物価高に歯止めが効かなくなり、強盗や無差別殺傷など凶悪犯罪が後を絶たなくなった20XX年の東京。大量虐殺の気運が高まり、恐れをなした人々は郊外に逃げ出していた。
20歳の青年・淀ケンジもその1人であった。母親はセイチョウ駅で発生した爆破テロに巻き込まれ命を失い、父親のマッコウは突如行方を眩ませた。港町小俵にあるマッコウの友人の元で育てられて10年が経とうとしていたある日、大学から帰ってくると郵便受けに矢文が刺さっていた。
ご無沙汰だねケンジ君。淀マッコウだ。君は選ばれし者になった。箱寝にあるFUJIYAの本丸に来なさい。来ない場合は命は無い。絶対命令だ。
「父さん…何を今さら…」
「ケンジくん、行ってあげなさい」
「脅し文句まで使いやがって」
「お父さんは君を見捨てた訳じゃないんだ。行けば話を聞けるかもしれない、だから行きなさい」

海辺から温泉地のある山へ向かうバスに乗り込むケンジ。謎の外来生物で溢れる街中を抜け、とげとげの蔓がガラスを引っ掻く険しい山道を登って行く。漸く現れた無機質な巨大建造物こそ、ケンジの招かれたFUJIYA本丸である。
集合場所に指定されたのはカスケイドという地点であるが、本丸の中は迷路のように複雑な構造をしており、案内もあまり親切ではないためなかなか辿り着けない。

「何をやっている」マッコウから電話がかかる。
「館内で迷子になってます。マジックルームから抜け出せません」
「まったく。空色のソファを動かして後ろにある青いボタンを押しなさい。出たら食堂の左にエレベーターがあるから3階に登れ」
3階に到達しても、左か右か迷ってしまう。左に行くと、そこは化粧室であった。
「右だよケンジ君」
「あ、はい、ごめんなさい!」
「勘が鈍いね君。君は選ばれし者なんだ。自覚持ってもらわないと困るんだよね」
「父さん」
「父さんとは何だ。親子関係などここにはない」
「じゃあ何故僕を選んだのですか…他にも優秀な人いるでしょうに」
「その話は食事しながらしよう。中に入りたまえ」

FUJIYA本丸のカスケイド。1階にある食堂とは違い、客人を招いて豪華な食事をする時に使用される。選ばれし者も最初はここに招かれ、洋食のコースが振る舞われるのが定番となっている。
「ビールは飲むかね?」
「はい。お酒は大好きです。寧ろお酒飲むことしか生き甲斐がない…」
「今後暫くは飲めんぞ。今日だっていつ使徒が来襲するかわからない。ビール1瓶で我慢だ」
「そんな…せっかくなら他のお酒も…」
「若造が悠長なこと言うな。だいいちここの酒は高えんだ。良いもんは揃ってるけど、山の上だから輸送料がバカにならない。暇な窓際族しか頼まないって」

しがない青年として飲む最後の酒はFUJIYAビールのケルシュ。本丸にある源泉から水を汲み、近くの醸造所で製造しているものだと云う。口当たりはドライだが、じわじわと旨味が滲み出す。


最初の料理はスモークサーモン。身は薄切りで一見味気なさそうだが、しっかりとコクがある。
「おい君、スライスオニオンをサーモンと抱き合わせるな。サーモンの味が霞むだろ」
「そしたらどうやってオニオンを食べるのでしょうか?ドレッシングもないのに」
「他の野菜と一緒に食べるんだよ。それくらい我慢しなさい。君は文句が多いね。敵を目の前にしてもああだこうだ言うのか?そんなことしたらあっという間に潰されるぞ」
「…実の息子によくそんな嫌味言えますよね」
「自覚を促しているのだが。君はもう逃げられないよ。逃げ出そうものなら相応の罰が下るからな」
「わかりましたよ。じゃあ僕は何をすればいいんですか?説明してください!」

