連続百名店小説『シフォンジェリオン』第漆話「最後のシ女」(ちぼり湯河原スイーツファクトリー)

荒廃した首都東京の代わりに首都機能を担う温泉地・箱寝。頻りに襲い来る人類の脅威「亜人(あと)」と闘うため、人造人間ジェリオンのパイロットに選ばれた淀ケンジと水波シホの物語。
*某革新的アニメ作品と似ているように見えますが、全くの別物です。

  

次にケンジとシホが訪れたのは、湯瓦で人気のお菓子工場。クッキーやミルフィーユといった洋の焼き菓子から、せんべいなど和の菓子も扱っている。イートインではクッキーバイキング、ジェラートや生菓子を楽しむことができ、週末ともなれば多くの家族連れや友人グループで賑わう。
「暑かったあ。冷たいの食べたいね」
「ジェラートにしようか。あでもプリンも美味しそうだね」
「ケンジくん迷いすぎ。分け合いっこして食べよう」

  

蜜柑を使ったプリン、そしてジェラートを頼んだ2人。イートインはかなり混雑していたが、何とかカウンター席に空きを見つけた。

  

「ケンジくん!あーん!」
「恥ずかしい」
「本当は嬉しいくせに。美味しいねジェラート」
「うん、美味しいよ」
ジェラートはダブルでオーダー。上は追加料金の発生する湘南ゴールド。素材にある苦味と酸味を強く打ち出した大人向けのフレーヴァーである。下にはベルギーショコラを。滑らかな口当たりで味も重すぎず、暑い時期でも食べやすいものである。

  

「ねえ、帰ったら一緒にお風呂入ろ」
「いいのか、シホさん?裸、見られたくなかったんじゃないの?」
「ケンジくんになら見せてもいいかな、って思った」
「そんな、急に言われると迷いが……」
「迷わなくていいの。ケンジくんは初めて、自分の裸を見せて良いと思えた相手。協力して亜人を倒して、一緒に美味しいもの食べて、ちょっと喧嘩もしたけど楽しかった。こんな気持ちになれたの、本当に初めてなんだよ」
「それは嬉しいよ。俺だって、シホさんと居て幸せなんだ。亜人討伐も、シホさんとじゃなきゃ今頃投げ出してた。シホさんが居てくれたからこそ、俺の存在意義がある」
「ケンジくんと出逢えて良かった。本当に良かった……」

  

  

夢が果てた。そこに転がっていたのは、爆発したジェリオンPart1の残骸とシホの骸のみであった。
「そんな……何でだよ。起きてよ、起きてよシホさーん……!」
取り乱すケンジ。見かねたマッコウが街に降りてきて無理やりYUSOに連れ戻す。

  

それからというものの、ケンジはすっかり部屋に閉じこもる。大好きな温泉にも入らず、生物学の勉強も止めてしまった。とても亜人討伐に駆り出せる精神状態では無かったが、亜人側も少しは空気を読んでくれたみたいで暫く襲来が無かった。

  

「汝マユミと申します。淀ケンジさんはいらっしゃいますか?」
「おお、いらっしゃい」マッコウが歓迎する。
「ケンジさん、お元気ですか?」
「元気ではないな。水波シホが命を落としてから完全に心閉ざしちゃって」
「プリン持ってきました。喜んでくれますかね」
「甘いものは好きみたいだ。出てくれないかもしれないけど届けるだけ届けてみなさい」

  

「ケンジく〜ん?覚えてる?中学の同級生のマユミよ。プリン持ってきた、一緒に食べる?」
「放っといてくれ」
「……そう。久しぶりに会えるかな、って心待ちにしてたのに」
「僕なんかに興味、無かったでしょ?」
「私知ってたの、貴方が私のこと気になっていたこと。本当は声かけてあげたかったのよ、でも跳ね返されると思ったから」
「何を今更」
「今言わないと後悔すると思ったから。無理にとは言わない、でも一緒にプリン、食べれたらなぁって」
「……わかったよ。入って」
「ありがとう」

  

マユミが持ってきたのは、ケンジの夢の中にも出てきたあの蜜柑プリン。湯瓦で獲れた蜜柑を使用しており、滑らかで蜜柑の味わいしっかりめ。ジェラートにしろプリンにしろ一流クラスの仕上がりで侮れない。

  

「甘い物はいいよね。どんなに悲しい時も心を癒してくれる」
「癒えないよ、シホさんを失った傷は」
「でも少しは楽になったでしょ」
「ならねえよ。ひやかしなら帰ってくれ」
「まあまあまあ。ケンジくんってすぐ殻に閉じこもるよね。でも本当は優しい人だってこと、私は知ってる」
「何だよ、僕に寄り添ってるつもり?」
「そうよ。貴方がシホさんを失って悲しいのは、それだけ貴方がシホさんに愛情を注いでいたから。突然会った見ず知らずの人に愛情を注ぐなんて、簡単にできることじゃないわ」
「……」言い返す気力の無いケンジ。
「今日は夜通し居てあげる。悩みや不安、何でも聴いてあげる」

  

ケンジはマユミに心を委ねる他無かった。
「これからのジェリオン搭乗、不安?」
「不安しかない。ジェリオンとの親和性も低くなるだろうし、1人じゃ無理だよ」
「私がパイロットになれるのなら」
「マッコウさんに訊いてみないと」
「話なら通してあるわ。今Part3を開発中だからそれに乗れば、って言われた」
「話が早いな……」
「ケンジ君は経験豊富だから色々教えてくれるんでしょ」
「僕ごときが教えるなんて」
「私ね、ケンジくんのためになりたいの。中学の時してあげられなかったことを、今やりたいの。だから一緒に闘おう。お願い!」
「……わかったよ。でも覚悟はしておいて。死と隣り合わせだからねこの任務は」
「わかってる」

  

こうしてマユミはケンジと一夜を共にした。一方で街の民はある異変を察知する。
「今日って月食?」
「違うだろ」
「なんか変に欠けてるんだよな」

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