エキストラ俳優・宮本建。演技力は誰にも負けないと自負するも、芽が出ず不貞腐れる日々を過ごす。
そんなある日の現場、建は同じエキストラ俳優の山田ハルカに出逢った。前向きで優しい姿勢で場を和ませる彼女を目の当たりにし、建は真っ直ぐ夢を追おうとする。
ハルカの家にやってきた建と社長。
「関係者の方ですか?」
「はい、被害者ハルカの所属事務所社長です」
「神田警察署の西村です。そちらの方は?」
「元恋人の宮本建です。あの、ハルカは大丈夫なんでしょうか?」
「何とも言えません。かなり苛烈な暴行を受けた模様で」
「犯人は?」
「捕まりました。我々も目をつけていた悪質商法集団です」
「それは良かった…」
「西村さん、ハルカさんは詐欺に引っかかって、いらないオプションを無理矢理つけられ多額の請求を受けていました。消費相談センターにも連絡しつつ、料金は払わないという強固な姿勢をとっていて…」
「それは良くないね。気持ちはわかるけど、命を守ることを優先しないと。とにかくお2人は病院行って、ハルカさんの容態を見守ってください」
「はい、ありがとうございます…」
搬送先の病院で緊急処置を受けるハルカ。あまりにも激しく受傷していて意識が無い状態であり、懸命な治療が施される。
気づけば時刻は天辺を回り、気晴らしに建物の外に出てみると、下弦の月が夜空に浮かんでいた。
「こうやって月を眺めながら三線を弾いたのが、ハルカと過ごした最後の思い出です。貧乏だから娯楽など何も無かった。でも月と三線があればそれで良かった。そんな日々さえ許されなくなるなんて…むごいよ!」
「もっと僕が注意してあげれば良かった。今さら後悔しても遅いけど、エキストラから人気女優へと羽ばたくハルカくんを見たかった…」
すると看護師が2人の元へ駆け寄る。
「ハルカさん、命助かりましたよ!」
集中治療室に急行する2人。
「ハルカ!」
「建くん…」
「無事で良かったよ。だから言ったでしょ、1人じゃ危ないって」
「怖かったよ…」
「何が起きたのか言えるか?」
「殴る蹴るされて、足を掴まれ持ち上げられてグルグルされた辺りから記憶がない…」
「プロレス技だな。相当酷い暴力だ」
「建くんごめんね。建くんの言う通りにすれば良かった…」
「お前は本当にバカすぎる!」相変わらず口の悪い建。
「そうだよね…私すぐ騙されちゃう…」
「だろ。もうこれ以上、怖い目に遭いたくないよな。なら俺と一緒に居ろよ」
ハルカは涙ながらに頷いた。
「せっかくの可愛い顔がこんなにも殴られるなんて悲しいよ。ゆっくり休んで傷を癒すんだ。今日は俺もここで寝るからさ」
翌朝、ハルカの母が病院に駆けつけた。そこで建はハルカが心の中に秘めていた思いを聞くことになる。
「ハルカ、あのことは言わなくていいの?」
「あのことって、年内までに売れ出せなかったら引退する話?」
「え⁈そうだったんですか⁈」
「ハルカももう22歳。同年代の子達は就職する年頃だから、自分も安定した道を歩みたいと思い始めたんだって」
「そうそう。だから残り3ヶ月って期限を決めて、そこを一生懸命駆け抜けてそれでもダメならきっぱり諦め…」
「そんな、辞めるなんて寂しいよ!」つい昨日まで辞めるつもりだった建が制止する。
「現実見なきゃだよね…私全て間違ってたんだ」
「そんなことない!ハルカは真っ直ぐ前だけ見てればいいんだ!」
「建くん…」
「ハルカはこの捻くれた俺に、真っ直ぐ生きることの素晴らしさを教えてくれた。斜めから見ていた世界は朽ち果てていたけど、真っ直ぐな目でみたら光に満ちていた。ハルカのおかげで俺は生まれ変われたんだ。だから、辞めるなんて言わないでくれ!」
