連続百名店小説『めざせポケンモマスター』No.019:カビンゴのさと 前編(地球の中華そば/金沢文庫)

ポケンモマスターの道を歩み始めた、ヨコハマシティヤマシタタウンに住む18歳の少女・スミレ。優しい心の持ち主にしか姿を見せない希少ポケンモ・カビンゴを筆頭に個性豊かなポケンモ達を揃えたが、新米トレーナーの登竜門・ビギナーズコンペでは世間の期待に応えられずベスト4止まりであった。
☆スミレの手持ちポケンモ(現時点)
・外に出てスミレと共に歩く
カビンゴ(アブノーマル派)
・カプセルに入れて持ち歩き
ユーカク(ほむら派)
スーミュラ(アイス派)
ハムライピ(ダーク派)
ムテキロウ(アルティマ派)
・そもそも自分自身
スミレジェ(ぶりっ子派)

  

TO-NAを取り巻く一連の騒動で、真夏に予定されていためざンモSEASON3のアフレコは無期限の延期となっていた。しかしこの度TO-NAはフェスの成功などで存在感を見せつけ、濡れ衣を着させられていたタテルも真犯人の逮捕により完全に名誉を回復。めざンモの制作も再開され、10月半ば、遂にアフレコへと漕ぎつけた。

  

タテルとTO-NAメンバーの帰還を祝福するMAYO、るなぴっぴ。先行きの見えない苦況から復帰した嬉しさに涙する関係者達。グループの垣根を越えた一大プロジェクトが、今再び動き出す。その初回のゲスト声優に、メディアには滅多に出ないあの歌手がやってきた……

  

———

  

ビギコンの翌朝、スミレはいつも通りカビンゴを起こし、ダイニングで朝ごはんを食べていた。テレビに映っていたワイドショーには、比較ポケンモ学を専門とするイマダ助教授(万年助手)がコメンテーターとして出演し、ビギコンの結果について持論を展開していた。

  

世間の人々は皆『スミレのカビンゴ、まさかの敗退』なんて騒いでいますけど、見る目ないですよね。

  

フレンチトーストを切っていたスミレのナイフが落ちた。カビンゴもラムボールをパクパク食べる手を止めてしまう。

  

ナギの優勝は既定路線でした。ただ真面目にポケンモを鍛錬、他を寄せつけないファイトの実力を手に入れた。ナギの方が注目されて然るべきなのに、ただカビンゴ持ってるだけでスミレがちやほやされるなんて馬鹿馬鹿しい。何が『百年に一度の妖精』だ『ファイトと美の二刀流』だ『ほんわかとした雰囲気から繰り出される芯の強い攻撃にギャップ萌え』だ。何もかも中途半端。ただ甘やかされて育ったお嬢様。メディアはもっと真に実力のある人を推すべきでしょう!目先の視聴率稼ぎのためにスミレをヨイショするのは低俗だ、視聴者を馬鹿にしている!

  

「ごちそうさま……」
スミレは力無い声を残して部屋に戻ってしまった。
「スミレさん大丈夫かンゴ?」
「そっとしてあげた方が良いかもね。でもあんなスミちゃん初めてよ。余程ショックだったのかもしれない」
「僕も傷ついたンゴ。あの人はポケンモを心から愛していないンゴ」
「スミちゃんの方がずっともっと愛情注いでいるわ。負けるものですか」
「負けたくないンゴ。負けたくない……」

  

