連続百名店小説『キミにはハマが似合ってる。』第6話:桜木町に君はもう来ない(綺・Luck/桜木町)

人気女性アイドルグループ「TO-NA(旧称:綱の手引き坂46)」から、メンバーのアヤ(25)が卒業する。「横浜が似合う女」として話題となったアヤは、TO-NA特別アンバサダーのタテル(26)と卒業記念の横浜デートに出かける。

  

次の日、アヤもタテルもTO-NAハウスにいたが、お互い口を利かなかった。利かなかったというか、メンバーやスタッフに余計な心配をかけぬよう、お互い遭遇しないように努めていた。次の、そして最後のデートが日曜に控えているというのに、仲直りする気運は全く無かった。
しかし日曜の昼食と夕食の店は既に2名で予約を取っており、タテルはキャンセルをする気になれなかった。代わりに誰か連れて行けばいい話だし、アヤと雪解けしたい気持ちは心のどこかにあった。

  

関係が修復しないまま日曜日を迎えてしまった。アヤの代わりを見つけることもできず、タテルは1人で桜木町駅に降り立った。急遽1人体調不良で来られなくなったと電話で店に一報を入れ、紅葉坂をとぼとぼと登る。

  

*実際筆者はこのようなドタキャンは行っておりません。最初から1名で予約して行きました。

坂の中腹にその洋食店はあった。階段を登り、「御予約のみの営業となります」と看板の掲げられた扉を開けて入店する。

  

予習した通り、ワンオペで店を回すシェフは無愛想めであった。こういう雰囲気の時こそ、隣に他愛も無い話をできる相手が欲しいもので、それを失ってしまったタテルは料理が来るまでの時間を持て余す。

  

まずは前菜盛り合わせで場を繋ぐ。内容はスモークチキン・ポテトサラダ・菜葉、鮭とキノコソテー、ミニピザ、冷製コーンポタージュ。キノコソテーは季節柄旨味が弱いようだったが、鮭と合わせると美味しく食べられる。ポタージュ及びサラダは普通に美味しいくらいで、チキンも味わいが殻に籠りすぎである。一方でミニピザはチーズががっちり纏わりつき、サラミの塩気も効いている。

  

ハンバーグを待つ間、何もすることのないタテルは店内の様子を観察する。すると自力では歩けないお年寄りとその家族が来店した。勾配のある坂の中腹、入口までも数段階段がある(スロープは無い)というバリアを越えてまでも食べに来たいくらい美味いハンバーグがこれから出てくるのだろうと、勝手な期待を抱くタテル。

  

そのハンバーグは、たしかに肉が詰まっていて、肉汁が必要以上に溢れ出すことも無い。デミグラスソースも濃厚でライスが進む。ただ肉自体の旨味はあまり感じられず、敏感な人は臭みすら覚えるかもしれない。そもそも肉汁を多く蓄えている訳でもなく、タテルは特別美味しいと感じることができなかった。
物足りなさを埋めようと、本当は左にいるはずだったアヤを想像する。自分より手際良く肉を切って、エレガントに口に運んでいる。自分と違い難しいことなど考えなくて、口に入れるとすぐ顔を綻ばせ「美味しいね」と嬉しさを共有してくれる。ああだこうだ言う自分に呆れつつもどこか嬉しそうな顔をしてくれる。

  

勿論そんなアヤの姿は幻である。大人しくデザートのミルクプリンを食べる。プリンというより杏仁豆腐か?いや、アーモンドの代わりにヘーゼルナッツでも使っているような感じがする。口コミを見るとこれは胡麻プリンだという声も多くて、味覚まで麻痺してしまった。それもこれも全部アヤのせいだ、と自己を正当化するタテル。

  

最低限のコミュニケーションを取って会計を済ませ、そそくさと店を後にする。この調子が夜まで続くのか、と考え帰りたくなる。1人ぼっちで横浜の街を歩くこと自体には慣れているが、2人で来るはずだったところを1人で歩くのはつらいものがあった。

  

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