その時、社長の携帯に電話がかかった。相手は大手動画配信サーヴィス「METDELUXE」の担当者で、今度制作するドラマにハルカと建を主役キャストとして抜擢したいという報せであった。
「ホントですか⁈」
「ああ。沖縄を舞台にした人情話で、2人がYouTubeで三線を弾く姿を見てオファーを決めたらしい」
「やってて良かったねYouTube!」
「いつものハルカらしくなったな。本当良かったよ、ハルカのおかげだ」
軽くグータッチをして、2人は再び心を通わせた。
2人の出演した『ちんすこうのうた』はヒット作となり、併せて2人への世間からの注目も急上昇。民放各局のドラマ・番組からもオファーが殺到するなど、瞬く間にスターとなった。売れてからの日々は目紛しく過ぎていって、気づけば翌年の8月の盛りになっていた。
「もうすぐ出逢って1年の記念日だね、ハルカ」
「美味しいもの食べに行きたい」
「1ヶ月後にはゴチの収録も控えてるし、フレンチでも食べに行こうか」
「フレンチってオランダ料理だっけ?」
「何でだよ!フランス料理だろ。せっかくだから、お腹いっぱい食べられるフレンチ予約しようか。ヨルナンデスの出演者さんにお勧めしてもらったんだけど、ここなんかどう?」
「予算4万円…いいのかな?」
「いいからいいから。1年前の俺らじゃ行こうとすら思えなかったところだ」
銀座の一流フレンチ「大石」。小さな雑居ビルの2階にある店で、楽しみすぎて気が早くなっていた2人は、開店の10分前に着いてしまい踊場で待たされた。5分程して入店する。
稼ぎを得てはいたが貧乏性の抜けない2人。乾杯酒はグラスで3000円を超えるシャンパーニュを避け、1400円とお手頃なマドモワゼル、レモンスカッシュを注文した。
緊張の面持ちが抜けないハルカ。
「大丈夫かな?私に味わかるかな?」
「だいじょぶだいじょぶ!ここはどっしりとしたフレンチだからわかりやすいと思うよ」
「どっしりとしたフレンチか。建くんは味わかるの?」
「地元の少し高級な店なら行ったことあるからね。まあ解んなくても大丈夫だよ、これからいろんな店行って、少しずつ解るようになればいいさ」
食に関してはハルカをグイグイ引っ張る建。塩・バターの入ったミルクティーで胃を温め、カウンターに並べられた本日の食材を眺めながら料理を心待ちにする。
客が揃い、大石シェフのプレゼンテーションが始まる。まずは戻り鰹を挟んだグジェール(チーズを練り込んだシュー生地)にキャビアをたっぷり載せて。大石オリジナルのキャビアは初心者でも食べやすい味になっている模様。鰹のたたきは血生臭さも無く、ニンニクも効いていて抜群に美味い。
「どう考えても美味いやつだ。フレンチではあまり無いからねこういう料理」
「そうなんだ」
「玄人向けのしみったれた料理が多いからね」
「他の店はもっとおとなしいの?」
「そうだね。一口前菜なんて本当に一口で、よくわからないまま終わっちゃうことが多い」
「そうなんだ。えじゃあ結構こっからも量多め?」
「らしいね」
「お腹いっぱい食べられる幸せ、噛み締めようね」
*これより肉料理パートまでは、登場人物が一旦役から抜けて純粋に料理を楽しみます。宮本建役のタテル(タレント、女性アイドルグループ「TO-NA」アンバサダー)、山田ハルカ役のハルハル(TO-NAのメンバー)の掛け合いとしてお読みください。
「はい、ということでハルハルお疲れ様!」
「お疲れ様です!ってちょっと待ってください、今日が撮影初日じゃないですか」
「そうだったね。スケジュールの都合で何故かラストシーンを最初に撮ることになってしまった」
「感情の持っていき方が難しいです」