一方、ボケット団の三方もイマダの暴言を目の当たりにしていた。
「いい気味だよ。スミレは何もかも甘い」
「ナギの方が格好良いわ。どうしてアタイら気付かなかったのか」
「スミレのカビンゴに気を取られていたから…」
「所詮アタイら、メディアに振り回される凡庸な団員なのニャ」
「ドラネコが言える立場じゃない!」
「とにかく、もうスミレのカビンゴに価値は無い。ナギのカラダグゥを頂きよ!」
「隙だらけのスミレからでさえカビンゴ奪えないアタイらよ。隙の無いナギに太刀打ちできると思う?」
「やってみなきゃわからない!」
「サッチーはそうやっていつも向こう見ずだよね。だから失敗するのよ」
「ミッチーは慎重すぎていつもチャンスを逃すよね。少しは思い切ったことしたらどう?」
「アタイらそろそろクビ切られるんだよ!確実に良いポケンモを奪う、それなら勝手知ったスミレのカビンゴの方が良い」
「いいや、価値はナギのポケンモの方が高い!」
「スミレだ!」
「ナギだ!」
「2人とも止めるニャ!いがみ合ってたらコマッタすらゲインできないニャ!」
「お黙り!」

  

No.19 コマッタ アブノーマル派
その辺にウジャウジャいるから大半の人は目にしても何も思わない。進化マラソンに夢中になっている人からは重宝される。

  

昼ごはんの時間になっても、スミレは部屋に篭ったまま出てこない。心配になったカビンゴがスミレの部屋を覗きに行くと、スミレはベッドの上で仰向けになったまま天井を見つめていた。
「スミレさん⁈大丈夫ンゴ⁈」
「……カビンゴちゃん。見に来てくれたの?」
「死んだように一点見つめしてたから怖かったンゴ」
「ごめんね心配かけて。私すっかり自信無くしちゃって、もうダメかもしれない」
「そんなことないンゴ。スミレさんは強いンゴ」
「私がもっと愛情注いでいれば…」
「そんなこと言わないンゴ。スミレさんはいつも愛情たっぷりだンゴ」
「……」
「暫く休んで、気持ちが上向いたらまた頑張るンゴ」

  

その後食事の時を除き一日中部屋に篭ったスミレ。翌朝になっても、日課である鏡の前での自分磨き(60分)を忘れ、ボサボサの髪のままダイニングに現れた。
「あらスミちゃん、どうしたのその髪?」
「整える余裕が無くて……」
「相当落ち込んでるようだね。ねぇスミちゃん、ラーメン食べにいかない?」
「ラーメン?大好きだけど、外に出たら何言われるかわからなくて」
「車で行けば大丈夫だよ。ずっと家にいても気は晴れないわよ」
「僕行きたいところがあるンゴ。ブンコタウンのラーメン屋さんゴ」
「ああ、アースラーメンね。あそこは確かに話題よ。スミちゃん、行ってみない?」
「わかった。行ってみるよ」

  

ルートベイサイドを南下しブンコタウンに向かったスミレ一行。鈴蘭の生る商店街をまず歩いてみると、薬局の前に不思議な案内板を発見した。

  

「カビンゴのさと」のぬし生家。ぬしは此の薬局の次男坊として誕生した。声変わりという物を経験せず、幼少期から今に至るまで、高く透き通った歌声で人々を魅了してきた。一方で他者のことを思いやれない俗世間の風潮に嫌気が差し、カナリヤのおかに楽園を建設。優しい性格のカビンゴが多く移り住むようになり、ぬしは面倒を見るようになる。楽園に「カビンゴのさと」という名前を授け、俗世間と距離を置いてさとのぬしに転生している。

  

「あの日スミレさんが迷い込んだのもカビンゴのさとだンゴ。ぬしさんは寡黙だけど僕たちのことをいつも気にかけてくれていて優しいお方だンゴ」
「素敵な方に育ててもらったんだね」
「下の世界でもこうやって語り継がれているのは嬉しいンゴ」
「私も訪れてみたい、カビンゴちゃんのさと」
「スミレさん達なら訪問できるンゴ。入口は車で10分くらいのところにあるンゴ」
「こっちの世界に戻って来られるの?」
「その日のうちに出れば大丈夫だンゴ」
「じゃあ先にラーメン食べてから行ってみましょう」

  

商店街から国道側へ1本入った路地にラーメン店がある。休日であっても然程混んでおらず、食券を購入して小上がりの卓に着いた。
「テーブルが多いから複数人で来やすいンゴ」
「そうだね。……」
スミレは相変わらず気分が上がらない。いつもなら笑顔でカビンゴを愛でるのに、無表情で俯いていた。

