連続百名店小説『もう泣かないクイズアイドル』第6問:大自然の中でクイズしようぜ!(ブルーラベル/静岡)

女性アイドルグループ「TO-NA」の頭脳派メンバー・コノは、東大卒のクイズ好きであるTO-NA特別アンバサダー(≒チーフマネジャー)・タテルと共に、約1年ぶりのクイズ修行「プレッシャーSTEADY」に挑む。静岡を舞台に、予約困難天ぷら店・日本料理店での食事を懸けて、一般市民を巻き込みながら難題を解いていく。
☆ルール
静岡市内にある食べログ百名店を1軒満喫する度にくじを引き、そこに書かれた場所に到着して周りの人を6人集めたら出題スタート。回答順はコノ→タテル→一般の方々6名→コノ→タテル。

  

静岡駅に戻った2人は、疲れがどっと出て堪らずマッサージ店に飛び込んだ。
「はぁ、旅って疲れるものだね」
「お酒の飲み過ぎですよ。ビール飲んで、日本酒3種類飲んで」
「いつもより少し酔いの回りが早いかな」
「朝から駆け回りましたもんね。ふぁ〜、眠い…」
気付けば1時間も眠ってしまった2人。これほどまでに熟睡した客は初めてだと、マッサージ師も舌を巻く眠りっぷりであった。

  

仕事の都合でその日のうちに帰京しなければならない2人は、百名店で夕食を摂ってから帰りたいところであった。スパーゴで煮込みハンバーグを食べたり四川飯店で中華三昧したり泰平で地魚祭りをしたりすることを考えるが、あれだけ贅沢に天ぷらを食ったものだからどうにも腹が減らないものである。
「コノ、これは完全に俺の好みだから拒否権もあるけど…」
「バーに行きたいんですよね」
「バレた?」
「バレバレですよ。絶対行くと思いました」
「やめとく?」
「いや、行きましょう。ここは夜だけしかやってない店を訪れておいて、昼営業してる店は3日目に残しておいた方が良いと思います」
「なるほど。じゃあお言葉に甘えて」
「バーなんて初めて。緊張しますね…」

  

夜の街という印象の強い江川町通りを南進し、国道362号に突き当たる少し手前にあるアーバンビル。古そうな雑居ビルではあるが、カラフルな案内板が目を引く。

  

小さなエレベーターで6階に向かうと、「天国に一番近いショットバー」という謳い文句が現れる。それが2人の目的地・ブルーラベルである。
中に入ってみると、ウイスキーのボトルが、バーカウンターだけでなくカウンターの後ろ、テーブルの横、入口近くなど至る所に並べられている。カクテルを愉しむつもりで訪れたが、ウイスキーも積極的に味わうことを心に決めたタテル。

  

カウンター席に座り、女性店員に最初の注文を訊かれる。その店員は終始物腰の柔らかい接客を繰り広げ、壁を作りがちなタテルも心を許した。

  

「何を頼めば良いんですかね?」
「初めての人はジントニックがいいんじゃない?俺も飲もうかな、暑かったし」
「じゃあジントニック2つで」
「ジンのご指定はございませんか?」
「はい、お任せします」

  

オーソドックスにビーフィーターのジントニック。
「あ、これはただのジントニックじゃないですね。味わいが深いです」
「一流のバーで飲むジントニックってそういうものだよね」

  

チャームはレーズン、そして静岡産いちごのジャムを載せたクラッカーである。
「ジンはお任せします、って言ってましたけど、指定することもできるんですか?」
「できるよ。ジンといっても色々あるからね。最近は国産のクラフトジンも大人気だし、それこそコノの地元京都には季の美という有名ブランドがある」
「クラフトジンは様々なハーブやスパイスを配合して、個性的な味わいに仕上げるんですよね。面白いですよ」
「へぇ〜、それは試してみたいですね」
「積丹半島のジンや秋田杉のジンを飲んできたけど、森やお花畑に入ったかのような香りがして落ち着くんだ。ジントニックでも良いんだけど、純粋な香りを愉しむんだったらジンソーダがお勧め。トニックの苦味が合う合わないあるからね」
「じゃあ今度お勧めのジン、飲みに連れていってください」
「あいよ。そしたら俺はウイスキーを。静岡に来たらやっぱりあのウイスキーを…」

  

タテルが想定していたウイスキーはガイアフロー。静岡駅から約1時間バスに揺られた先にある山奥の蒸溜所で作られるものである。だがこの日はその取り扱いが無く、代わりに提案されたのは同じ県内の井川蒸溜所Flora2024であった。
「なんか珍しそう。飲んでみます!」

  

