連続百名店小説『シフォンジェリオン』第陸話「Tear」(飯田商店/湯河原)

荒廃した首都東京の代わりに首都機能を担う温泉地・箱寝。頻りに襲い来る人類の脅威「亜人(あと)」と闘うため、人造人間ジェリオンのパイロットに選ばれた淀ケンジと水波シホの物語。
*某革新的アニメ作品と似ているように見えますが、全くの別物です。

  

流れ着いた先のYUSOではあるが、本丸と遜色ない施設構成となっている。麓のビジターセンターにはカフェがあって、ピザやカレーなどを拘りの飲み物と共に味わえる。外には足湯もあって、そこまで観光客が来る訳でもないためゆったりと入ることができる。そこから関係者のみが入れる山道を登っていけばYUSOの拠点があり、2人はそこで食事したり温泉に入ったり書物(生物学の書籍が充実している)を読んだりと、悠々自適の生活を1ヶ月程過ごしていた。

  

「ふぅ〜、別館のお風呂は気持ち良いねぇ」
「私も後で行こうっと。あそこは1人で入れるから良いよね」
「そっかシホさん、裸見られたくないんだったね」
「見られたくない」
「色白で美しそうなのに」
「またいやらしいことを。スケベだよケンジくん」
「悪かったよ。でも僕、シホさんをもっと近くに感じていたいんだ。シホさんといると心がぽかぽかする。他人と居てこんな気持ちになるの、初めてだからさ」
「ケンジくん……私のことそんな風に思ってくれてたんだ……」
「良くなかった?」
「いや、すっごく嬉しい。私もジェリオンのパイロットになってからずっと1人だったから、仲間が居てくれると心強いんだ」
「僕も心強い。シホさんはハッピーオーラの源だね」
「ハッピーオーラ?」
「人を幸せにする空気感のことだよ。シホさんからはそれが出ている」
「私ってすごいんだね」
「すごいと思う。だから、これからもずぅっと、一緒に居たいんだ」
「それって……プロポーズ?」
「いやあそんなつもりは。え、でもプロポーズになるのかな?」
「考えてあげてもいいよ。段々そういう仲になってる気、してるから」

  

「亜人襲来!亜人襲来!」
「来たか……」
「海から湯瓦の麓に上陸の見込み!屈強な体躯の亜人だ。パワー系の攻撃にまず警戒を。ただ肩に付いているヒラヒラした物体が不気味だな。それがもし動くようなら警戒しろ」
「ジェリオン、発進!」

  

亜人8号・デフルン。今までの亜人の中でも最も人の形に近い。マッコウの発言通りずんぐりむっくりした体格であり、何なら可愛げすらある。しかし脅威は見た目通りの防御力であり、今まで使用してきた武器を使用しても全くダメージを与えることができない。

  

「ふん、弱っちいな」
「え、今誰が喋った?」
「俺だけど。君達が相手しているこの俺様だが」
「あ、あ、亜人がヒトの言葉を発してる!」
「ちまちまと動かれてもなあ、痛くも痒くもねぇよ。もっと大きく動いてもらいたいものだ。張り合いが無いんだよ張り合いが」
「くそったれが。こっちは暑いんだよ」
「ケンジくん、暑い寒いは関係ないわ」
「暑いから動けない、っていうのか。スケールの小せえ奴の相手はしてらんないや、踏み潰させてもらうよ」

  

「ケンジ君、言われっぱなしで良いのか」マッコウの声がする。
「……良くないです。悔しいっす!」
「なら闘うんだ。まずはあの巫山戯たツラを焼いてやりゃいい」
「サングレアの炎ですか。悟られないように火をつけてっと」

  

亜人の顔に向け炎をやる。しかし亜人は顔だけをふっと背け火を避ける。
「そんな小手先のやり方で倒そうなんて考え、甘いんだよ。俺に相手する者にしては動きがちいちゃい。ほら、そこを通しなさい」

  

亜人の口撃に苛立っていたのはシホとケンジだけではなかった。マッコウもまた、自分が馬鹿にされたようで屈辱を受けていた。
「シホ君ケンジ君、このままでいいのか」
「いい訳ないですよ。悔しいです」
「おりゃーーー!」

  

シホは、嫋やかな見た目に似つかわしく無い大声をあげた。
「し、シホさん⁈びっくりするじゃないですか!」
「どうせ私はか弱い女なんだよ!体力も無いし動きもダセぇ女だよ!突っ立てるだけでこんなにも人を傷つけられるなんて、アンタ羨ましいわ!こうなったらもうぶつかってやるよ!」

  

シホの乗るジェリオンPart1はヤケクソで亜人に体当たりした。馬鹿力とは強力なもので、今まで破れなかった鋼の体躯に次々と罅が入る。亜人は黙って己の外面が崩壊する様を見るしかなかった。

  

すると亜人の巫山戯た顔がすとんと降下する。肩にあったヒラヒラが円を描くように拡がり、向日葵の花のような形状にトランスフォームしたのである。そしてシホの乗るジェリオンPart1を捕食しようとする。
「シホさーん!」
「フフッ、俺はただじゃ倒れねぇからな。刃向かうとこうなるぞ。見せしめだ」
「シホさんを離せ!」
「おっとお喋りはここまでだ。俺は黙ってコイツを食ってやる。離せるものなら離してみなさい」

  