「逆にこの素晴らしいラストを思い出しながら燻る日々を演じよう。そうするとこの作品全体が希望に彩られる」
「なるほど。それはやりがいありますね」
カリフラワーのムースの上にウニのコンソメゼリー寄せ。コンソメがまず濃くて美味しい。そしてウニの味がよく生きている。紫蘇のアクセントがあるからか臭みも無い。カリフラワームースを混ぜると洋風テイストになりより濃厚になる。ウニの後味もちゃんと残っていて優秀な一皿である。
役柄上抑えていたグルメな一面をひけらかすタテル。
「北島亭っていうこれまた量多めフレンチの名店があってな、大石シェフはそこの出身なんだ」
「えー、そっちも行ってみたい」
「ここよりもっと真っ直ぐなんだよね北島さんは。君が演じるハルカみたいに」
「いつでもポジティブで前向きなハルカ、台本見ただけですごい元気貰えるんですよね」
「性格まんまハルハルだけどな。こんなグイグイ引っ張ったりはしないけど、明るくて天然なところは普段通りだもんね」
「いやあ、おこがましいですよ」
「どういう意味だよ。ハルハルの言動、理解が難しすぎる」
一方、次来た料理はメキシコ料理のトルティーヤであった。フレンチの枠に囚われない多国籍要素を組み込むのがこの店のやり方であり、北島亭とは大きく違うところである。車海老が大ぶりでサルサソースもよくきいていて、一緒くたに食べるとただただ美味しく感じるものである。
「さっき言ったことをもう一度。どう考えても美味いね」
「ですよね!子ども舌の私でもわかりますもん」
「良かったよ。ハルハルはこういうの食べ慣れて無さそうだから心配だった」
「ナメないでください、私これでもお嬢様育ちです」
「イメージ全くないね。フレンチとか初めてでしょ」
「2回目です。地元で1回食べてますから」
「君は愛知だから、コチュウテンとか?」
「名前忘れました。でもなんか漢字が入ってた気が」
「じゃあやっぱり壺中天だ」
「そういうことにしときましょう」
続いてもまたフレンチらしくない一皿。鼈のスープに島原素麺を合わせる。鼈の脂ぎった旨味に美しい素麺を合わせる。勝新太郎と中村玉緒のような良いコンビネーションである。
「スッポンって何ですか?裸?」
「それはスッポンポン。鼈は言うなれば亀」
「か、亀なんですか⁈」
「恐れることないだろ。これからの撮影に向けて、精をつけるのにピッタリなんだ。コラーゲンも豊富だし」
「お肌ツヤツヤですね」
「バカ言うな。コラーゲンは口から摂取してもただ消化されて終わりだ。踊らされんなよ」
貧乏性の役から抜けていた2人は平気でワインを注文する。次の八寸(酒のつまみ盛り合わせ)に合わせるのは中央葡萄酒のグレイス甲州。清らかで爽やかだけど力強い。八寸の持つ和のエッセンスと甲州ワインの組み合わせは最強である。
八寸の内訳は、帆立と野菜のテリーヌ、鮎のカダイフ揚げ胡瓜ソース、縞鯵と夏野菜のクスクス、兎肉のゼリー寄せ。丁度盆の時期であったため精霊馬らしき物が載っていた。
「タテルさん、どれから食べます?」
「優先順位1位は揚げ物。しなりやすいから逸早く食べよう」
「ありがとうございます」
「その後は味の薄いものから順番に、かな。でも今回はあまり変わりないから好きに食べていいと思う。三角食べしてもいいんじゃない?」
ということでまずは鮎から。鮎の苦みに胡瓜の爽やかさ、そしてソースの濃さがどっしりとした背景となってくれて真っ直ぐに美味しい。
帆立のテリーヌは、野菜たっぷりの中でもしっかり帆立の味を出せるところが一流である。
鯵のクスクスは他の品に比べると印象薄めであるが、野菜の質が良いことはよくわかる。
「タテルさん、うさぎ肉ってどんな味なんですか?ちょっと怖いんですけど…」
