荒廃した首都東京の代わりに首都機能を担う温泉地・箱寝。頻りに襲い来る人類の脅威「亜人(あと)」と闘うため、人造人間ジェリオンのパイロットに選ばれた淀ケンジと水波シホの物語。
*某革新的アニメ作品と似ているように見えますが、全くの別物です。
亜人6号討伐から1ヶ月。次の亜人がいつ襲来するかわからない恐怖こそあったが、箱寝の街は平和を保っていた。一方で亜人のDNA解析も進んでいる。
「3号から6号まで、共通している遺伝子配列が見つかりました。それは魚類が持っている配列に近いです」
「亜人って魚なんですか⁈」
「それに近い生命体と考えられます」
「どこの海の生態系に近い、とかってわかりますか?」
「それは調査中です。でも本当に馴染みのある魚と似た遺伝子配列なので、近海の可能性はありますね」
「近海の生物が悪しき進化を遂げた訳か……」
「それは未だわかりません。続報をお待ちください」
一方でマッコウは思い切った作戦を考案する。
「もし亜人がFUJIYA本丸に接近した場合、本丸から強力な電磁波を放つ。これは本丸自体にも多大なるダメージが生じる、謂わば捨て身の方策だ。これをカツミ作戦と称する」
「カツミ作戦…」
「安心しろ。本丸がやられても君たちの行き場所は用意してある。それにカツミ作戦は最終手段だ、まずは本丸まで来ないよう抑え込め」

ある日、また外出許可を得て街に出かけるシホとケンジ。この日は箱寝で一番のジェラート店を訪れていた。
「ケンジくんは何の味にする?」
「えーっと、マンゴーとチョコと…」
「ここは1つしか選べないのよ」
「そうなの?普通ダブルとかトリプルとか、太っ腹なとこは5つ選べたり」
「箱寝では1つしか選べないの!」
「はぁ……じゃあマリンソルトにしようかな」

淡い水色が涼やかなジェラート。塩がしっかり効くことによりミルクのコクを認識できる。
「シホさんのチョコミントも美味しそうだな。一口頂戴」
「ダメ。そういう関係性じゃない私たち」
「スプーン貰って…」
「スプーンは1人1本、って書いてあるでしょ。まったく、ミントとあんま味変わらないと思うよ」
「そんなことないだろ」
「ジェラート以外にも美味しそうなお菓子があったね。食べ終わったら見てみよう」

「これだ!この店の名物、ナッツヴェセル」
「美味しそう!でも溶けないかな?今日暑いし」
「これチョコじゃないよ。キャラメルだからそんな簡単には溶けない」
「それは助かるね」
「マロンパイも美味しそう〜」
「シホさん甘党なんですね」
「頑張った自分へのご褒美よ。少しでも自分のこと、認めてあげられるように……」
食べ切りサイズのナッツヴェセル、マロンパイ、落花生マカロンクッキーが入ったお試しセットを買って本丸に戻る2人。談話コーナーで早速マロンパイを開ける。

「あ、生地がしっとり歯応えある」
「栗の穏やかな甘みが美味しいね」
「観光地によくある小さな土産店だと思ってた。まさかハイカラな菓子売っているとはね」
「ケンジくんって箱寝のこと全然知らないのね」
「そりゃそうだよ、僕、東京の人だから」
「私もよ」
「え、そうなの⁈」
「私も箱寝に疎開してきた身よ。東京が平和だった頃から箱寝にはよく旅行してた。いつか住みたい、って思ってたから疎開先にしたの」
「へぇ。温泉行けるなんてよっぽど良いとこの出じゃん」
「何言ってんの?温泉行くだけなら誰でもできるわ」
「温泉行こうだなんて、生きてきて一度も言われたことない。僕は小俵に疎開してきたけど、箱寝に行く話なんて一度も出なかった……なんて暗い話しても仕方ないよね。今は温泉入り放題だもんね、嬉しいよ」
「亜人襲来!亜人襲来!」
「久しぶりに来たわね……」
「なんか嫌な予感がする。でも立ち向かうしかない」
菓子を持って2人はジェリオンに乗り込んだ。
「ジェリオン、発進!」
亜人7号・ハンテル。黒い球体の亜人で、百の目玉を持つ。目玉で捉えた者は視界から消えない限り地の果てまで追いかけ、影に取り込む形で捕食する。
「いいか2人とも、亜人の視界に入ったら面倒なことになる。物陰に身を潜め、光線銃で目を撃ち抜け。全て撃ち抜けば核が見えてくると思う」
「ハードなミッションだな」
「じゃあ2人で手分けして攻撃しよう。私は北面から撃つ、ケンジくんは南面からお願い」
山の谷間に身を隠し、亜人に悟られぬよう地道に銃を撃つ。
「5発撃ったら場所を移動しろ。同じところで撃ち続けていたら隠れ場所がバレてしまう」
「なかなか命中しない。射撃訓練やっておけば良かったなぁ、クソ!」
サボり癖のあるケンジとは裏腹に、鍛錬を重ねていたシホは次々と攻撃を命中させていく。しかし亜人の目が減っている実感が湧かない。
「マッコウさん!目を攻撃してもまた復活してるみたいです」
「そうだな。これは厄介な亜人だ……」
「どうします?ひたすら撃ちます?それとも隠れることに注力します?」
「とりあえず隠れろ。作戦を練り直す」
「わかりました。ケンジくんにも一旦攻撃を止めるよう伝えておきます」

