エキストラ俳優・宮本建。演技力は誰にも負けないと自負するも、芽が出ず不貞腐れる日々を過ごす。
そんなある日の現場、建は同じエキストラ俳優の山田ハルカに出逢った。前向きで優しい姿勢で場を和ませる彼女を目の当たりにし、建は真っ直ぐ夢を追おうとする。
建はハルカに文句を言おうとした。しかしハルカは案の定早朝に押しかけて来て、建が言葉を発する前に大量の荷物を置いていった。
「家にいっぱい本があったから持ってきた!」
「生まれ変わるための42の習慣、人の値打ちは2分59秒で決まる、君は今日からライオンだ、…自己啓発本ばっかじゃん。俺こういうの一番嫌い」
「いいからいいから!付箋貼ってるとこだけでも読んで」
「ったく…」
「よし、今日もランニングから!」
有無も言わせず建を振り回すハルカ。相変わらずの多幸感に包み込まれ、建はとうとうハルカを怒る気になれなかった。この日は2時間もランニングをし、いつの間にか東銀座にある所属事務所まで辿り着いていた。
「今日は演技レッスンの日だよ。建くんも参加する?」
「あの…」
「いいからいいから!」
しかし演技のワークショップには厳しい指導がつきものである。
「おい宮本、何だその不自然な言い方は!」
「す、すいません!」
「演技論読み込むだけじゃ演技は上手くなんねぇんだよ。まずは実力不足を認めなさい」
「そんな言い方しなくても…」
「今なんて言った!不満があるなら堂々と言え!」
「何でもないですっ!」
鼻をへし折られ愕然とする建。続いてハルカへの指導が始まる。まずは台詞読みから。
「あなた、ここにいたのね!」
「おい山田、何だその無味乾燥とした言い方は!」
「あなたここにいたのね!」
「全然違う!トトロと戯れるメイか!」
「あなた…えっと何だっけ」
「これっぽっちのセリフを何故忘れる⁈もういい、次はアドリブ演技だ。電話の場面な、はいやる!」
「部長ですね。少々お待ちください。…いないなあ。お電話代わりました」
「カット!待て待て、代わってないだろ!」
「課長…あれ?部長?課長の部長?」
「もういい。100点満点中5点だ」
「75点ですか?」
「勝手に70足すな!まったくお前ってやつは、どんだけお気楽なんだよ」
「建くん、お昼はタマゴサンドにしようか」
「もう昼ごはんのこと考えてる。少しくらい反省しろよ」
「反省はしてるよ」
「怒られても笑っていられるの、おかしいからね」
「慣れっこだもん、落ち込むことなんてない」
「まあヘラヘラしてる訳では無いし、良いのかな。前向きですごいよ、一周回って憧れるわ」
向かったのは歌舞伎座の傍道(木挽町通り)にある、平日しか営業していない喫茶店アメリカン。行列店と言われるが偶々この日は混んでおらず、中で食べていくことにした。
「サンドウィッチとドリンクを1人1品ずつ頼むこと…合わせて1600円じゃん、高すぎるよ」
「ところがどっこい、この店のサンドウィッチはデカ盛りなんです!お持ち帰りは当たり前、だから夜ご飯まで確保できちゃう」
「それでもちょっと贅沢だけどね」
先にアイスカフェオレが来たが、アメリカンサイズで驚く建。それでもランニングからの演技レッスン終わりだったため、飲み物が大量にあるのはありがたいことである。
間も無くしてサンドウィッチがやってきたが、半斤はあろうかという厚切り食パンの上に、細かく潰されマヨネーズで和えられたゆで卵の岩山が2体聳え立っていて、建は慄いた。
「これは…さすがの俺でも食べきれない」
「後でドローン持ってきてくれるから、それに入れてお持ち帰りね」
「ドローン?トレーじゃなくて?」
「あ、トレーか!」
「そこ間違える⁈どこまで天然なんだか…」
持ち帰り分を上手く隔離しいざ実食。ゆで卵とマヨネーズだけではない美味しさの決め手があるようだ。しかしいかんせん量が多いため飽きてくる。
「ハルカのハムツナサンドも食べたい〜」
「いいよ。私もタマゴサンド食べたいから」
「ハルカのハムツナサンドも食べたい〜」
「いいよ。私もタマゴサンド食べたいから」
「複数人で行って違う種類をシェアするのが正解だね」
「そういえば詳しく聞いてなかったけど、ハルカはどうしてエキストラになったん?」
「まあなりたくてなった訳ではないかな。綾瀬はるかさんみたいな女優になりたくて芸能界入ったんだ」
「いいじゃん。会社員してたのを辞めて入ったわけだ」
「そうそう。本当は高校卒業してすぐ入りたかったけど、お父さんが大反対して、1年だけでも会社勤めしろって言われたんだ」
「そうだったのか」
「お母さんはすごく優しい人なんだけどね。お父さんはギャンブルや飲みばっかで、週2日しか家にいない」
「なんちゅう奴だよ。じゃあハルカのその性格は完全に母親譲りだ」
「そうなるね」
2/3を腹に詰め込み、残りをプラスチックトレーに入れて持ち帰る。輪ゴムではなくホチキスで密閉し、持ち帰り用の袋もつけてくれた。10月中旬ではあったがなるべく持ち歩きの時間を短くしようと、比較的近くにあるハルカの家に行くことになった。
「建くんって趣味あるの?」
「アイドル推してるけどね。あまりグッズとかは買えてないけど」
「へぇ〜。誰推しなの?」
「日向坂46の山下葉留花ちゃんなんだけど」
「知ってる。面白い子だよね」
「すごい天然だけど、真っ直ぐだから見ていて気持ち良い」
「そうだ、私も三線弾けるんだ。おじいちゃんが沖縄の人だからさ」
「オジィが沖縄とは何とエモーショナルな」
「三線弾くと心が落ち着いて、自然と優しい気持ちになれるんだ」
そう言ってハルカは、BEGINの『笑顔のまんま』を演奏し始めた。ポップスを三線一本で弾きこなす姿を見て、建は涙が止まらなかった。
「すごい…ここ最近で一番心が穏やかになった」
「でしょ?建くんも弾いてみる?音楽もできる俳優さんってかっこいいよね」
「そうだな。ちょっとやってみるか」
楽器を弾くということは決して容易くはないが、ハルカの優しい手解きで辛抱強く練習をする。気づけばもう夕食時であり、持ち帰りにしたサンドウィッチを一緒に食べた。
朝早いエキストラの案件が控えていたため19時にハルカの家を後にする建。その日の月はスーパームーンと言って、雲の隙間からではあったがいつも以上にはっきりと、綺麗に見えた。
ハルカの手解きでどんどん垢抜ける建は、その後のエキストラの現場でも明るく振る舞うようになった。
「アイツ変わったな」
「あんな太々しかったのに、見ていてムカつかなくなった」
「ハルカの力ってすげぇ…」
事務所解雇を揶揄っていた仲間からの見る目も変わり、建は心から演技を楽しむようになっていた。
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