この店においては、ウイスキーのストレートはワイングラスにて提供される。脚のないテイスティンググラスも勿論用意されているので御安心を。
まず香りを確かめる。バナナのような香りが色濃く出ている。続いて口にしてみると、これがスカウトキャラバンのグランプリのように初々しく、何色ににも染まりそうな可能性を覚えるものである。
「井川蒸溜所はここから車で4,5時間かかりますね」
「そんなかかるんですか?」
「静岡県の形を思い浮かべて…なんか角みたいなところですかね?リニアが少し掠めようとしている」
「そうですそうです!」
「だとしたら相当山奥ですね」
「そうなんですよ。ガイアフローと違ってバスも通っていなくて、ひたすら車で北上します。途中ゲートがあって、許可がないと入れないんです」
「ワクワクしますね。静岡の山間部、秘境感あって憧れなんです」

  

「静岡にそんな山深い場所があるなんて意外ですね」
「そんな意外か、コノ」
「海のイメージが強いので」
「まあな。でも南アルプスこと赤石山脈も通っているし、大井川鐵道は山間部を走る秘境路線として人気なんだ。奥大井湖上駅とか映える秘境駅で話題よ」
「うわ綺麗!こんなところに駅作るんですね」
「面白いでしょ。終点の井川駅からもっと山奥なんですかね蒸溜所は?」
「全然奥です。本当に本当に山奥です」
「まさか井川蒸溜所が出題場所になること、無いですよね?」
「公共交通機関が通ってない場所はくじに入れてません」
「助かった…」
「でも逆に言えば、山間部でもバスがあれば出題場所になり得るんですね」
「それはどうでしょう」
「行ってみたいけど…タイムロスにはなるよね」

  

引き続きウイスキーを探るタテル。生まれ年である1997が記されたボトルが気になったため見せてもらうが、裏に記された値段を見て後退りした。
すると似たようなデザインのボトルで2011を見つけた。標準的な価格であったためこちらを選択する。ハイランドの古参蒸溜所・キングスバリーのルーアックモア。ピートによる薬品の香りから、タレのような旨味へとシフトした。

  

「コノは○×対策、してきた?」
「はい、出るかなとは思ったので一応。過去のプレステ動画を漁って、ひと通り対策できたかな、と思います」
「○×は難しいよねでも。前半で終わっちゃう」
「いっても7問目くらいですもんね」
「プレステ○×の8問目以降は神連チャン男性レベル9以降のリスト並に開かないと言うからな」
「ちょっと何言ってるかわかりません」
「到達者がなかなか現れなくてやきもきする気持ちを表す慣用句」
「マニアックすぎますって。慣用句ならもう少し簡潔に」
「放送作家さんからダメ出しされちゃったよ!」
「三村さんみたいな言い方」
「さまぁ〜ずのお2人、結構クイズできるんだよね。大竹さんは2回もハワイ獲ってるし。アンカーを務めて○×の⑩を正解してた」
「もってるお方でもある訳ですね」
「⑩で間違えると気まずいよな。もってる人でありたい」

  

アンカーの責任を再確認したところで、箸休めに甘めのカクテルを作ってもらうことにした。タテルの目に入ったリキュールはヒプノティック。トロピカルフルーツを使用した甘くて映えるリキュールである。これを使ったロングカクテルをリクエスト。

  

グレープフルーツジュースを加え炭酸でメスアップ、MONINブルーキュラソーを垂らして。同じ青の酒でも、ヒプノティックはフルーティな味を、ブルーキュラソーは苦みを担当。このコントラストがこのカクテルの要である。
「ヒプノティックを置いてあるバー、珍しいですよね」
「そうなんですか?」
「積極的に使っているのは秋田のレディさんくらいだと思います」
「全国回っていらっしゃるんですね」
「回っちゃいますね。秋田は特にお酒が美味しくて。日本酒もそうなんですけどバーの充実っぷりも目を見張るものがあって」
「ル・ヴェールさんなら有名ですけど、他にもあるんですね」
「そうなんですよ。秋田行ったら飲んだくれますね間違いなく」

  

「すみませんお2人とも、そろそろ20時になりますので出題場所決めくじだけ引いてください」
「じゃあタテルさん、引いてください」
「近いところでお願い!…梅ヶ島温泉?」
「山奥です。静岡駅からバスで2時間弱…」
「ひょえ〜!一番遠いところ引いちゃった!え、本数もそんな無いですよね」
「調べてみましょうか?平日ですかね?」
「そうですね」

  

調べてもらう間、タテルは再びウイスキーを嗜むことに決める。バニラ系のような甘いものをリクエストすると2択が示された。
「まずはグレンモーレンジィのスペシャルリザーヴ。これはまさしくバニラの香りですね。もう少し濃いのだとシグナトリーヴィンテージのエドラダワー10年。黒糖っぽさがあるかと思います」
「なるほど…」

  

軽めのものの気分であったタテルは前者を選択。全体的に平面の味わい。ゆっくり転がすと微かに甘みが出る。
「なんか俺の舌に靄がかかってる気がする」
「それは大変じゃないですか?コロナとか…」
「コロナではない。でも厳しいゲーム展開になりそうな予感がぷんぷん」

