連続百名店小説『キミにはハマが似合ってる。』第4話:何も無かったような顔して 今日も街に溶けて行く(kikuya curry/日ノ出町)

人気女性アイドルグループ「TO-NA(旧称:綱の手引き坂46)」から、メンバーのアヤ(25)が卒業する。「横浜が似合う女」として話題となったアヤは、TO-NA特別アンバサダーのタテル(26)と卒業記念の横浜デートに出かける。

  

観光客のあまりいない南口に移動する。桜木町駅の南口は所謂「野毛エリア」であり、横浜に愛されたアヤにとっても未訪の地であった。「野毛ちかみち」という地下道への入口が早速現れ、次の目的地までショートカットできると踏んだ2人は潜ることにした。

  

みなとみらいの雰囲気とは打って変わって飾り気の無い地下道。ぴおシティには渋めの飲み屋が入居しているなど日常感に溢れた場所である。企み通り、長い信号に引っかかりそうな大通り2本を越えて地上に出ることができた。
「まだお腹空いてない。どっかで時間潰さない?」
「カラオケ行く?あっちにカラ館あるよ」
「いいね、行こ行こ」

  

〽︎大きな観覧車…
「タテルくん、やっぱ歌上手いよ!この曲結構キー高くない?」
「高いよ。菅井ちゃん先生にしごかれて楽に歌えるようになった。アヤは何歌うの?」
「あまり歌上手くないからいいよ、タテルくんの気の済むまで歌って」
「1曲くらい歌おうよ」
「じゃあNGYの『パレオはエクスプレス』歌う。タテルくんも一緒に歌って」

  

共通の推しグループの曲を楽しく歌う2人。その後マイクを譲られたタテルは、青林檎夫人や公式ビアードパパ主義といった現代の曲を歌ったかと思えば、サザンやTUBEなどの一昔前の曲も歌いこなした。

  

〽︎あーだから今夜だけは…
「お父さんが歌う歌歌ってる。タテルくんって幅広い時代の曲知ってるんだね」
「どの年代の人と行っても世代を合わせられる、これが俺の自慢さ」

  

18時15分過ぎ、一生懸命歌ったタテルと一生懸命タンバリンを振ったアヤは、漸く腹が空いたためカレー屋に向かう。野毛坂を登った先を右に曲がると、古くからある個人経営クリニックの入口っぽい扉の前に2組の客が待機していた。テーブル5卓のみ、相席無し、回転も遅めということで、長い待ちを覚悟する。しかし立て続けに先客が退店したため、10分程度の待ちで済んだ。

  

「なんかいろいろある〜。どうしよう」目移りするアヤ。
「ここはハンバーグカレーが有名なんだよ」
「食べてみたいけど、野菜も捨てがたいな」
「前言ったこと思い出して。こういう時は2人同じ物を頼むといい。思い出を共有できるからって」
「わかった。じゃあタテルくんに合わせるよ」
「じゃが芋・ハンバーグカリーのスリランカ風カリーソースでいい?」
「かしこまり!」

  

まずサラダの登場。酸味と甘味のバランスが良いドレッシングがかかっていて、下には角の立っていないポテトサラダがある。当たり前のようで当たり前に作ることのできない美味しさである。

  

「アヤって料理上手だよね」
「上手、なのかな。三枚おろしはできるけど」
「魚捌ける女性アイドルって珍しいよな」
「私が捌いた魚、食べてほしかったな…タテルくん生魚食べたがらないからさ」
「食えなくはないんだけど、すぐ胃腸が崩れるんだよ」
「少しは食べられるんだね」
「ああ」
「じゃあ明後日の練習終わりみんなで集まってさ、お刺身パーティやろうよ」
「それは有り難い」
「タテルくん美食家だから、甘鯛持ってこようかな」
「じゃあ松笠焼きにして」
「何それ」
「鱗が逆立っていてクリスピーで美味いやつ」
「ホント、注文多いんだから…」

  

サラダ登場から15分ほどしてカレーが到着した。ルーはシャバシャバだが、スパイスの豊かな旨味・甘味で米が進む。ご飯を大盛りにすれば良かった、と後悔するタテル。

  

デフォルトの具材はキャベツ、ブロッコリー、オクラ、茄子、卵、麩。どの具材もルーとの相性が良い。タテルのカラオケレパートリー並に幅の広いルーである。
じゃが芋は若干グニッとするくらいの硬さ。滑らかさ、そして芋本来の甘みを携えている。
丸っこいハンバーグは中がレアで少し不安になるが、飲めそうなくらいトロトロで、旨味が驚くほど濃い。タテル曰く、食べたことないけどさわやかのハンバーグもこんな感じじゃないか、とのこと。

  

「すごく美味しかった。タテルくんの美味しい物察知する能力は本当にすごいと思う」
「いやあそれほどでも。じゃあ最後、バーでも行く?」
「行きたい。良いところある?」
「この辺は沢山あるんだ」

  

野毛坂を下っていた時のことであった。アヤが右太ももの痛みを訴える。
「アヤ、大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。これくらいよくあることだよ」
「やっぱり筋肉量が足りてないから…」
「余計なお世話。ほら、早く行こう。遅くなると混むでしょ」
タテルは一抹の不安を抱えながら、アヤと共に夜の歓楽街に溶け行った。

  

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