連続百名店小説『シフォンジェリオン』第弐話「満たされない、時間」(菊川商店/箱根湯本)

荒廃した首都東京の代わりに首都機能を担う温泉地・箱寝。頻りに襲い来る人類の脅威「亜人(あと)」と闘うため、人造人間ジェリオンのパイロットに選ばれた淀ケンジと水波シホの物語。
*某革新的アニメ作品と似ているように見えますが、全くの別物です。

  

翌朝。ケンジは朝8時に目を覚ますと、シホと話がしたくなり部屋のドアをノックする。
「言ったでしょ、私の部屋覗かないでって」
「覗きに来た訳じゃないです。研修の前に色々聞きたいことがあって」
「私から教えられることは無いわ。マッコウさんから全て教わりなさい」
「つれないな。あの人苦手なんだよ」
「苦手でも向き合わきゃダメよ」
「そうだけど…」
「マッコウさん、貴方のお父さんなんでしょ?」
「何でそれを」
「話は聞いてるから。とにかくちゃんと向き合うことよ。あと私の部屋には来ないでね」
「…いいよ、もう来ないさ」

  

研修の内容は、FUJIYAが推進する「人間包含政策」についてである。
「いいかねケンジ君、東京は今や失敗国家並に治安が悪化している。東京の周りを壁で囲って、アンチオーソの全国への流出を辛うじて抑え込んでいる状況だ。そしてこの箱寝に首都機能を移転しようとしているのだが、それを察してか謎の生命体が次から次へと街にやって来る。我々はその生命体を『亜人』と呼んでいる」
「亜人はそのアンチオーソが送り込んでくるものなんですか?」
「アンチオーソが関わっているという証明は無い。そもそも亜人の起源さえ不明だ。魂がこもっているから人間が造り出すのは不可能、かといって世界のどこから生まれてきたのか、誰も知る由が無い。そこで君に頼みたい。亜人を倒して組織片を採取してほしい、という訳だ」
「なるほど…」
「組織片は本丸に戻ってきたら地下10階の研究施設PCRセンターに回せ。ゲノム解析をして亜人のルーツを探る機関だ」
「地中深いところでやるんですね」
「極秘ミッションだからな。一応これが今までの亜人のデータ。といっても未だ2体だが。解析も思うようには進んでいない」
「本当に謎だらけの生命体なんですね」
「ただ判明していることとして、亜人はPTAバリアという盾を張り出す。これは盾といいつつ相手の精神を蝕むものでもあって厄介な存在だ。通常の兵器を手に闘うとすぐ廃人となってしまう。そこで開発されたのがジェリオンだ。PTAバリアと同じような機構を持つBPOバリアで対抗する」
「安全に闘える、という訳か」
「安全に、という保証は無い。ただ少しリスクを下げられるだけだ。ケンジ君、君は正常性バイアスに支配されているようだな。現実から目を背けて何とかなるやと言ってきた人生だ」
「説教やめてください」
「責任重大な任務を与えられている身分だ。良くないことは遠慮なく指摘させてもらうよ。とにかく亜人は全力で我々を潰しにかかる。だからジェリオンのパイロットも常に死ぬ気で対応しなければならないのだよ」
「はい…」

  

その後も人間包含政策についてあれこれ叩き込まれるケンジ。しかしその全容は、聴いてもよくわからないものであった。

  

研修が終わるとシホがまんじゅうを持って待っていた。
「はいお疲れ様。街で人気のカステラまんじゅうだよ。中は白餡ね」
「ありがとうシホさん。いただきます…」
「…あまり美味しくない?」
「口がモサモサする。さっきやたらと『ジェリオン、発進!』の発声練習したから…」
「それはごめん。私もやらされたなそれ。丁度良かった、レンジで温めたのも持ってきてたんだ。こっちの方が食べやすいかも」

  

「確かに、こっちの方がカステラ特有のにおいが丸くなって食べやすい。餡もほぐれてるし」
「良かったわ」
「シホさんは亜人が来ない時、何をして過ごしていますか?」
「漫画読んだり映画観たり、それくらいよ」
「外には出ないんですね?」
「出てもいいんだけど、部屋の中にいる方が好き。私友達いないし…」
「友達いないんですね。僕もです、友達になりませんか?」
「そうやって距離詰められるの苦手なの。ごめんね」
「あっ…行っちゃった…」