コンソメスープは牛骨の旨味がメインのようである。野菜の旨味などは弱めで、食べ終えた皿からは野生のにおいが漂う。
「単刀直入に言うと、君には人造人間ジェリオンのパイロットを担当してもらう。それで街にやってくる亜人(あと)を倒すんだ」
「亜人…この前も来てたあの強い敵ですか…」
「我らがジェリオンは強力な迎撃兵器だ。だがこの兵器には重要なファクターがある。パイロットとの親和性だ」
「親和性?」
「親和性が低い場合、ジェリオンは思うように作動しない。そうなると亜人と闘うことはできないし、最悪の場合自分自身を攻撃してしまう。だから、搭乗できるパイロットは厳選する必要がある」
「なぜ僕は選ばれたのですか?」
「それは、君が家族から愛されていないからだ」
「はっ⁈父親の身分で何を言うんだ⁈」
「いいから聞くんだ。家族から愛されず孤独に生きた人、それは愛に飢えた人である。彼らの最後の拠り所になり得る場所、それがジェリオンだ。愛情を注がれた人間に対しジェリオンは心を開かない。そういう仕様にした。愛を知らずに育ち、社会からドロップアウトした者に自分の存在意義を認識してもらう、そういう目的でジェリオンを製造した。君が最も適任だと思ってね」
「失礼な。誰のせいでこんなことになったのか、自覚持ってます?」


聞く耳を持たないマッコウをよそに、FUJIYAにおける祝いの席の定番料理・虹鱒が運ばれた。醤油・みりん・バターで作られた素朴なソースが、虹鱒の美味しさを最大限に引き立てる。あくまでも洋食のためフォークとナイフを使って食べるのだが、不器用なケンジは手が震えソースをテーブルクロスに飛び散らせてしまう。
「食べ方下手くそだな。育ちがわかるね」
「いい加減にしてください!あなたの息子ですよ僕は」
「身と平行に切れ目を入れてパタンパタンと開けば綺麗に骨取れるだろ。まあ器用さはジェリオンのパイロットに求められるものではない。君みたいな不器用な人にはピッタリの任務だな」
「何故あなたは僕をいちいちなじるんですか?迷惑なんですよ!僕は確かに母さんを失った。あなたにも逃げられた。でも何とか生きてこれて、これから職探ししようと思ってた。なのに何故、愛が無いからジェリオンに乗って亜人と闘え、と押し付けるのです?失礼じゃないですか!」
「君は妙にプライドが高いね。このまま生きてたら苦労するよ。ジェリオンをあてがってもらえただけでも感謝しなさい」
「受け入れられないです。帰らせていただきます」
「帰れないよ。地の果てまで君を追い回す」
「はぁ…」
「亜人襲来!亜人襲来!」
「えっ?」
「亜人襲来だ。早くジェリオンに乗れ」
「乗りません。同意してません」
「いいから乗れ。乗らないと殺す」
「殺してみろよ。脅迫されても乗らねえ」
「逃げるのか?君はそうやって逃げてばかりだ。同居人から話は聞いてるぞ。勉強も運動も、人と関わることも、全て言い訳をつけて避けてきた。自分は親がいない可哀想な奴だ、だからみんな助けてくれるだろう。そんな甘い考えで何年も過ごしてきた。でももう逃げられないぞ。君はジェリオンに乗れ」
「嫌です乗りません」
「ジェリオンに乗れ!」
マッコウに無理やり腕を引っ張られジェリオン搭乗口に連れられたケンジ。そこにはケンジの相棒となるジェリオンPart2がスタンバイされていた。マッコウの圧を前に、もう逃げることはできない。
「ケンジ、ジェリオンに乗れ!」
「乗るさ。乗ればいいんでしょ」
「親にそんな口の利き方するんじゃない」
「都合の良い時だけ父親面しやがって!」
「ジェリオン、発進!」
本丸屋上を突き破りジェリオンPart2が箱寝の山に屹立した。下界にて暴れ回っているのが亜人3号「テニスル」である。全身が網目状になっており、ビームを出して街を焼き尽くさんとする。
「強くね?こんなのと闘うのかよ…」
「ねぇねぇ、あなた誰?」
「えっ?」
同じような兵器から声をかけられる。ジェリオンPart1のパイロット・水波シホの声である。
「淀ケンジです。マッコウに無理強いされて、ジェリオンに乗せられました」
「恨み節言ってる場合じゃないわ。今は目の前の亜人を倒さないと」
「倒せるかな…」
「倒せるかな、じゃないのよ。あなたは選ばれし者。倒さなくちゃいけないの。危ない、よけて!」
テニスルからボール状のものが発射された。これに当たった者は気力を失い、半永久的に部屋に閉じこもってしまうと云う。
「いいから私の言うこと聞いて。私は正面から攻撃する。亜人が気を取られている間に後ろから体当たりして」
シホのジェリオンがテニスルの肩に乗り、人間でいう頸動脈に相当する場所を裂こうとする。すると突如テニスルは怒鳴り声を上げ肩を震わす。シホは高い位置から転落し、その場から動けなくなる。
「ケンジくん…後は頼んだ…」
「シホさん!僕一人じゃ無理だって…」
「あなたが闘わないとみんな死ぬのよ。あなたしかいない。闘いなさい」
テニスルはシホを捕食しようと手を近づけだした。
「シホさん危ない!俺がやるしかないのか…」
「あなたならできるわ」
「逃げてはいけない逃げてはいけない逃げてはいけない…」
ふと腕を引っ張ったケンジは、引っこ抜けそうな物があることに気付く。それは「ロングサイズの槍」であった。
「それを使って、ここだと思うところを全力ではたくのよ」
テニスルの、人間でいう頸椎を攻撃するケンジ。するとテニスルの体全体が痺れ始め、やがて脆く崩れ落ちていった。
「うそ…倒したの、僕?」
「お見事よケンジくん。ケンジくんがいなかったら私、危なかった…」
「シホさん…」
「さあ帰りましょ」
そう言ってシホは何事も無かったかのように立ち上がる。幸いシホは少し打撲があったくらいの軽傷であったのだ。
「え?ノーダメージだったんですか?」
「私最強だから怪我しないんだ」
「あの高さから落ちても?」
「そう。だから帰ろ。お腹空いたぁ〜」

