹いたように思えたが、1場所良かっただけで動くほど甘い話ではなかったようだ。
「綱友部屋?弱小部屋のくせに」
「足立丸が全勝優勝したのですが…」
「三段目だろ。今まであれだけ弱かったんだから、まぐれの可能性だってあるもんな」

  

ノエは足立丸の持ち味である「強い押し」を意識した。
「足立丸には亡くなった親友・亀侍と誓った『横綱になる』という約束があります。それを再確認した結果、心機一転かつての押しの強さを取り返しました!来場所以降も快進撃を続ける雰囲気がある、私が保証します!」
「そんなこと言われてもね」
「来場所、見ていてください。もし全勝したらタニマチになってくださいね」
「全勝したら、ね。まあムリだろうけど」

  

そうして幕下46枚目で臨んだ次の場所、足立丸はまたしても全勝優勝を果たした。
「この地位で2場所連続全勝というのは珍しい。間違いなく彼は大出世しますよ」解説も驚く足立丸の大躍進。

  

「約束通り、タニマチになってもらいますよ」
「御見逸れしました。足立丸くんはじめ綱友部屋の力士を全力で応援します…」
ノエの強気と足立丸の本気で、綱友部屋廃業の危機は免れた。

  

ある日の昼食。いつもならちゃんこを食べるところだが、足立丸とノエは2人でインドレストランに出かけることを許された。
「いつもならカレー1種類しか頼めないけど、今日はいっぱいカスタマイズできますね」
「じゃあ俺はカレー2種類でタンドーリチキンプラス、ナンをチーズクルチャに」
「アハハ。丸ちゃんったら、欲張りね」
「いっぱい食べれる幸せ、噛み締めたい」
「かわいい、丸ちゃん。初めてだね2人きりのデート」
「…俺どうしていいかわからない。デートなんて初めてだし」
「亀ちゃんなら面白いこといっぱい言ってくれるのにな」
「俺、亀ちゃんじゃないって。性格真反対だよ」
「性格が真反対だからこそ、良きライバルで良き親友になれたんじゃないですか?」
「そういうものなのかな」

  

会話を盛り上げる自信はなかったが、提供まで何とか間を持たせることができた。まずタンドーリチキンが登場。カレー味の方には特徴がなかったが、もう1つはガーリック味でかなり病みつきになる味付けだった。本当ならこれだけ50個くらい食べたいところだが、そこまで調子に乗るのはさすがに良くないと思った。

  

続いてカレー本体の登場。チーズクルチャはナンというよりピザであり、旨味たっぷりのチーズエキスが溢れ出し大満足。
カレーは中辛チキンキーマと辛口海老ナスカレーを選択したが、正直チキンキーマの方が辛かった。多彩なスパイスを効かせ肉には肉感も旨味も凝縮されている。キーマカレーにありがちなベチャベチャとは無縁の素晴らしい1品。
海老ナスカレーはナスにさえ味が染みていないくらいぼやけた味で、海老が半生なので食感のアクセントにも乏しい。とはいえ他の料理がハイレベルであり、また訪れたいと思える店である。
「もう少しお金に余裕ができたら夜にやってきて、ラムミントカレーや鯖カレーとか、好きなものを際限なく食べたいな」
「丸ちゃんこの調子でいってね。横綱まで行ったらもう食べ放題だよ」
「行けそうな気がする。ノエが影で頑張ってくれてるから、俺たちはこうして相撲に打ち込める。本当に感謝してるよ」
「丸ちゃん…」涙で目を潤ませるノエ。「私、立派な力士の妻になれるかな?」
「…なれるよ絶対。亀侍も応援してくれてるよ」
「丸ちゃんだって応援されてるよ。横綱になれって」
「亀が繋いでくれた縁だね。これからもよろしく、ノエ」
「こちらこそ、よろしく」

  

その後も快進撃は止まらず、足立丸は僅か2場所で十両に昇進した。念願の関取になり、綱友部屋の経営はようやく軌道に乗り始めた。

  

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