マッコウが新しい作戦を考えている間、2人はやることが無いためおやつタイムとする。先程の店で購入した落花生のマカロンクッキー。軽そうに見えるがクッキーらしい濃い甘みで、そこへこれまた味の強いピーナッツが効くから満足度が高い。
「ケンジ君、作戦が固まった。目を撃って、その目が復活しようとするところをもう1発仕留めれば、目を完全に撃ち崩せるのではないか、と考えた。シホ君を君の元へ連れてきて、2人でタイミングを合わせてやってみてほしい」
「上手くいきますかね?」
「やれることはそれしか無い。これは命令だ、背いたら懲罰だ」
シホを呼び寄せるケンジ。
「わかった。そっち向かうね」
「僕が最初撃つので、コントロール力のあるシホさんにとどめをお任せします」
「任せて!長い闘いになるかもだけど頑張ろう」
「ありがとう!気をつけて来てね」
しかし大移動にはリスクが伴う。シホの乗るジェリオンPart1は、ケンジの元へ向かう途中で亜人の視界に捉えられた。
「うわうわうわうわあ!」
シホの逃走する先には、ケンジが身を潜める叢がある。
「ケンジくん!向こうから亜人が来る!」
「えっ?」
ケンジは隠れていれば良いところ、咄嗟に飛び出してしまう。
「2人とも何をしてるんだ!」
「ごめんなさい、つい怖くなって!」
「私が誘き出しちゃった!せめて黙っていれば良かったものを」
「こうなったら仕方無い。本丸の方へ逃げろ」
「それでどうするつもりなんですか」
「カツミ作戦だ。もうそうするしかない」
「申し訳ないです……」
「とにかく逃げろ。捕まれば影に食われて精神を蝕まれる。本丸に着いたら、本丸を跨いで山に登れ」
マッコウは本丸にいるスタッフを全員地下のPCRセンターに避難させる。シホとケンジはジェリオンの力を借りて最大戦速で駆け抜け、本丸を飛び越えて山の裏に飛び込み亜人を撒いた。亜人は本丸の真上で辺りを見回す。
「今だ、カツミ作戦!スイッチオン!」
本丸から強烈な電磁波が放たれる。それは亜人を見事に包み込み機能を停止させた。本丸地上部を押し潰す、魂を失った巨大な球体を、ジェリオン2体が協力してどかす。
「さあジェリオンを伝って地上へ」
「シホ君ケンジ君ありがとう。……申し訳ない、これは完全に僕の作戦ミスだった」
「作戦……ミス?」
「あの亜人は視界に入ることさえ許さないものだった。ジェリオンで立ち向かおうとせず、最初からカツミ作戦を遂行すべきだった。本当にすまない……」
「無駄な労力を」
「でも的確に指示いただけて良かったです」
「居室を壊してしまって申し訳ない。FUJIYA支部へ案内する」
マッコウを肩に乗せ、ジェリオンで箱寝を去る。これから向かう先は、同じく温泉地として名高い湯瓦の山間にある「YUSO」。ここが新たな2人の居住地となる。
「お詫びにナッツヴェセルを差し入れた。今日のところはそれを食べて休んでくれ」

薄いサブレを土台に、ミックスナッツ達を分厚いキャラメルで固めた菓子。キャラメルの力強い苦味甘味とナッツの多様な香ばしさをサブレが受け止める絶品。
「疲れた体に沁みるねこのアタックは」
「マッコウさん、優しい一面もあるじゃん」
「あの人だって悪魔じゃないわ。ちゃんと私達のこと考えてる」
「そうだね。僕ももっと訓練しよう。マッコウさんの期待に応えるために」
「良い心構えだね。やっと素直な目になってきた」
「自分の存在意義も確かなものになった気がする。シホさん、気づかせてくれてありがとう」
「え、何いきなり?でも嬉しいよ。こちらこそ、ありがとう」