シホも同席して、ケンジの歓迎会が再開される。フォークで食べるFUJIYA名物のカレーは、バターのコクが深く入り込んでおり甘口、かと思いきや後から辛さがじわじわとくる昔ながらのものである。ライスとの親和性がとても高く、牛肉がゴロゴロ入っていて贅沢。

らっきょうは甘く漬かっており、福神漬けは奈良漬けに近いニュアンスで良い口直しになる。
「シホさん、もしかして動けなくなってたの、嘘でした?」
「そうだよ。だってケンジくん、積極的に攻撃しようとしなかったから」
「それで俺を追い込んで、やらざるを得ない局面にしたのですか」
「そうでもしないとやる気なかったでしょ?」
「…まあそうだけど」
「よくやったぞシホ君。それに比べケンジ君は他人任せだったな」
「でもとどめを刺したのは僕です」
「仮にシホ君がいなかったら、ケンジ君一人で倒せたと思う?倒せなかっただろうね」
「一人じゃ無理だったとは思いますよ。でも少しは感謝してください」
「何を上から。褒めてもらおうなんて烏滸がましいと思え。亜人は倒して当たり前。毎度褒めるのは面倒だ」
「ちぇっ、冷たいな…」


デザートは矢張り洋食の定番であるプリンアラモード。プリンはシホのように色白ではあるが、確とした卵とミルクの味わい。周りのフルーツも酸味の角が立ってなくて食べやすい。
「はぁ美味しかった!やっぱりFUJIYAのカレーは最高ですね」
「美味そうに食うよないつも」
「こういう機会じゃないと食べられないので。だからケンジくん、ありがとう」
「ありが…とう?僕何年ぶりだろう、人にありがとう言われるの」
「人に感謝されたことないの?」
「そうなんだ。母さんを失って父さんに逃げられて、ずっと塞ぎ込んでいたから」
「でもケンジくんってイケメンだよね」
「僕が…イケメン?」
「そう。もっと自分のカッコ良さに気づいたら?少しは自信出ると思うよ」
「そうなのかな?」


歓迎会が終わり、FUJIYA本丸の館内を案内される。鯉の泳ぐ池、西洋風のヴィラなど風流な施設が揃う。
「ここが私の住んでいる部屋。覗かないでね」
「言われなくても分かってますよ」
「ケンジくんの部屋はあそこよ。じゃあ今日はここでお別れ」
「待って。シホさん、今日はありがとうございました。シホさんのお陰で僕、存在意義を見出せたと思うんです」
「存在意義?」
「マッコウさんに言われたんです。存在意義の無い人がジェリオンのパイロットに選ばれる、って。今日の亜人との闘いを通して漸く存在意義を見出せた。そのアシストをしてくれたシホさんに、ありがとうを言いたいのです」
「それは良かったわ。自分の居場所を見つけられたのなら、精一杯頑張るといいよ」
「シホさん、これからもどうぞよろしくお願いします」
「よろしくね。今日はゆっくり休んで」
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