  

研修の期間はあっという間に過ぎ去っていき、暇を持て余す日々が到来してしまった。一度は確認できていた自分の存在意義に靄がかかり始める。
「マッコウさん、PCRセンターを見学したいのですが」
「駄目だ。君にはジェリオンのパイロットとして来てもらったんだ。パイロットの業務に専念しなさい」
「稼働が無いと暇なんです!おかしくなってしまいそうで」
「暇か。そんな意識の低さ、よくも堂々とひけらかすね。もっと亜人を倒す力を磨いてほしいものだ」
「だからゲノム解析の様子を見学したいんですよ!亜人討伐に役立つかはわかりませんよ、でも亜人のこと、少しは自分の目で理解しておきたい」
「…好きにしなさい。邪魔だけはするなよ」

  

「採取した組織片は乳鉢で擦り潰し、そこからDNAを抽出します。これをコンピュータに読み込ませて配列を観測するのですが、その配列はとても長く、全て解析するのは骨の折れる作業です」
「それって僕でもお手伝いできますか?」
「細胞の生物学、っていう広辞苑サイズの本があるんだけど、それ読んだことあります?」
「いえ、全く知らないです」
「生物のテストで何点とった?」
「35点…です…」
「無理ね。素人にできる仕事ではないわ」
「…」
「君パイロットなんでしょ?亜人の研究よりもジェリオンのことを深く学ぶべきよ。紹介は以上、上階へお戻りなさい」
「ちぇっ…」

  

部屋に戻っても何もすることがないケンジ。不貞寝をしようとしても、既に何回も寝ているので目が冴えてしまう。
「段々悔しくなってきた。何が素見しだよ。僕だって勉強すれば役に立てるようになるさ。突き放すことないだろ…」

  

ケンジは3時間だけの外出許可を貰い街の書店を訪れる。
「あの〜、細胞の生物学っていう本ありますか?」
「お調べします。…無いですね」
「そうですか…生物学の分厚い本なんですけど」
「恐らく学術書ですね。そういうのは街中の書店じゃ買えませんよ。大学の書店をあたってみてください」
「ありがとうございます」

  

最寄りの大学に到着したケンジ。
「そこの男性の方、学生さんですか?」
「いいえ、本屋に行きたいのですが」
「緊急事態下ですので、本学の関係者以外の立ち入りはご遠慮願います」
「…細胞の生物学、を買いたいだけなんですけど」
「申し訳ございません、許可できません」
「はぁ…」

  

あてもなく中心街を彷徨うケンジ。4時くらいには焼きたてを求める行列ができていたまんじゅう屋も、5時になると焼きを止め箱詰めのみの販売となっていた。

  

その時、外出時に必ず装着する腕時計が鳴り出した。画面には「亜人襲来」の文字が浮かんでいた。
「ケンジ君戻りたまえ。シホが発進したらすぐ君も発進してもらうからな」
「お任せください!」

  

存在意義を見出したケンジ。亜人と闘うことへの高揚感が、恐怖心に勝っていた。
「お待たせしました!ジェリオン、はっ…」
「待ちたまえケンジ君。まだ親和性が十分でない」
「10%…確かにこれじゃいけない」
「あのな、久しぶりの任務で昂る気持ちは解るが、亜人を倒せなかったら本末転倒だ。君はもっと気持ちを整える練習をした方がいい」
「すみませんでした…」
「親和性50%か。もっと欲しいところだが緊急事態だから仕方ない、発進していいぞ」
「ジェリオン、発進!」

  

亜人4号・シカダン。蝉のような見た目でありながら四肢を持ち、手にはチアリーダーが持つボンボンらしきものが握られている。
「羽のさざめきからPTAバリアが出ている。前から攻撃するように」
「かしこまりました!じゃあロングサイズの槍を」
「ダメよケンジくん。槍の先がボンボンに絡まる。やるならサングレアの炎ね。火には弱いはず」

  

ポケットのような場所から火の源を取り出し、爪らしき部分に灯す。シカダンの正面に火を撃ち当て、パワーダウンさせることに成功した。
「まだ油断しちゃダメ。亜人の悪あがきはより強力なの。予期せぬ動きに巻き込まれてPTAバリアに呑まれないよう気をつけて」
「わかりました」
「組織片採るのなら今のうちよ。焼き払ってしまうから」
「じゃあ僕が採ります。足の方から慎重に…うわ、何をする!」