「安心しなさい。俺も初めてだけどたぶん鶏肉だよ」
「そう言われたらそう見えますけど…」
タテルの言う通り兎肉は鶏肉のようであり、よく飛び跳ねていたからか引き締まった食感である。ゼリー寄せにすることにより異なる歯応えを同居させ、エンタメ性のある一品に仕上がっている。
「ハルハル、お腹の具合はどうだ?」
「今のところ痛くはないです」
「違う違う、お腹いっぱいかどうか訊いてるんだ」
「あ、全然入りますよ。昨日の夜から何も食べないでいたので」
「おいおいおい、それは流石にやり過ぎだ」
「プロポーションは維持したいので!」
「なるほど。確かにハルハルは脚がスラっとしていて見栄えが良い」
「嬉しいですね」
「でも我慢は良くないよ。あまりにも細いとエネルギー切れしちゃう。撮影はこれからが本番だ、節制のし過ぎには気をつけて」
「はい!」
無花果とフォアグラの最中。口直しという位置付けで、果物の味わいの方が強く感じた。
次の料理に合わせるワインはブルゴーニュのシャルドネ。
「果実味がギュッとしていて貫禄があるね」
「さっきのワインと全然違います」
「日本ワインはあっさりしてることが多いから淡白な魚料理によく合う。濃いめの魚料理にはどっしりしたフランスワインなんだよね。ではハルハル、フランスはどこにあるでしょう」
「えーっと、アメリカの隣?」
「どうしてそうなるんだよ。ヨーロッパ!」
「ヨーロッパはえーっと…南の方でしたっけ」
「ダメだこりゃ」
天然を見せつけるハルハル。なおこの物語で度々発生していたハルカのおとぼけは全て、ハルハルの身から出たアドリブである。
魚料理は太刀魚と胡瓜のパイ包み。夏だからバターの使用量を抑えて軽めのパイにする。太刀魚のほわほわとした食感とパイ生地の相性が良く、胡瓜は生のシャキッとした食感と青さを保っていてアクセントとなる。
そしてこの辺りから量の調節が行われる。タテルはこの後満腹になることを恐れて半量にしてもらっていたが、あまりにも美味しかったため結局おかわりを貰った。フルサイズで頼んでいたハルハルも半分おかわりを貰う。
「よく食うな。この後鳩と鹿あるんだぞ」
「美味しいから全然食べちゃいますね」
「健気で良いね。さすがTO-NAの元気印」
赤ワインはブルゴーニュのピノ・ノワール。葡萄の果実味が強めであった。
中国は広州の仔鳩。中国産と聞くと身構えてしまうが、実はどこの国の物よりも高級でクセも少なめ。北京ダック風に油をかけて仕上げる。
「身がプリプリで綺麗ですね」
「だな。本当にクセも無い。ソースもあるけどつけなくていいね」
「頭の部分はほじくって食べる、って言ってましたよね」
「ちょっとグロそうだけど…ああ美味い美味い」
「鳩さんなんて初めて食べましたけど、こんなに美味しいんですね」
「フレンチらしくないけど、美味しいを追求してるからすごく良い」
西瓜のジュースで口直しをする。
「でも初めからこんな良いもの食べてしまって大丈夫ですかね?この後撮影で行く店は皆お手頃だから」
「値段は関係無いからね。安くても美味いものは美味いし、高くても不出来な料理はある。それにこれからの料理を食べるのは宮本建と山田ハルカだ。俺達では無いからな」
「そうですね。それ忘れちゃダメでした!」
「あともう一つ、この物語には『十六夜の月』『下弦の月』といった月が登場する。これらがどういう効果を生み出すか、もよく考えて演じろ」
「はい!」
肉料理2品目は蝦夷の夏鹿。ジビエのクセが苦手なシェフ曰く、青草しか食べていないので臭みが無いと云う。塩の振り加減が良く、筋肉質の赤身を素直に堪能できる。