  

「平日ですと、梅ヶ島温泉行きが静岡駅から8:05発で9:54着、帰りが10:41発ですね」
「温泉の滞在時間が50分もない」
「しかもバスが遅れたらもっと滞在時間減る」
「慌ただしいですねこれは」
「もしゆっくり滞在するとなると、次の梅ヶ島発は13:26ですね」
「これだと市街地に戻ってくるのは15時すぎだ」
「梅ヶ島でのクイズに失敗したら、通し営業の百名店探して早く食べてくじ引いてクイズやらなきゃならない」
「遠い場所引き当てたら終わりですね」
「はあ…なんてことしてしまったんだ俺」

  

失意のままチェックを頼む。思い思いに注文を重ねたため会計は1万円を超えたが、タテルのウイスキー愛を汲んだ店員がエドラダワーの方も少しサーヴィスしてくれた。何と有難いことである。しかしタテルの舌に宿る靄は濃くなる一方で、満足行くテイスティングはできなかったと云う。

  

店を出て駅に向かうと、全く予報にない土砂降りの雨に見舞われる。
「ごめんよ、俺が雨男なばかりに」
「雨男なんですか?まあそんな感じはしますけど」
「富士山見れてないし、京子とは別れたし…」
「同棲解消したばかりでしたっけ?」
「一昨日したばかり。はぁ、モヤモヤが重なるなぁ…」

  

帰りの新幹線の中で、コノが1つ案を出す。
「梅ヶ島温泉に前乗りするのってアリですか?」
「いいじゃんそれ。ロケ前日は休みだもんね」
「いやあ、それはちょっと…」
「百名店への入店やクイズ出題は禁止ですけど、移動に関する制限は明言されてませんよね」
「…それはそうですね」
「温泉の画、撮りたいですよね?」
「撮りたいですね」
「よし決まり!梅ヶ島温泉に前乗りです!」

  

こうして半ば強引に梅ヶ島温泉の旅館への投宿を決定させた。3日目スタートの前日、運命の1問を前に温泉と森林浴を満喫するタテルとコノ。

  

翌朝9時、旅館のスタッフを集めてクイズを行う。
「良いお湯でしたね」
「綺麗な空気の中、静謐の時間を過ごせました。さあちゃちゃっと○×クリアして、温石行きまっせ!」

  

引き続き回答順は一般人6人からコノ、タテル、コノ、タテル。選ばれたジャンルは日本地理であった。
①琵琶湖は京都府にある
②伊勢神宮は三重県にある

  

③九州には9つの県がある
「ひいふうみい…7つだから×」
④南アルプスは木曽山脈の異名である
「地元問題ありがとうございます!×です」

  

⑤日本一人口の多い市町村(東京除く)は大阪市である
「出たよ悩ましい問題。プレステの○×らしくなってきた」
「これは横浜だっけ…×」

  

⑥黒潮は暖流である
「忘れたよ暖流と寒流なんて。何となく暖かそうな気がするから○!」

  

一般人ゾーンを見事切り抜け、愈々コノに順番が回る。
⑦北海道の面積は東北6県の面積を合わせたものより大きい
「これは小1クイズで対策しました。○」

  

残るは⑧⑨⑩だが、地理を得意とするタテルは易しい方をコノに残し、自らは難しい方に挑戦する。
「⑨で!」

  

⑨政令指定都市を2つ以上持つ都道府県は5つ以上ある
「えーっと、神奈川、静岡、大阪、福岡…でいいんだよね?不安になるな。時間ない、×」

  

「うわあ回ってきた!⑧で!」
⑧北海道に定期旅客便の発着する空港は10個以上ある
「知らないよ〜!え〜、そんなある?あるのかな…間違えたらごめんなさい、○!」

  

アンカーのタテルに⑩が回ってきた。これを正解すれば温石での晩餐を獲得できる。
⑩今日(2025/4/11)現在、日本の現職都道府県知事で80代の人はいない
「うわぁ、急にテイスト変わったなぁ!えぇ?80代はいそうだよな?いない?…自分を信じるしかないな。お願いします、×!」

  

不正解。恐れていた10問目での失敗が現実のものとなった。言葉を失いその場に立ち尽くすタテル。
「タテルさん?タテルさん?」
「うわあ最悪!ごめんコノ!」
「仕方ないですよ。タテルさんは×だと思ったんですもんね」
「コノだったら○にしてた?」
「それはいいじゃないですか」
「最高齢は山形県の吉村美栄子知事で74歳でした」
「あのリニア反対知事は?」
「川勝前知事は現在未だ76歳ですね」
「全然じゃん!ああ…」

  

泣き出しそうなタテル。泣かないと決めているコノの前で自分が先に泣くなどあってはならぬと、必死で堪えてはいたが、明らかに無理をしている様子であった。

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