連続百名店小説『シフォンジェリオン』第肆話「ゲンセンダイバー」(ちもと/箱根湯本)

荒廃した首都東京の代わりに首都機能を担う温泉地・箱寝。頻りに襲い来る人類の脅威「亜人(あと)」と闘うため、人造人間ジェリオンのパイロットに選ばれた淀ケンジと水波シホの物語。
*某革新的アニメ作品と似ているように見えますが、全くの別物です。

  

箱寝は有名な温泉地である。FUJIYA本丸にも温泉があって、亜人討伐と操作シミュレーション以外やることの無いパイロットにとっては数少ない娯楽の場となっている。
「はぁ、今日も気持ちいいお湯だった〜。あ、シホさん!」
「ケンジくんもお風呂入ってたんだ」
「やること無くてさ。ジェリオンも修理中だし」
「温泉入り放題ってジェリオンパイロットの特権だよね。1日最低3時間は入ってる」
「ふやけちゃいそう」
「ふやけるよ。でもそれがいいの。あ、湯上がりにぴったりのお菓子あるから食べていかない?」
「え、食べたい!」
「じゃあ私の部屋へ。足は洗ってもらうからね」
「めんどくさい。僕の足結構ふやけてるよ」
「ダメよ。そういうルールだから」
「はぁい……」

  

箱寝の定番土産・湯もち。驚くほど柔らかく、餅の食感もある美白の求肥には温泉地らしく柚子の香りがついている。羊羹が食感のアクセントとなる。
「色白でもち肌。シホさんみたい」
「ねぇ何その言い方。ちょっと気持ち悪い」
「ああ、いつの日かシホさんと一緒に湯浴みを…痛っ!」
「何考えてるの!ケンジくん変態!」
「ごめん、つい口にしたくなって」
「堂々と裸を人に見られたくないの」
「色白で美しいのに」
「自分で自分の裸見るのも嫌」
「そうなのか。それは悪かったよ……」

  

シホは美容に気を遣う人である。肌ケアは温泉で賄えるとして、飲む水は全て温泉水、食事は炭水化物少なめ、1日2時間の有酸素運動で体型維持を欠かさない。
「ストイックだねシホさん」
「そう?動かないと太っちゃう。ねえ、私の側で美味しそうに饅頭食べないで!」

  

「シホさんと食べた湯もちの店行ったら、週末限定の饅頭があって。美味しそうだから買ってきちゃった」
「馬鹿にしてるの?」
「一緒に食べたいなぁ、と思って。でも太るの嫌なら…」
「食べる。美味しいもんこれ。黒糖の甘さが濃くて」

  

「私ね、どうしても自分のこと好きになれないの」
「そうなの?」
「そう。すぐネガティヴになっちゃう。美を磨いているつもりでも、なんか満たされなくて」
「自己肯定感が低いのかな?」
「そうかもしれない。私ってさ、顔大きいよね?」
「そうは思わないよ。すごい小顔、とまではいかなくても」
「はぁ、そうだよね。小顔じゃないよね」

  

そういってシホは小顔ローラーを顔面で激しく上下させる。
「そんなしなくたっていいじゃん」
「ケンジくんには理解できないだろうね、私のコンプレックス」
「理解も何も……」
「イケメンで顔がシュッとして、ケンジくんはいいよね」
「何がしたいんだよ。美人だよシホさんは」
「どうせリップサービスだよ。それに否定しないんだ、自分がイケメンだ言われて…」
「いい加減にしろ!……あ、ごめんなさい、ついムキに……」
「いいもん。どうせ私はずっと干物女だよ。ジェリオンに乗れることだけが取り柄の……」
シホはぶつぶつと恨み節を垂れながら、自室へと戻っていってしまった。

  

シホさん、あなたの気持ちをわかってあげられなくてごめんなさい。でも1週間も顔を合わせないのは寂しいです。気分転換がてら外に出ませんか?無理にとは言わないので。

  