「さ、そろそろ撮影に戻るようだな。酒が入って良い感じに出来上がったし、満喫してる雰囲気醸し出せていると思う」
「モード切り替えですね。プロ意識プロ意識…」
■■■■■
真っ直ぐ美味しい料理を鱈腹堪能する2人。ワインも飲んですっかりご機嫌である。そしてフレンチでは珍しいご飯もののゾーンに突入する。
まずは鮑リゾット。バターでソテーした鮑の身を、肝と共に炊き込んだご飯に載せ、最後に鮑の出汁をかける。これが最上級に美味い。鮑の素材の味は勿論のこと、バターで味に深みが出て、肝の臭みを打ち消してくれる。鮑を食べたことの無い2人は遂に感動で涙した。
「ここまで頑張ってきて良かった…こんなに美味しいものに出会えて本当に幸せ」
「ハルカが導いてくれたおかげだ。辞めないで良かった」
「決めた。ここの常連になろう。そしてそれをモチベにして仕事頑張ろう」
「いいね。今度は大盛りで食べてやる」
さらにカレーライスまで供される。小麦粉を使わず素材の旨味に頼ったカレーで、優しい甘みの虜になる。
「いつかは私たち原案の作品、撮りたいね」
「自分達で脚本とか作るのか。大きな挑戦だね、面白そう」
すると隣に座っていた料理人どうしの議論が耳に入る。
「労働時間の問題がうるさくてね、私のところは8時間労働守らせてるんですよ」
「そうなんですか?うちは深夜だろうが早朝だろうがお構い無しっすよ。8時間じゃ十分な仕事はできないですって」
「私のところではその代わり、勤務時間外でもパフォーマンスを磨くよう言ってますけどね」
「そうするとみんなサボりますよ。目の届くところで管理したいっすよね」
「本音はそうですけどね…」
「なるほど、飲食店の働き方か。これは興味深いぞハルカ」
「社会派のテーマだね。それはそれで面白そうだね」
「料理人も俺達演劇人も、人を感動させる何かを生み出すためには時間が必要だ。労働時間の規制が、却って文化の退化に繋がらないか。考え甲斐のあるテーマだ」
真っ直ぐな眼差しでオリジナル作品の構想を練る建。売れず腐っていた頃の太々しさから解き放たれ、内から湧く創作意欲に素直になれた。
デザート1品目は巨峰とシャインマスカットにジュレとグラッパのジェラートを載せて。とかくジェラートが秀逸。アルコール感と葡萄の香りがクセになる。
食後の飲み物は、シロッコというブランドの紅茶・ハーブティーが多種取り揃えられていたため、その中からブラックバニラを選択した。美しく抽出された茶の中にバニラの香りがはっきりある。
「そしたらさ、一緒にエキストラしてた仲間と劇団立ち上げようよ」ハルカが提案する。
「そうだな。腐ってた頃の俺、いっぱい迷惑かけたからな」
「劇団の名前何にしようか?拠点はどこにする?作品はどれくらいの頻度で上演する?」
「相変わらずグイグイ来るな。やっぱ神保町が思い入れあっていいかな」
「そうだね。喫茶店に入り浸って台本書いて。ああ楽しそう」
メインのデザートはピーチメルバ。適度に水分を抜いているのか、桃の口当たりが軽くて良い。この季節のフレンチのデザートでは定番となっているピーチメルバであるが、ここの武器は「温度差」。温かいフランボワーズのソースが、桃の軽やかさをより引き立てる。
「劇団の名前は、俺らのゆかりあるものから命名しよう。これなんかどう?」
「いいね。意味ありげな感じが劇団らしい」
「よし決まり。早速脚本書いてみるよ」
こうして建とハルカは劇団「月と三線」を創設した。神保町劇場で上演された旗揚げ公演の『時計は要らない』は連日満席、チケットは争奪戦になった。テレビ番組にも引っ張りだことなった主宰の建とハルカは、高級店にも足を運ぶようになったが、今でも昼時になるとよくキッチン南海の行列に現れると云う。
—完—