連続百名店小説『シフォンジェリオン』第参話「眠り姫、心のさなかに」(ピコット/宮ノ下)

荒廃した首都東京の代わりに首都機能を担う温泉地・箱寝。頻りに襲い来る人類の脅威「亜人(あと)」と闘うため、人造人間ジェリオンのパイロットに選ばれた淀ケンジと水波シホの物語。
*某革新的アニメ作品と似ているように見えますが、全くの別物です。

  

翌朝、シホがケンジの部屋を訪ねる。
「ケンジくん、昨日はごめんね」
「ううん。僕の方こそ、触れられてほしくないとこ触れちゃってごめん」
「ケンジくんが謝ること無いわ。私がもっと寛容になるべきだった」
「いや、僕がもっと…」
「謝りあいっこはおしまい。一緒に朝ごはん食べよう。この建物のビジタースペースに美味しいパン屋さんがあるんだ」

  

FUJIYA本丸で唯一一般人の立ち入りが許されているビジタースペース。本丸の各施設とは直接繋がっておらず、一旦外に出てから入る必要がある。
ビジタースペースではFUJIYAの活動内容やジェリオンのレプリカの展示、応援グッズ販売などがなされている。そこに併設するベーカリーではパンとケーキが販売されており、キッシュやショートケーキ、フルーツタルトなども名物となっている。
「アップルパイ、美味しそう…」
「ダメよ。朝からアップルパイなんて贅沢すぎるわ」
「900円もする…そりゃ贅沢だ」
「亜人を倒したその日の内に、マッコウさんにねだるのよ」
「偶にできるかもわからない贅沢か。亜人来ないかな〜…ってまたおかしなこと言ってしまった」
「今日はデニッシュにしようかな。ケンジくんは?」
「僕もそれで」
「自分の意志じゃなくていいの?」
「僕、シホさんと同じものが良いです。こんな可愛らしいシホさんの選ぶものならもう何でも…」
「顔赤くなってるよ。大丈夫?」

  

2人が購入したデニッシュ・オランジュ。こういう類のパンにおいては少し干涸びらせたオレンジが載るものだが、こと果皮に関しては初心な艶が残る新鮮なもので、そこから香りが溢れ出してデニッシュと馴染み美味しいものである。
「昨日は助かったよ。ケンジくんと2人じゃなきゃ倒せなかったと思う、あの亜人は」
「やっぱ強いんだ、今までの亜人より」
「亜人の方もどんどん進化してるからね。ただパンチやキックしたり、槍で突いたり叩いたり、じゃ倒せない。厄介な生き物よ」
「PTAバリアというものがとにかく恐ろしい。浴びたら廃人なんて」
「だからジェリオンも色々新機能を搭載するんだって。マッコウさんが開発を進めている。あ、3日後にBPOバリアver2.1を入れて試運転するってよ」
「試運転…それは俺たち乗らなくていいんだよね?」
「何言ってんの⁈私たちも乗るのよ」
「乗るのか…もし試運転が失敗したら…」
「そういうことは考えないの。親和性を高めてから発進しないとテストにならないでしょ。本当に危ない時は緊急脱出使えばいいし」
「そっか…でも怖さもあるな」
「無理はないわ。BPOバリアを張る時って、胸を締め付けられるんだよね。ver2.1で少しは負担軽くなってるといいけど」

  

3日後の午後、そのBPOバリアver2.1試運転が行われた。まずはシホの乗るジェリオンPart1から実施する。
「うぅ…いや待って、痛くない」
「良かった。ver2.1はジェリオン自身に負担がかからぬようプログラムを調整してある。最初から全速力で張り出すと衝撃が強いから、初速を控えめにして体を慣らしたところで加速を決める。そのつもりでバリアを繰り出すように。じゃあPart2もやろうか。ケンジ君、準備を」
「はい。いやあ助かるな、シホさんが先陣切ってくれたから安心して発進できる」

  

ジェリオンPart2に意気揚々と乗り込むケンジ。親和性を高め愈々BPOバリアを発動する。

  

「ああ、痛い痛い痛い痛い!どうなってんだこれ!」
Part2のBPOバリアは自らを攻撃する方向に張り出された。
「そんな馬鹿な。プログラミングが間違っているのか」
「マッコウさん、早く解決してください!痛い痛い痛い!」
「解決策が見えない。心苦しいが緊急脱出だ」
緊急脱出したことにより、ジェリオンPart2には大きな穴が空いてしまった。
「完全修復には1週間程かかる。それに高い親和性の中ひとり脱出したからジェリオンからの信頼を失っている。今後は低い親和性で発進することになる。ジェリオンが言うこと聞かない場面も増えるだろう」
「そんな……」
「これは僕のミスだ。申し訳ない。急いで修復にかかるが、搭乗は暫くできない」
「仕方ないですね……」

  

「亜人襲来!亜人襲来!」
「嘘だろ?」
「Part1のBPOバリアは正常だ。シホ君、1人でいけるよな」
「全力を尽くします」
「頼んだ」
「シホさん申し訳ない、お願いします…」
「ジェリオン、発進!」

  

