荒廃した首都東京の代わりに首都機能を担う温泉地・箱寝。頻りに襲い来る人類の脅威「亜人(あと)」と闘うため、人造人間ジェリオンのパイロットに選ばれた淀ケンジと水波シホの物語。
*某革新的アニメ作品と似ているように見えますが、全くの別物です。
予期せぬ月食は数十秒で終了した。
「おいケンジ君、街がざわつき始めている」
「何があったのですか?」
「さっき一瞬月が欠けたんだ、月食でもないのに。恐らくあれは隕石だ」
「隕石……それって結構一大事ですよね」
「悠長なこと言うな!大きさによっては文明の崩壊、人類滅亡にだって繋がる。東京が住めなくなったあの騒ぎ以来の災害になるぞきっと……」
「ケンジくん。貴方は心配しなくて大丈夫、私がそばにいれば」
「どういうこと?」
「私の言うこと聞いていればなんとかなる」
「だからどういうこと⁈」
「いいから!私が守ってあげる。ジェリオンに乗って高台に行くわよ。ほら!乗る!」
「仕方ないな……ジェリオン、発進!」
発進直後、隕石が日本の近海に堕ちた。未曾有という言葉ですら片付けられない大津波が発生し、海沿いどころかYUSOのある山間の街までもが呑まれた。マユミの指示でより高い山間に逃れたケンジとYUSO幹部は無事であった。
「街が滅茶苦茶だ……」
「YUSOも壊滅してしまった。箱寝の本丸が直るまでは野宿か」
「助かっただけでも良しとしましょうよ。やっぱり私の読み通りね、海にいくと思った」
「もし本土を直撃してたら?」
「もっと悲惨なことになっていたわ。でもこれでこの国は間違いなく大混乱となる。この状況で亜人なんか襲来してきたら、それこそ本当の終わりを迎える」
「どうすれば……」

あらゆる有事を想定し対策を練るマッコウ。その間もマユミはケンジに優しくする。
「僕とシホさんで守ってきた街が壊れてしまう……」
「大丈夫だよ。街の人たちはケンジくんに感謝してるわ」
「そう……なのかな」
「私もそう。亜人襲来で不安に思う気持ちをジェリオンが払ってくれた。危険な任務にも関わらず勇敢に闘うパイロットさんに、いつかお礼を言いたいと思っていた。その正体がまさかケンジくんだとは思わなかった。それを知って、会わずには居られなかったんだ」
「僕に態々会いに来てくれるなんて……僕の人生では無縁のことだと思ってた」
「ケンジくんは感謝されるべき人なのよ。私すごく嬉しいの、あんなに人を避けて生きていたケンジくんが今や国防の最前線で活躍していること」
「そんな、国防だなんて大袈裟な」
「謙遜しなくていい。誇りを持って生きてほしい。そして、私もそんなケンジくんの助けになりたい」
「助けてくれるのはすごくありがたい」
「シホさんの居なくなった喪失感を埋めてあげられるかはわからない。でもケンジくんに少しでも近い身として、やれることがあると思うの」
「マユミさん……そんなに僕のこと思ってくれるなんて、何だか嬉しいよ」
「やったぁ。じゃあくよくよするのもおしまい。今日からまた前向いていこう」
「ケンジ君、ちょっとこっちへ」
「マユミと仲良くなっているところ申し訳ない。アイツは亜人だ」
「はっ⁈どういうことですか信じられない」
「仲間のフリして近づいているが、調べてみたところ隕石落下はアイツの仕業だ。海に堕ちることもわかっていて僕らを高地に連れ込んだんだ」
「そんな……」
「このまま放っておくと更なる大惨事は免れない。そこで命令だ、マユミを退治してくれ」
「退治……ですか」
「ジェリオンに乗って捻り潰すだけでいいだろう。残酷だがやるしかない。いいな」
「……やります。やればいいんでしょ」
「ああ。気持ち的にしんどいとは思うがやってくれ」
乗り込んでいたジェリオンで、マユミの元へそっと近づく。悟られる前にマユミを摘み上げ、手の内で握り潰した。その瞬間、マユミと共にジェリオン、そしてケンジの体までもが溶け始める。

ケンジは気付いたら竹林に放り出されていた。辺り一面見渡しても何も無い亜空間。それでも気力を振り絞って登ってみると、何とも洒落たハコを発見した。中を覗いてみるとそこはフレンチレストランであり、客足は疎らのようであったが、楽しげに食事をする2組の影がある。

「ピクルスにサラミ、これらガーリックトースト?カジュアルな店で出てくるアミューズだわ」
「その方がわかりやすくて美味しいんだよな」
そう会話する2人はマッコウと、そして今は亡きケンジの母親であった。
「え待って、僕が見てるのは幻?母さんはもう……」
「ケンジくん牡蠣苦手なの?」
「火がしっかり入ってればいいんだけどね。今日ちょっと疲れることしちゃったから、シホさんに全部あげる」
「やった!私大好きなんだ牡蠣」
「シホさんもいる……ここってもしかして異世界?」