  

「ほーら、元気出して。折角の可愛い顔が台無しよ」
「いつも可愛いスミレさんが大好きだンゴ。僕の前でぶりっ子やってほしいンゴ」
「ママもカビンゴちゃんもありがとう。ほんの少しだけど元気が出てきた。ちょっと髪だけ整えてくる!」

  

前髪だけ作ったところで、ラーメンが来るムードを察知し席に戻る。スミレはMIXワンタンの塩ラーメンを選択していた。スープは油のコクをまず感じ、その後生姜らしきものが効く。

  

麺が油を纏ってコクを生み、生姜の味でそれを切る、という構成を見出す。
ワンタンは海老と肉の2種類を1個ずつ。肉は実直に肉の味を引き出し、海老は香味を効かせているためか臭みが無くて美味しく食べられた。
チャーシューも2種類載っていてヴォリューミー。茶色の方は恐らくバラ肉だろうか、身は呆気なく解れるが脂身は見事。ほんのりロゼ色の方は筋肉質の身で脂は少しフルーティ。確とした肉にカビンゴも恵比須顔である。
「カビンゴちゃん、塩醤油両方完食!よく食べたね〜」
「満足だンゴ」
「スミレもすっかり元気になったよ!」
「良かったンゴ。いつものスミレさん、可愛いンゴ」
「もう、照れちゃって。カビンゴちゃんのラクエン、どんなところか楽しみ!」
「じゃあ早速向かいましょう!」

  

車を西の方へ走らせること10分弱でトンネル入口に差し掛かった。
「このまま入って大丈夫?」
「大丈夫ンゴ。普通の人は許可証が必要だけど、今日は僕が乗っているから顔パスが効くンゴ」

  

トンネルを抜けると、下界からは想像のできない南国のような世界が広がっていた。大きなマンション以外は全て自然のままであり、カビンゴ達が仲良くかけっこしたりおにぎり食べたり昼寝していたりする。スミレのカビンゴは赤紫色の体をしているが、ここには色とりどりのカビンゴが生息しており、輪になって寝る姿はまるで色相環のようである。
「幼い頃に描いたんだよね、輪っかになって寝るカビンゴの絵。本当に見られるなんて感激〜!」
「カビンゴちゃんも輪になったことあるの?」
「あるンゴ。改めて外から見ると美しいンゴ」

  

すると、スミレは輪から妙に距離をとって座り込む黒いカビンゴを発見した。
「あのカビンゴちゃん、寂しそう。ちょっと声かけてくる!」
「スミレさん駄目ンゴ!」
「カビンゴちゃんどうしたのひとりで?みんなと一緒に寝た方が楽しいよ?」
「ンゴ?」

  

「そなたは何者だ」
ぬしが詰め寄る。
「あ……ごめんなさいごめんなさい、つい気が逸ってしまって。カビンゴちゃんのトレーナーしてますスミレです」
「フンッ、人間の世界から来たのか。悪いが帰ってくれ。薄汚れた世界の人に楽園を乱さないでもらいたい」
「そんな、乱すようなことはしません」
「ぬしさん、スミレさんはとっても良い人だンゴ。美味しいもの沢山食べさせてくれてお洒落も教えてくれる、丁寧に体も洗ってくれるしファイトの後は褒めてくれる、本当に優しい人だンゴ」
「ファイトか。僕はそれが嫌なんだよ。カビンゴは悠々自適のんびり暮らす生き物だ。食べる量は多いが決して争うことはせず、気儘に遊んで気儘に眠る、それでこそカビンゴだ」
「それはそうですけど……」
「ポケンモを闘わすことに秀でた人が讃えられ、その動きの中で人間同士もいがみ合うようになった。君達はその荒れた世界の価値観を押し付けに来た。違うか」
「違います!カビンゴちゃんの故郷を覗いてみたかっただけです!」
「次余計なことしたら帰ってもらうよ。いいかい?」
ぬしの間違いではない主張に、スミレ達は反論できなかった。

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