「マッコウさん、どうすれば……」
「ここからはPTAバリアに注意だ。花弁の先端から張り出される超強力なバリアは、少し触れるだけで精神を崩壊させてしまう」
「あれだけ強靭な身体ですもんね。ジェリオンのBPOバリアで立ち向かうしか無さそうです」
「そうだな。それでPTAバリアを抑え込みながら核を叩く。危険だがそれが唯一の方法だ」
「絶対護ってみせます、この街を、そしてシホさんを……」

  

BPOバリアを張り出したケンジは決死の覚悟で亜人に食いかかる。
「おっと、俺の核を叩くとどうなるかわかってるかな?俺はコイツを離さないぞ。俺が爆発したらコイツも道連れということになるけどいいのかな?」
「ぬ……」

  

「ケンジ君、何とかしてシホ君を解放するしかない。俺も考えるが先ずは現場にいる君が対処しろ」
「絶対に救い出す。命をかけてでも」

  

亜人の後ろに回り込み、ジェリオンPart1を燃やさぬよう場所を選んで火をつける。亜人を挑発してPart1の捕食からPart2への攻撃に転じさせようと試みたが、捕食の方を止めることは無い。
「ケンジ君危険だ離れなさい」
「嫌です!」
「ダメだ離れろ!」
「シホさんを見捨てる訳にはいかない!」
「これは命令だ!従え!」

  

仕方なく亜人から距離を取るPart2。こうしている間にもPart1の捕食・融合はみるみる進行する。
「ケンジ君、亜人の核を叩くこと自体は現実的だよな」
「そうですね」
「核を叩け」
「でもそうなると亜人が爆発する。捕食されてるシホさんはどうなるんですか!」
「犠牲になるだろうな」
「そんな……できる訳ないですよ!」

  

「お前の使命は何だ。シホ君を護ることか、違うだろ。亜人を倒すことが最優先だ。我々は時に冷酷な判断を下さねばならぬ。それくらい理解しろ」
「できません…」
「やるんだ」
「できません!」
「やれぇ!ケンジ!俺が制御する!」

  

マッコウの手によりPart2が強制的に亜人の核に向かう。何十回も連打し、亜人が狼狽えたのを確認してPart2は亜人から離され、亜人とPart1は運命を共同にして爆発した。

  

  

此処はパラレルワールド。シホとケンジは山を降りて街で、いや全国で一番と言われるラーメン屋を訪ねる。
「30分前に着いちゃった。向かいの駐車場で待とうか」
「ちょっと座りたいな。あ、店の横に座るスペースある。……ちょっと土っぽいけど」

  

「予約してくれてありがとう」
「大変だったんだからね。日曜の夕方4時にWEB予約、混み合う回線の隙間にやっとの思いで潜り込めたのよ」
「感謝しかないよ。こんな俺のために押さえてくれるなんて」
「ケンジくん、最初の頃から比べると随分逞しくなったよね。今や立派なジェリオンパイロットだ」
「そう?」
「良い顔つきしてるもん。ケンジくんは私にできた初めての相棒。大切な仲間なんだよ」

  

10:50になり、今時のタッチパネルで食券を購入。
「俺は塩にする。シホさんは?」
「しょうゆにしようかな」
「シホさんっていつもチャーシュー麺のチャーシュー抜き頼んでるよね」
「ラーメンのチャーシュー抜き、でいいでしょ。チャーシュー嫌いならチャーシュー麺頼まない。でも今日はチャーシュー抜かない、せっかくこの店に来たんだから」
「じゃあ俺も。ワンタンだって入れちゃうんだから」

  

11:00の開店と同時に着席。清潔感のある店内でラーメンを心待ちにする。

  

ケンジの塩ワンタンラーメン。スープはあっさりしつつどことなくミルキーといった印象。シホのように色白の麺は軽過ぎないので却ってするする入っていく。スープとの親和性も200%を記録。
TOKYO Xのチャーシューは臭みなど無く、歯応えと脂のとろみがセクシー。
ワンタンは皮が厚めのものが2個。餡は肉だがそれぞれ味付けが異なっていて、肉主体と思われる方は少し臭みを感じるが、もう一つの方は茸や野菜のような旨味ある物の香りを上手く絡ませ絶品である。

  

「シホさんのラーメンはどう?」
「ちょっと食べてみる?」
「いいのそのまま?」
「いいんじゃない?そういう関係性で」

  

しょうゆのスープははっきりと醤油の味がし、鶏油らしきものにより明るさも出ている。チャーシューやワンタンについては塩のとあまり変わりないようだが、肉の旨味がスープに溶け込み旨さを補強する。

  

「美味い。美味いの中でも王道を忠実に行く泥臭さがある類だ」
「沁みるね。ケンジくん連れてきてホント良かった」
「また2人で行きたいな」
「行きたいね。あそうだ、一緒に海見に行かない?ここまで来ると近いんだ、海」
「行きたい。久しく行ってなかったから」

  

快晴の湯瓦海岸。釣り人が多く集い、波の音以外は何も聞こえない静かな空間。亜人の存在しない世界は至って平和である。
「空の青に海の蒼。あお、って色々あるよね」
「シホさん青が好きなんだ」
「そう。青は私のイメージカラー。苗字『水波』だし」
「確かに。落ち着いたイメージあるもんね」
「今日の波は立ちが良いね。音聴いて眺めていると落ち着く〜」
「確かに。海見てると無になれる。隣にはただシホさんが居て……なんかデートみたいだね」
「デート?やだ〜、照れるじゃん。でも、嫌じゃない」
「俺も楽しいよ。この時間が永遠に続いてほしい……」

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