「これは鰹?」
「フレンチで半熟の茹で卵みたいなの置くの、やっぱり独特わね」
「何が悪いんだ。マヨネーズみたいな濃いソースもあって美味いぞ」
「ピンクペッパーのアクセント、素晴らしいわね」


「イカだよケンジくん」
「イカか。味気ないから好きじゃないんだよね」
「でもマヨネーズみたいなのついてるから絶対美味しいよ」
「……ホントだ。なんだろう、オリーブみたいな濃さ?があるからすごく美味しく食べられる」
「火も通ってるからね。玉ねぎも美味しいね」
フレンチの外面を保ちつつ素人でも理解しやすい味付けの料理を愉しむ幻影たち。ケンジはどういう気持ちで眺めていれば良いのか解らずに居た。
「僕は今何を見ているんだ?見てはいけないものを見ているのか?僕は今何処にいるのか?もしかしてあの世なのか?僕は死んじまったのか?だったら逃げないと。でも待てよ、ここで逃げたとて、どこに逃げればいいんだ?この世への出口がある場所を僕は知らない。このレストランがこの地域における唯一の建物だとしたら、ここで情報を得た方が確実なのかもしれない。でもこの建物は不気味だ。既にこの世を去った人が2人、マッコウさんの安否もわからない。そんな人たちがいるハコに入ったら、僕はミイラになることだろう。どうすればいいんだ……」


「野菜苦手だよねマッコウくん。私が食べてあげようか?」
「いや、食べてみる。ちゃんとした店の料理の中なら食えると思う。僕は逃げないよ」
「素晴らしいわ。あら、肉は兎らしいわ」
「兎の肉……?」
「鶏肉みたいなものよ」
「そうなんだ。……ホントだ。淡白で全然食べやすい。野菜も美味いよ」
「へぇ。父さんも子供っぽいところ、あるじゃん」
「あれ?外になんか人がいるわ」
「こんな何もない竹林に、何の用だろう?」
「坊や、良かったら入ってきなさい。そんなところいたら風邪引くわよ」
「聞こえてるかわからないぞ」
「聞こえないか。あ、でも建物に入ろうとしてる」
建物入口までやってきたケンジ。しかし寸前になって足が止まる。ただならぬ異界への予感を察知したためであった。


「何だこれは?フレンチというより和食じゃないか」
「ナイフで食べるの違和感だね。でも美味しい。お魚も良いやつだし、お出汁が何より沁みる」
「この店は自由だね。保守派のフレンチ愛好家はもしかしたら怒るかもしれないけど、兎に角美味しいものを食べたい人には嬉しいと思う」
「ケンジくん、そんなにフレンチ食べ歩いてたっけ?」
「……テキトーに言った」
「もう、ケンジくんったら。そういうところが面白くて好き」
「もしシホさんが亜人に呑まれなければ、僕もああやって楽しくデートしてたのかな……」
突如号泣し始めたケンジ。自分の置かれた状況が全く理解できず、このまま身が果てることへの恐怖心もあったものと思われる。
「このままここに居ても、何も変わることは無いわ」
母親の声がする。
「そうよ。中に入ってくればいいのに」
シホの声もした。
「外は暑いわよ。シホさんも言ってることだし、中に入りなさい」
「何も考えないで、指示に従うのよ。今までもそうしてきたでしょ」
「わかったよ……入りますって」
入ってみると、外で見ていた両親もシホもケンジも居なかった。それどころか店員すら見当たらない。あまりにも不気味なため竹林に戻ろうとするが、出口の先は真っ暗闇になっていて更に不気味であった。
頬を抓るケンジ。痛かった。自分は未だ生きている。それならいっそ、このハコから抜け出してしまおう。
抜け出した先に竹林は無く、ベルトコンベアのように押し戻そうとしてくる暗闇の中を、踠きながら一心不乱に走っていく。
「ケンジくん、もう悲しまないで。ケンジくんは強くなった。1人でも生きていける。私の分まで精一杯生きて。……でもやっぱりもう一度だけ、ケンジくんに会いたい。走り抜けたら会えるかもしれない。ケンジくん、頑張って走り抜いて!」
闇の先に白い光が見えた。最後の力を振り絞って身を光へ投げる。
気付いた時には、ケンジは砂浜に寝転がっていた。その腕は、白と青のギンガムチェックの水着をつけたシホを抱いていた。
「シホ……さん?」
「気持ち悪い!」
ケンジをビンタするシホ。テニスの経験があったためかなり激しいビンタである。
「痛っ!」
「ケンジくんの変態!でも……ありがとう」
「俺も嬉しいよ。シホさんとまた会えて」
「亜人討伐はお終い。これからは平和に暮らせるね」
「ジェリオンパイロットからの卒業か」
「ケンジくん、卒業おめでとう」
「シホさんも、卒業おめでとう」
このアニメ作品は、人気女性アイドルグループ「TO-NA」を卒業するメンバー・シホのために制作された。ケンジ役を務めたTO-NA特別アンバサダーのタテルと共に、湯河原の竹林の中にあるフレンチレストランを訪れていた。劇中に登場した料理を次々堪能し、次は肉料理。


