連続百名店小説『キミにはハマが似合ってる。』第2話:変わり続けてく 見慣れてた街並も(皇苑/桜木町)

人気女性アイドルグループ「TO-NA(旧称:綱の手引き坂46)」から、メンバーのアヤ(25)が卒業する。「横浜が似合う女」として話題となったアヤは、TO-NA特別アンバサダーのタテル(26)と卒業記念の横浜デートに出かける。

  

「で、お昼はどこで食べるの?タテルくんのことだからまさか上のホテルかな」
「図星だ…ロイヤルパークホテルの中華ね」
「めっちゃ楽しみ!だけどタテルくん、その服でホテル行く気?」
「ドレスコードには引っかからないと思うけど」
「ちょっとダサいかな…一緒にいて少し恥ずかしいんだよね」
「お洒落番長のアヤに言われたら何も言い返せねえ。じゃあ俺をコーディネートしてくれる?ランドマークプラザ内の店のやつで」
「ヒルナンデスじゃないんだから…やるけど」

  

メーカーズシャツ鎌倉で涼しげな襟付きシャツとスラックスを見繕うアヤ。
「サイズっていつもどれくらい?」
「たぶんL」
「たぶんって何よ」
「服選びはいつも人任せだから」
「少しは自分で買いなよ。まあタテルくんらしいっちゃらしいけど」

  

「お待たせ!」
こざっぱりとしたタテルのお出ましである。
「いいじゃん、イケてるよ!」
「これなら太って見えないね」
「最初の感想それ?まあ確かにボディライン隠す意識はしたけど」
「垢抜けた気分だよ。体が軽くなったような」
「タテルくんちょっと闇抱えてそうなイメージあったから、明るい服装にしようと思ったんだ。食もいいけど、服にもこだわるともっと心を開放できると思うよ」
「よおし、今度ソラマチで服買ってみようっと」
「いいね!」アヤはとびきりのスマイルを見せた。

  

予約の時間まで少しあったがロイヤルパークホテルに向かった。高層階へ行くエレベーターのロビーに入ろうとした時、このホテルが間も無く3年間休館するという報せを目にした。
「え、なくなっちゃうのここ?」
「改修するだけだ。でも3年は長いね。アヤはなんか思い出あるの?」
「お父さんとお母さんが結婚式挙げたのここ。それ以来結婚記念日はここで食事してるんだ。最近は忙しくて参加できてないけど」
「いいなあ。うちなんて全然そういうのやらない。でもばあちゃんの最期のご馳走はここのフレンチだったな。俺が賞獲って貰ったお食事券使って」
「それは素敵ね。何の賞?」
「ミスった東大グランプリ」
「ここボケるところじゃない」
「ホントだもん」
「変な賞ね。タテルくんにお似合いだわ」
「どういうことだよ…」

  

思い出を大事に抱えながら、今回は中国料理の「皇苑」を訪れる。予約時間(13時)より前だったため少し待たされてから入店した。予約が直近だったため窓際席は確保できなかったが、入れ替わりの時間でまだ客が少なかったため窓際に歩み寄る。ランドマークタワーの入場料を払わなくても景色を楽しめる贅沢な空間である。

  

「みなとみらいの街並みもどんどん変わっていくね」
「たしかに。私が最後にここ来た時、ロープウェーなんてできると思わなかった」
「アリーナが立て続けにできたり、ハワイ資本のホテルがやってきたり。横浜の進化は止まらないね」
「私も進化しないとだよね。これから1人で頑張らなきゃいけないから」
「アヤなら大丈夫だと思うよ」

  

お通しのピーカンナッツ。たおやかに広がる飴炊きの甘さとナッツ感を楽しめる。

  

続けて蒸し鶏のサラダ。さっぱりとしつつも力強いポン酢ジュレは少しオリエンタルな味。タンドリーチキンのような蒸し鶏は間違いない美味しさである。

  