メッセージを送ったところ、シホがケンジの部屋を訪ねてきた。
「ごめんねケンジくん。不安にさせちゃって」
「良かったシホさん。闇堕ちしたんじゃないか心配だったよ」
「たまにあるんだ、長期間に渡って鬱になってしまうこと。私も色々あってさ……」
「話せば楽になる?」
「なるかもしれない。湯もち買いに行こうか」

  

週末で賑わう箱寝の中心街。湯もちの店に併設された甘味処に入ろうとしたが、どういう訳か臨時休業であった。その代わり店の傍にあるキッチンカーが営業している。
「みたらし団子がある。食べますシホさん?」
「たまには食べても良いかもね」
「じゃあ抹茶セットにしよう」

  

「うわっすごい、外がカッチカチ!」
「表面をここまで焦がす団子って無いよね。焼きの香りもあって美味しいわ」
「中は若干ざらついてる」
「外とのコントラストがあって面白いのね。ケンジくん、もうちょっと言葉選び気をつけよう。ネガティヴに捉えられるよ」
「気をつけるよ」
「大丈夫。私もよく怒られるから。昔からそうなの」
「しっかりしてそうなのに」
「私意外とドジなの。それに今は少し直せたけど、喋り方がふにゃふにゃしてて。ふざけてるのか、っていつも怒鳴られてたんだ」
「ふざけてるつもりは無いのに?それは理不尽だな」
「でしょ?お陰で自分から何かするのが怖くなっちゃって。そんな気持ちでいたら自分自身が嫌いになって……」
「そんな過去があったのか。茶化してほしくなったな、本当にごめんなさい」
「いいの。私もジェリオンのパイロットに選ばれて漸く自信を持てるようになった。まあほんの少しなんだけどね」
「良かったですね」
「亜人襲来!亜人襲来!」
「えっ⁈変なタイミングで来るよないつも」
「戻らなきゃ。今日はケンジくんに先行ってもらっていい?」
「勿論。たまには僕が切り込まないと」

  

亜人6号・コロネル。体は細いがかなりの頭でっかちであり、顔からPTAバリアをはじめとした攻撃を繰り出す。

  

「今日はケンジ君が先か。いいだろう。この亜人は精神攻撃を主とする厄介なものだ。なるべく距離をとって闘うように」
「はい!ジェリオン、発進!」

  

細い体に対してひたすら力業を繰り出すケンジ。しかし細い割に硬く、ダメージを全く与えられない。
「ケンジくん!BPOバリアで隅に追い込んでから叩いた方がいいわ!」
「あっちか。湯気が立ってる。もしかして……」

  

追い込んだ先は熱々の源泉であった。源泉に追いやり火傷させれば亜人は弱体化すると思われたが、耐久力があって思い通りに倒せない。それどころか、亜人は源泉の中へぶくぶくと潜っていく。
「これは…温泉に入らないとダメ?」
「そうするしかないぞケンジ君。亜人が中で何を企てているかわからない。悠長に待ち構えている暇は無い」
「でも、ジェリオンは僕の体と一心同体なんですよね?熱さを感じてしまうのでは」
「耐えろ。パイロットが火傷することは無い」
「ええ……」
「ケンジくん。私も一緒に行くから。ちょっとの辛抱ね」
「……行きます。シホさんと一緒なら、何でもできそう」

  

沸騰しそうなくらい熱い源泉に潜るジェリオン2機。亜人は底の方で静止していた。まるで湯浴みを満喫しているかのようである。
「これはもうやっちゃっていいのかな?脳天を槍で突いちゃえ!」
「待って、あまり勝手なことすると…」

  

