連続百名店小説『バカみたいに真っ直ぐな』四夜(兆徳/本駒込)

エキストラ俳優・宮本建。演技力は誰にも負けないと自負するも、芽が出ず不貞腐れる日々を過ごす。
そんなある日の現場、建は同じエキストラ俳優の山田ハルカに出逢った。前向きで優しい姿勢で場を和ませる彼女を目の当たりにし、建は真っ直ぐ夢を追おうとする。

  

ある日の早朝。ハルカは建の住むアパートに来て、インターホンを連打したり、扉をどんどん叩いたりする。
「誰だよこんな朝っぱらから…ハルカかよ!」
「建くん、はやあさランニングだよ!」
「えぇ〜⁈ランニングなんてしたくない。昼過ぎまで寝させてよ」
「いいからいいから!建くん用のジャージ、持ってきたよ」
「やるしかないか…」

  

早朝を「はやあさ」と読み間違えていることなどツッコむ暇も無く、ランニングに付き合わされる建。いざ走ってみると、持久力には難があったが、ハルカが健気に励ましてくれるので意外と悪くないと思った。

  

ランニングを終えると、建の家にハルカが上がり込む。
「演劇の本いっぱいだね」
「生涯勉強。演じるだけじゃなくて劇作家としても有名になりたいんだ。岸田國士戯曲賞とか獲ってさ」
「総理大臣に認められる作家さんか。なれたらすごいね」
「その岸田じゃねぇって。昔の偉大な劇作家。小説でいえば芥川賞みたいなもの」
「あふたがわしょう…」
「もういいって」
「でも建くんってすごく演技上手いよね。絶対偉大な俳優さんになれると思うよ」
「そう言ってくれる人初めて。なんか照れるな…」
「そのためには…そうだ、今日は美容院行きましょう」
「び、美容院⁈バカ言うな、高くていけない」
「いいからいいから!印象めっちゃ変わるよ!」

  

演技に持てる力を全振りしたがあまりに、社会性や身だしなみというものに無頓着となっていた建。それでいて演劇界で大成しないでいるものだから余計陰気臭くなっていた。ネガティヴな言い回しこそしないものの、ハルカはそんな建の短所を見透かしているようであった。
「ハルカがそこまで言うなら、行ってもいいけど」
「やった!じゃあ今日は夕方までデートだね」
「で、デート⁈いきなりするもんなの?」
「いいからいいから!美味しいもの食べて、外面も中身も綺麗になろう」

  

向かった先は、文京区向丘にある町中華「兆徳」。鉄道であれば本駒込駅や白山駅が近くにあるが、田端・駒込・秋葉原からバスに乗って、向丘二丁目で降りると至近である。水曜日の11時を少し過ぎた頃に到着すると一番乗りであった。すぐ後ろに2番手の中年男性が来ると、ものの5分で大行列となった。
「建くん、どっちのチャーハンがいいかな?」
「チャーハン確定なんだ。ラーメンとか酢豚とかも選択肢に入れさせて」
「ここはチャーハン名人のお店だからチャーハンがおすすめ!醤油味と塩味、どっちにする?」
「ちょっとスマホ貸して。口コミ検索かけてみる。『一番人気』で引っかかるのは…塩だな」
「じゃあ塩で決まりだね。餃子も食べない?」
「高くつかない?チャーハンだけなら750円なのに」
「じゃあ1人だけセットにして、半分ずつ食べよう」
「それでも1人あたり925円。冷凍食品なら半値くらいで済むぞ」
「いいからいいから!」

  

11:30に開店。典型的な町中華の雰囲気で、荷物を置くスペースすらカウンター席にはない。中国人らしきホール担当の店員は、ぶっきらぼうではあるが端的な物言いで大行列店を上手く回していた。
「俺ってなよなよしてるよな。外面だけ威勢いいように取り繕って、実際はシャキッとしてない。だからパッとしないんだよな、俺の人生は…」
「それに気付けてるだけでも良いことじゃん。上手くいかない時は気分転換だよ!イメチェンしてカッコよくなったら絶対売れるから!」
「そうだな。陰気臭ささえ抜ければ自分に自信持てるか」