亜人5号・ネムリル。雫の形をした無機質な物体ではあるが自我はあって、体をゆったり揺らすことにより相手の眠気を誘う。眠ったところをPTAバリアで囲い込み精神攻撃を食らわせる。次に起きた時には自我が吸い取られ、他人の手によってしか動かない体となってしまう。
「特殊ヘッドギアをつけろ。これさえあれば亜人の振り子による催眠を突破できる」
「かしこまりました」

  

「えい、えい、えい!」
ネムリルの体はダイヤモンドのように硬く、打撃面を狭めて力を加えてもダメージは微々たるものである。何回も叩いて地道に倒していくしか方法は無い。学生時代はテニスをやっており体力には自信のあるシホだったが、百回突いたところで疲れの色が見え始める。
「ふぅ…ふぅ…ふわあぁ!」

  

疲労のせいで催眠攻撃に対する耐性が弱まったシホ。とうとう眠りについてしまった。
「どうしたシホ君?起きろ!やられるぞこのままだと!……反応が無い」
「Part2による援護もできないとなると、絶体絶命じゃないですか!」
「Part3もあるにはある。だがこれは開発中だ。試運転をしていないから安全性の保証は無い。これに乗るかはケンジ君の自由意志だ」
「乗り……たくありません」
「まあそうなるよな。試運転でシステムが誤作動し体を痛めつけられた経験があれば恐れるのも無理はないだろう。だがな、仮にこのまま事態を放っておけばシホは自我を失い廃人となる」
「…それは嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ!」
「勿論僕らも救出策は考えるが、最も早く確実な策は君がジェリオンに乗ることだ」

  

「マッコウさん、Part2の仮修復が完了しました!100%のパフォーマンスは期待できなくとも、発進することは可能かと思われます」
「わかった。新たな選択肢だ。どうするケンジ君?」
「Part2に乗ります!でもその前に、ちょっと買い出しを」

  

「ジェリオン、発進!」
ケンジのジェリオンがシホの方に向かう。レーダーで確認したところ、PTAバリアが未だ張り出していなかったため近づくことができた。コックピット内のシホにカフェオレを飲ませる。

  

「冷たっ!えっ、ケンジくん?」
「助けに来たよ」
「もしかして私、寝ちゃってた?」
「マッコウさんが慌ててたぞ。危ないところだった、目を覚まして。じゃあ一緒に…ってうわあ!」

  

今度はケンジが亜人に背後を取られる。無機質なはずの亜人の体から手が現れ、それを想定していなかったケンジのジェリオンを抱きしめて捕食しようとする。
「動けない……痛い……」
「PTAバリアが出たら大変だ。ケンジくんが一生眠ってしまう……」
「マッコウさん……Part2のBPOバリアって……」
「設定は削除していない」
「後ろに行くのであれば亜人にもダメージ与えられるかも。出してみるしかない……」

  

試運転の時と同じく、BPOバリアの圧に苦しむケンジ。しかしそれ以上に亜人の様子がおかしい。手は強張り、乱れた周期でオロオロし始める。
「うぅっ、しゃー!離れたぞ!」
「やったねケンジくん。今のうちに亜人、叩きまくるわ!」
2人は1秒100発のペースで亜人を突き続ける。BPOバリアに酔った亜人は抵抗する術も無くただ攻撃を受け続けるのみであった。

  

「見えた!あれが核だ!」
核を突いたところで亜人は戦闘不能となった。ただの無機物の欠片となってその場に残る。
「組織片を採って、っと。これでミッションコンプリートだ」
「ケンジくん、助けてくれてありがとう。ジェリオン壊れていたのによく駆けつけてくれたね」
「だって、シホさんがやられちゃう、から……」
「嘘だ。マッコウさんに煽られたんでしょ」
「それもあるけど、でも僕はシホさんがす……ごい頼りになるから」
「本当は『好き』って言いたいんでしょ」
「な訳」
「嘘だ。絶対好きでしょ私のこと」
「いやあ」
「濁さないでよ。本音包み隠さない人じゃなかったの?ちょっとガッカリなんだけど」
「何だよ急に」

  

「シホ君、ケンジ君。BPOバリア試運転の件では迷惑をかけてすまなかった。アップルパイ用意したから戻ってくるように」
「アップルパイって、あの?」
「そうよ」
「嬉しい、やったー!」

  

FUJIYA本丸の社員食堂に入った2人に特製アップルパイが振る舞われる。ベーカリーらしく厚みのあるパイ生地の中にたっぷりの林檎。フレッシュさを残した果実にシナモンが香る。
「ジェリオンPart2はまた修理だな。まったく、Part3に乗る勇気があればこんなことにはならなかったのに」
「申し訳ないです…」
「でも機転を利かせて亜人を弱体化させたことは評価する。よくやったな、ケンジ君」
「父さん…」
「父さん呼びは止めろ。せっかく褒めてやったのに」
「でも嬉しいです。やっと褒めてもらえて。自分の存在意義が、一段と増した気がするので」
「存在意義ね。あまりそれに固執されても困るんだけどな」
「どういうことですか?」
「まあ、そのうちわかるようになるよ。あくまでも亜人殲滅が君の使命だ、それだけ忘れるな」
「わかりました……」

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