亜人の顔が膨れ上がる。そして波状攻撃に呑まれ2人は源泉の外に投げ飛ばされてしまった。ケンジには何事も無かったようだが、シホはその場で項垂れたまま動けないでいる。
「シホさん!動けますか?」
「ダメ……」
「顔がいつもより大きい気がする。もしかして何か食らったのか」
「もしかしたらPTAバリアに触れたかも……」
「ケンジ君、我々の解析によると、この亜人は相手のコンプレックスを突いてくる精神攻撃をする。シホ君は日頃から自分の顔を大きいと思っているが、その気持ちが異常に強められて追い込まれているものと思われる」

  

「ブワァー、ブワァ!」
「私は顔が大きい。鏡に映る自分を見てゾッとする。小顔矯正何軒も行ったけど全然小さくならない。ついた仇名はカオパンパン。いずれ爆発しそうだ、取り扱い注意の顔だ。ねぇお母さん、なんで私の顔はデカいの。ねぇなんで……!」
シホは鏡と化した亜人の前で慟哭する。

  

「自分で自分の心を痛めつけている。何て残虐な攻撃なんだ」
「ケンジ君、それが精神攻撃の恐ろしさだ。幸いPTAバリアではないようだが、放っておけば精神崩壊は免れない。ケンジ君、シホ君を救えるのは君だけだ。君の手で亜人を倒せ」
「そんなのできる訳ないじゃん!」
「そうか。では僕からはこれ以上君に声をかけない。仲間を見捨てるような奴は、ジェリオンから降りてパイロットを辞めなさい」
「……」

  

「そっか。僕に存在意義なんて無いんだ。心が壊れていく仲間を見殺しにする僕に、責任ある任務など無理だったんだ。こんな生意気で変態で自己中で、食べ物への拘りが強すぎる無能男に生きる価値なんて無い。とっととこの世から消えてしまえばいいんだ」

  

その時、ジェリオンPart2からBPOバリアが発せられる。それは亜人の波状攻撃と大きく共鳴し、亜人の鏡状の軀は粉砕されていく。
「えっ?僕、亜人倒したの?」
「ケンジくん!助けてくれてありがとう……」
「シホさん!無事で良かった〜!」
「私どうなってた?全然記憶が無くてさ」
「自分の顔を悉く卑下していた。聞くに耐えない罵詈雑言だったよ。ってアァ!足が痛い……」
「大丈夫?」
「飛ばされた時に折れたのかもしれない」
「じゃあ私が肩貸す」
「いいのか?」
「下心だけは無しでお願いね」
「そんなの持たないよ」

  

医務室で骨折の手当てをしてもらうケンジ。
「ケンジくん、胡桃饅頭持ってきたよ」
「ありがとう。白餡と生地の香りが強い。胡桃を愉しみたいんだよ僕は」
「贅沢言わないの」
「マッコウさんからの司令に従ったら怪我したんだよ。好き勝手くらい言わせて」
「まったく。じゃあ最中なら喜んでくれる?」

  

「鈴みたいだな。……紐ほどくの難しいね」
「そんなことしなくても、捥いでやれば楽チンよ」
「風流ないな」
「そんなこと言うならあげない」
「嘘だよ、1つだけ頂戴。あ、柔らかいね。一口サイズで丁度良いや」
「喜んでくれて良かった」
「ありがとうシホ。ごめんな、口うるさい僕で」

  

「本当に世話が焼けるよケンジ君は」
「マッコウさん!僕本当にクビなんですか⁈」
「クビ?あの発言なら本心じゃない」
「えっ?」
「鏡状の亜人を倒すには共鳴が有効だ。シホを卑下させる攻撃と共鳴するよう、君が自分を卑下するよう煽ってみたまでだ」
「心臓に悪いですって」
「まあパイロットとしては半人前だな。僕のアシストが無かったら大惨事だぞ。温泉に入る暇あったら技を磨きなさい」
「ケンジくん聞いてる?無闇に叩いちゃダメだからね」
「悪かったよ。でも心に決めた。仲間の命を優先して守る、ってな」
「じゃあ私もそうする。約束だよ」
「約束するさ」

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