  

シカダンはバク転を始めた。大きな体をしておいて何十回も華麗に回る。ケンジのジェリオンはその回転に巻き込まれやがて振り落とされる。

  

しかしそれ以上にダメージを受けていたのはシホのジェリオンであった。避けきれずもろに体当たりを食らってしまい、地面に突っ伏して動けなくなっていた。また、羽から発せられるPTAバリアに触れて精神攻撃を受けている可能性も否定できない状態である。
「シホさんしっかりして!シホさん…」

  

「痛ったぁ…ああケンジくん、無事で良かった」
「PTAバリアは食らってないですか?」
「たぶん大丈夫。ほら気をつけて、後ろからまた襲ってきてる」

  

今度はしっかり避けた2人。
「採取は諦めよう。倒すことだけ考えるわ」
「そうしましょう。じゃあ僕はロングサイズの槍使います」
「そこに火を灯せば焼き尽くせるかもよ」
「やってみましょう」

  

「熱あつ熱、あっつ!」
サングレアの炎を先端に灯し、熱いのに耐えながらロングサイズの槍を亜人の方へと伸ばす。亜人は避けようとしたが、槍の先が急に曲がり、PTAバリアを放つ羽に火がついて大ダメージを食らう。何もできなくなったところを叩きつけ、生命維持の核となる部分を押し潰して退治成功である。

  

「ふぅ…亜人討伐ってこんなに命懸けなんだ」
「ケンジくん、私たちの任務を何だと思ってたの?もしかして、ゲーム感覚だった?」
「それは違うよ。でも亜人が来て、漸く出番だ、とワクワクした気持ちはあった…」

  

「ケンジくん、バカ正直なのね」
「えっ…」
「明らかに仕事をナメたようなこと平気で言えちゃうの、逆にすごいと思うわ。普通は包み隠すでしょ」
「あ、え、ホントだ…」
「本音を隠さないケンジくん、面白いと思う。冷凍したまんじゅうあるんだ。帰ったら私の部屋、上がっていいよ」
「いいのか?」
「その代わり、足洗って新品の靴下履いてもらうからね」
「めんどくさいなあ」
「潔癖なの私」

  

冷凍したまんじゅうは餡がカチっと固まり、カステラ特有のクセは穏やかに纏まっていた。
「面白い食べ方ですね。誰に教わったんですか?」
「紙に書いてあるのよ。ほらこれ。持ってく?」
「いいです。あ、オーブンで温めるの美味しそうですね」
「オーブンもあるよ。まだ残りあるから食べる?」

  

レンジで少し温め、オーブンで3分ほど焼く。こうすると生地のカリッとした感覚が復活し、あの行列のできるできたての味わいにグッと近くなる。

  

「綺麗に整頓されてますね、シホさんの部屋」
「だってケンジくん言ってた通り、やることないじゃん普段。部屋の掃除、拘りすぎてすっかり趣味になっちゃった」
「ですよね。僕も読みたい本があるんですけど買えなくて」
「どんな本なの?」
「生物学のすっごい分厚い本」
「お勉強したいんだ、ケンジくん。真面目だね、私そういうの苦手でさ」
「亜人のこと研究してる機関が地下にあるじゃないですか。そこで何が行われているのか、僕もちょっと知りたくて」
「志高くていいね」
「でも見学に行ったら、君には知識無さすぎて無理だ、って言われて。腹立ったよね」
「それでちゃんと学ぼうという気になるの、カッコいいと思うよ。ステキ!」
「照れるなぁ…」

  

そう言ってケンジはシホの体つきを眺める。
「どうしたのケンジくん?」
「シホさん、色白で美しいな、って」
「何見てるのよ〜、ちょっと恥ずかしいじゃん」
「足もコッペパンみたいにふっくらした肉付きで…」
「何見てんのよ!」

  

シホはケンジをビンタする。
「何だよ急に」
「足ジロジロ見られるの嫌だ!恥ずかしい!」
「そんなに?」
「私もっと薄くてスラっとした足が良かったの。浮腫んでるの嫌!」
「変なとこ突いてごめん…」
「やっぱ出てって!」
「ちぇっ、正直が過ぎてやがる…」

  

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