人気女性アイドルグループ「TO-NA(旧称:綱の手引き坂46)」から、メンバーのアヤ(25)が卒業する。「横浜が似合う女」として話題となったアヤは、TO-NA特別アンバサダーのタテル(26)と卒業記念の横浜デートに出かける。
アヤは部屋の片付けに明け暮れていた。3日後にはTO-NAハウスを去ることになっていて、クローゼットにびっしりと詰まっていた衣類などを3個あるスーツケースに少しずつ纏めないと間に合わない状態だった。
「ねえパルちゃん、タテルくんってどこ行った?」
「アヤ姉さん、まだいたんですか?もう出かけたものだと」
「あ…」忽ち口を押さえるアヤ。
「もしかして、喧嘩してます?」
「いや、その、えーっと…」
「みんな大体察してますから。タテルさんと口利いてなかったんですよね?」
「その通りよ」
「喧嘩したままでいいんですか?明後日には卒業セレモニー、その翌日にはお別れなんですよ!」
それを聞いてアヤは涙ぐんだ。
「タテルさん、桜木町で待ってると思いますよ。行ってあげてください」
「わかった。心配かけてごめんね、みんなにも伝えといて」
一方、桜木町駅に戻って来たタテル。一度は改札の方向へ足が向かうが、ここで帰ってしまうともう二度とこの地を踏む気力が沸かなくなると思い、ならばその前に横浜らしいあの店を訪れておこうと決めた。
カップルで溢れる北口から向かった先は駅前の商業施設・コレットマーレ。その2階テラスにあるのが、横浜を代表する青果店・水信のフルーツパーラーである。混雑を懸念していたが、13時過ぎで2卓空席があった。この時期はちょうどさくらんぼパフェがお勧めということで注文してみる。
セルフサーヴィスの水にも青果店の矜持があって、フルーツ水が2種類用意されていた。水道水が苦手なタテルには嬉しい試みである。
とは言いつつドリンクセットも頼んでいて、フルーツの味をしっかり感じたいという考えから紅茶を選択した。オリジナルブレンドとは言うが惰性で飲んでしまい違いはわからない。沢山のフルーツと蜂が描かれた茶器は可愛らしいものである。
お待ちかねのチェリーパフェが登場。立派なさくらんぼ(紅秀峰)とアメリカンチェリーが鎮座しており、クリームも綺麗な仕上がり。チョコレートアイスとの相性が良いのも特徴である。下にはアマレナチェリーやグリオットが入っていて、しなしなの食感と熟した甘酸っぱさが堪らない。
ただ頼んでおいて言うのもなんなのだが、特にフレッシュチェリーとは些か味が弱いものであり、脳内で勝手に弾き出された期待値をどうしても超えられない。
マンゴーパフェの方が満足度高かったかな、という思いが頭を過った時、さくらんぼの妖精がタテルのいるテーブルに近づく。
「タテルくん!」
「アヤ…ごめんな、拗ねてしまって」
「こちらこそごめん、意地張っちゃって」
「俺は信じてた。アヤが今日桜木町に来ること」
「待っててくれてありがとう。喧嘩したままお別れなんてバカみたいだよね」
「そうだよ。ほら、アヤもパフェ頼みな、大好きなさくらんぼだよ」
アヤがパフェを頼むと同時に、タテルはカットフルーツ盛り合わせを追加注文した。素材主義のタテルにとっては、これが一番フルーツの良さを感じられると云う。
「うちらがお互いを避けていたこと、メンバーにはバレていたみたい」
「マジか…長い時間一緒にいる仲間の目は誤魔化せなかったか」
「だからちゃんと話すね、卒業の理由」
まずは年齢のこと。グループでも5番目に年長だし、これからは下の世代のメンバーがグループを引っ張っていくべきだと思ってる。
太ももの件については、TO-NAに改名してトモキ先生のダンスレッスン受け始めた頃から限界を迎えてた。歌に自信がない分、本当はもっとダンスを頑張って観る人たちを勇気づけたかった。だから無念の思いが強くて、タテルくんに突っ込まれた時は悲しさが溢れてしまった。
「そうだったのか…」
「気になるような素振り見せておきながら、私が大人気無かった。本当にごめん」
「俺ももう少し言葉選べば良かった。申し訳ない」
その代わり、新しい夢を見つけた。私の強みは美を追求する姿勢だと思ってる。その強みを活かせる仕事は何だろうと考えた。そして、最高のメイクアップアーティストになることを決めた。
「河北さんみたいな感じか。いいじゃん、めっちゃ似合ってるよ。となると、養成学校に通うのかな?」
「韓国に行く」
「韓国⁈」
「あっちの方が進んでるからね。みんなと会えなくなるのはつらいけど、一度きりの人生だし、とことんやろうと思った」
「素晴らしい決断だと思う。最大限応援するよ。いずれはTO-NAも韓国に連れて行くから」
「それまでにTO-NAはもっと大きくなってるんだろうな。楽しみだね」
果物の質はさすが地元で愛される老舗。メロンバナナは清らかな甘さ、パイナップルには尖った酸味が無く、マンゴーは小さめに見えて甘さがぎっちり詰まっている。リンゴは薄造りで味がわかりにくいが、そもそも旬じゃないので仕方ないだろう。
「ごめん、メロン手掴みでいっちゃって。手掴みだと見苦しいよね」
「ナイフが無いから仕方ないよ。あったら食べやすいのにね」
「お、アヤもついに物言うようになったか」
「ホントだ。やだ〜、タテルくんと一緒にいるから移っちゃった」
「俺をバイ菌みたいに言うな」
「冗談だよ。最後のデート、めいっぱい楽しませて」
タテルは微笑みながら頷いた。
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