「アヤは何でアイドル目指した?」
「憧れだったから。実はあまり言ってなかったんだけど、NGYが好きだったんだよね」
「マジか!俺もだよ」
「それは知ってた。でもタテルくんはアカリさん推しでしょ?私ジュレナさん推しだからちょっと違うのかなって」
「え〜言ってよ〜」
「言えば良かったね。とにかくジュレナさんに会いたくてオーディション受けて、拾ってもらえたのがこのグループなんだ」
「なるほど、アヤらしいね」
「どういうことよ?」
「オーディション受けた理由が月並みなところ」
「馬鹿にしてる?結局悪口じゃん」
「まあまあまあ」

  

続いてコーンスープ。中華らしくない料理に見えるが、コーンの濃厚さの中に、中華の矜恃を含んだ塩味がある。
「アヤは月並みを極めてる。月並みだからこそ醸し出せる美しさ、というものがあるんだよね」
「確かに私は平凡な人だった。それでもアイドルになれて、キラキラした夢のような場面に何度も出会えた」
「俺も君に出会えて良かった。こんな美しいアイドルに出会えるなんて夢のようだ」

  

点心はそんなアヤを象徴するかのような、月並みだけど高級な品である。海老蒸し餃子はモチモチとした厚い生地の中で、海老の旨味が華やかに香る。焼売もオーソドックスに見えるが、肉だけでなく椎茸などの旨味を総合的に押し出している。
「俺、アヤの大喜利が地味に好きなんだよね。アヤの回答見てると、彼女感に溢れていて好きになっちゃう…」
「嬉しいな。私も正直言うと、タテルくんのことが好きなんだ」
「えっ?」
「わかってるよ、京子が一番好きなのは。だけど私は京子よりも先にタテルくんと一夜を共にした。ちょっとくらいお付き合いしたかった」
「待て待て。今さら何を…」
「もっと押せば良かった!そうすれば私は今頃タテルくんを…」
「泣くなって。俺はどうすればいいんだよ」
「アイドル活動もそう。もっと強い押しがあれば私はもっと人気になれた。未来のTO-NAに私も立っていたと思う。しょせん私は月並みの女だよ…」
「やめろよそんなこと言うの。後悔なんかすることないだろ。立派なアイドル人生だった、って言ってたよね」

  

その言葉を聞いてアヤは正気を取り戻した。
「ごめんなさい。ちょっと本音が出ちゃった」
「将来が不安か?」
アヤは小さく頷いた。

  

ここで御膳が登場。前日の消化不良を引き摺っていたタテルは、追加料金を払い御飯を中華粥に変更していた。

  

海老チリには立派な海老が4尾入っている。思ったより辛みが強く押し寄せる。

  

鮑の鶏白湯煮込みは噛み締めるにつれ磯の香りが立つ。海鮮好きのアヤはご満悦であった。鶏白湯も濃厚で、海産物の鮑と喧嘩することも無い。

  

干し貝柱入り中華粥もまた濃厚な味で、追加料金を払ってでも食べたいものである。

  

「私もお粥にすれば良かったかな。高級中華のおかずは白ごはんと合わないんだよね」
「だよね。それだったら大衆中華でいいじゃん、ってなっちゃう」
「タテルくんと一緒にいるとどんどんグルメになっちゃう。あ、悪口じゃないよ。すごく楽しいんだ」
「それは良かった」
「卒業しても、美味しいお店教えてくれる?」
「勿論だよ。なんなら偶には食事行こうぜ」
「行けるといいんだけどね…」

  

デザートの杏仁豆腐。ミルキーな仕上がりで美味しいのだが、具材が既製のフルーツ缶。鮑がついて6500円のランチだから、まあ仕方ないのかもしれない。
「タテルくん、京子は別として、卒業メンバーとは会ってる?」
「会ってないんだよねこれが」
「でしょ。だから寂しいなぁ、って」
「みんな忙しそうだからさ。アヤもじきにそうなるよ」
「そうかな…」
「そうなってもらわないと困る。何やるつもりなんだ」
「それはね…決めかねてるんだ」

  

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