  

この店の主力商品、黄金色に輝く塩味の玉子チャーハン。所謂パラパラとは表現しづらいものの、米1粒噛み締めるたびに旨味を感じる理想のチャーハン。
「美味すぎる。3合は平気で食えるね」
「3合ってどんくらい?」
「5,6人分くらいかな」
「そしたらランニング60kmはしないとね。ファイトファイト!」
「マラソン超えてるじゃん。冗談だって」

  

焼き餃子も侮れない。ニンニクを使っていない分、肉の旨味がダイレクトに伝わる。これほどの貫禄は中華チェーン店の餃子には無い。建はタレなしで味わい尽くした。

  

日本一美味い中華だと言い切る程では無いものの、間違いなく印象に残る味である。
「美味しかった!お金に余裕が出てきたら、ここで帰れま10やりたいね」
「楽しそうだなそれ」
「でしょ。一緒に売れて、美味しいものいっぱい食べようね」

  

腹を満たした2人は美容院へ向かう。
「はいここ!690円カットだよ」
「マジで⁈1000円カットすら絶滅危惧種なのに」
「腕も決して悪くないし、思い通りの髪型にしてくれるよ」

  

しかし髪型には全く無頓着の建は要望を上手く伝えられない。見かねたハルカが注文をつける。
「根はすっごいカッコいいんです!大野智さんみたいな髪型でお願いします!ほら、こんな感じで!」
「俺が大野くん?いやいや、烏滸がましいって」
「おでこ出して、もみあげはこれくらいで…」
「よくそんな注文できるな。しかも他人の髪型を」
「建くんももうちょっと詳しくなろうね。あっ、だいじょぶだいじょぶ、私とゆっくり学んでいこう」

  

ハルカの言う通りに髪を切ってもらった結果、建は太々しさから解放され、表情も心なしか明るくなった。
「すごいなハルカ。髪型変わるだけで心まで晴れやかになった」
「でしょ?これでエキストラやったら絶対映える」
「ワックスの存在すら知らなかったの、勿体無かったな。よぉし、こっから売れてやるぞ」
「じゃあ次は公園行こうか。逆上がりできる?」
「できない」
「私の自慢の逆上がり、見せてあげる!」

  

「ヨイっと!…あれー?」
「全然できてないじゃん。絶対やり方違うって」
「おかしいな。もう一回、ヨイショっ!あぁダメだ…」
「それ以上やるとまた怪我するって」
「できませんでした、エヘヘヘ…」
「ハルカってすごいよな、根拠のない自信を平気で曝け出してさ」
「それはよく言われる」
「言っちゃ悪いけど、ハルカって底抜けのアホだよね」
「…」
「あ、ごめん。何か羨ましくてさ。ハルカって何でこんな笑顔でいられるの?」
「考えたこともなかった」
「お金も無くて、売れっ子女優にもなる気配が無くて。俺だったらすぐ不貞腐れるのに、ハルカはずっと笑顔だからさ」
「私ずっと楽しいんだ。演技することの楽しさはエキストラでも変わらないし、人との出逢いとかたくさんあって嬉しい」
「そっか…俺やっぱ見方が斜めすぎるんだな」
「まあ塞ぎ込みたくなる気持ちもわかる。でもね、演技を楽しむ気持ち、それだけ忘れなければ大丈夫だよ」
「ありがとうハルカ。お前のアホなところ見てると、やっぱ心落ち着くよ」
「まったく、建くんったら!」
こうして建は晴れやかな気持ちで、夕方からのバイトに出かけた。

  

しかし、髪型を変えて初めて参加したエキストラの現場でのことだった。
「あれ建だよな」
「何あの髪型。デブには似合わねぇだろ」
「ただの目立ちたがり屋じゃん。落ちぶれたものだな」
現場にハルカがいなかったことも相まって、建はすっかり落ち込んでしまった。家路においても、周りの人が皆好奇の目で自分のことを見てくるような気がして、消えて無くなりたい衝動に駆られた。

  

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