「え、この肉料理すごく美味しい」
「俺も驚いてる。肉にこんな濃いソース乗っけること珍しいからさ」
「百戦錬磨のタテルさんでも見ないものなんですか?」
「見ない。肉に何か纏わすって、パイ生地かフォアグラくらいだね。ソースを足すなんて珍しい。肉自体も脂が少なくて肉肉しいし」
全話のアフレコを終え、打ち上げとして食事を楽しんでいた2人。
「シホの思い出を鏤めてみた。深夜ラジオの生放送中に居眠りして怒られた件、猛暑のライヴで理不尽な説教されて怒り叫んだ件、配信中に顔が大きいとか言って号泣した話」
「マイナスなことばっか。でも今や笑い話です」
「こんな美人なのに何かとネガティヴなところが推せるんだよなシホは」
「もう、すごい鼻伸びてますよタテルさん」
「だって可愛いんだもん」
「その割には全然私に構ってくれませんでしたよね?京子とばかり付き合って」
「俺ももっと戯れれば良かったと後悔してる。まあ京子とは恋人だったからさ、許してくれよ」
「じゃあ私が卒業したら構ってくれます?」
「勿論だよ。こんな可愛い人を放っておくもんか」


酒に弱いシホに合わせシャンパーニュ1杯で通していたタテルであったが、店員からの勧めもあって食後酒をオーダーした。フランスのウイスキー「BELLEVOYE」のソーテルヌカスクフィニッシュ。ソーテルヌの甘くてリッチなニュアンスを持つ芳香。
「タテルさんよく飲みますよね、強いお酒」
「そっちの方が太らないからね」
「太るか太らないか、なんですね。私なんてコーヒー飲んだら眠くなっちゃって」
「普通逆だろ。カフェインで目が醒める」
「私はすぐムニャムニャしちゃう……」
「ダメだ、可愛すぎるだろ」


デザート1品目。ミックスナッツやドライフルーツを、チョコでヌガーのように固めた分厚い土台が堪らなく美味い。ナッツアイスとマーマレードの力を借りつつ、兎にも角にも土台が良い。
「作品の性質上ちょっとエロティックなニュアンスもあったけど、大丈夫だったかな……」
「大丈夫ですよ。オーラリー後楽園さんだって時にエロめいたことしますし」
「シホを見てると、エロいこと考えちゃうんだよね」
「変なこと言わないで!」
「エロって言っても上品なエロよ。サザンみたいな」
「どういうことですか?」
「桑田さんのエロは臭くない。シホにはそれが似合うというか」
「そう言われると、悪い気はしないですね」
「だから安易に裸になるとかは止めてね。真面目なシホのことだから大丈夫だとは思うけど、決して安売りはしないでもらいたい」


デザート2品目。一見すると昔懐かし喫茶店のプリンだが、ブラジリアンプリンと言ってココナッツミルクが使われている。これが奥行きのある濃厚さを生み出し、エロスも含まれた上質なクラシックプリンとなっている。

「シホがグループから居なくなっちゃうの、寂しいな。歌も上手いし身体能力も高いし、永遠にアイドル続ける才能あると思うんだけど」
「すごくありがたい。でもそんな環境でずっと甘える訳にもいかなくて、独り立ちして自分の力を試してみたいんです。だから私は少しばかり、魔法修業してこようかと思うんです」
「魔法修業⁈どういうことだ」
「ハリーポッターの本場イギリスに行って、ホグワーツ魔法学校的な所で学んでみたいんです」
「そんなのあるんだ」
「魔法もそうですし、アクションも学んでみたいと思ってて。アイドル時代に習得できなかったバク転、何十回も連続でできるようになって帰ってきます」
「シホなら絶対できる。楽しみだ」
「また鼻の下伸びてます」
「自覚はあるよ」
「運動神経の良い女の子好きなんですもんね。期待に応えて見せますよ」
酒2杯飲んだタテルの会計は2万円を少し超えた。手配したタクシーに乗り込み(急坂の続く道のりのため徒歩および公共交通機関でのアクセスはハードすぎる)、湯河原駅へと戻る。
「タテルさん、これは私からの最後のプレゼント。コバルトブルーのクマちゃん」
「あら可愛らしい。俺こういうの好きなんだよね」
「タテルさんとオソロです。離れている時は、これ見て私のこと思い出してください」
「ありがとう。でも俺は常にシホのこと想うだろうな。同学年でこんな可愛らしい人がいるって、すごい誇りだよ」
「え〜嬉しい、泣いちゃうよ……」
「シホって自分のこと『天使』だと思ってるじゃん」
「改めて言われると恥ずかしい……」
「恥ずかしがるな。面白いじゃないか。シホは俺にとっての天使だ。これは揺るぎない事実。一生そう想い続けることだろう」
「タテルさん……」
「これは絶対失くさないようにする。おじいちゃんになっても大切に持っているさ」
卒業コンサートを終え、シホは倫敦へ旅立った。日本は間も無く夏となり、異例の猛暑の中、シホのいない砂浜にタテルは立ち尽くしていた。夏フェスのセトリを考えながら、シホの居ない物足りなさに酔っていたと云う。
—完—