連続百名店小説『めざせポケンモマスター』No.002:サローネクラブのヒタチノキ(サローネ2007/元町・中華街)

ヤマシタタウンに住む18歳の少女・スミレ。ポケンモマスターを夢見て旅を始める。最初の手持ちポケンモになったのは、優しい心の持ち主にしか姿を見せない希少ポケンモ・カビンゴであった。

  

スマホイトダがカビンゴのステータスを解説する。

No.143 カビンゴ アブノーマル派
おでぶポケンモ 身長6ft、体重1014lb
食べ物を見つけるとなりふり構わず食べ、食べ終わると場所を問わず寝てしまう。大人しい性格なので腹の上に乗っかっても平気。

  

「スミレくんの捕まえたカビンゴは通常の1.2倍サイズとかなりデカい。そして『ムラムラルージュ』というマジカル派のとくしゅわざを覚えている」
「ムラムラルージュ?」
「ちょっとエロティックの気があるようだ。でもスミレに加害することは無いから安心して良い。いずれにしても珍しいカビンゴだ。育成次第では無敵のポケンモになるかもしれない。ソッポ向かれないようにしっかり世話しよう」
「え〜すごい!頑張る私!」

  

スミレは早速、自宅の大きな庭に小屋を作ってもらった。今後増えるであろうポケンモも入れるくらいの広さで拵えてもらい、まもなく冷暖房も完備させる予定である。これにより、ポケンモやスミレが快適にカビンゴの腹の上で寝られるようになった。
「スマホイトダ、カビンゴの食事はどうすれば良い?」
「カビンゴは大食いだが密度の高いものを食べさせれば少量でも満足する。ラムボールもその1つである。さっきは100個一気に喰われたが、本当は10個程度で満足する」
「そうなの?」
「まあ今回は手持ちになる見返りに多く喰らわれたと思えば良い。ラムボールは20個持っておけば十分だからな」
「はーい」
「そして一つ耳寄り情報だ。ヤマシタタウン近辺には他にも密度の高い食べ物が存在する。お勧めはサローネクラブだ。そこにはハーブ派のポケンモが多数生息していて、手持ちを増やすチャンスも得られる」
「とても良いね。早速明日行ってみる!」
「だが予約が必要だ。幸い今からでも取れるみたいだから急いで確保しよう」

  

前日予約のため少し遅めの12:45スタートになってしまったが、何とかサローネクラブを確保したスミレとカビンゴ。クラブではクラブリーダーとファイトができ、勝利してラムボールを与えればポケンモを獲得できる。サローネクラブはハーブ派専門であり、併設のイタリアンレストランで食事をすればファイトをさせてもらえる。
「ヒタチノキ欲しいねカビンゴちゃん」
「ンゴ!」
「ファイト大丈夫そう?」
「ンゴ…」
「全然大丈夫だよ!カビンゴちゃんなら上手くできるよ!」
「ンゴ!」

  

「可愛く頑張ってきてね!」
翌日、いつものように母から明るく送り出されたスミレとカビンゴは店に向かう。ヤマシタタウンの大きな公園の東端、およびシータワーから至近のサローネクラブ。上階にはバービーズというお洒落な衣料品店があり、バトルフィールドは地下にある。

  

「スミレ様ですね。ようこそサローネへ。おお、これは大層ご立派なポケンモを」
「今日はカビンゴが相手させていただきます」
「最強のポケンモを用意いたします。簡単には勝たせませんからね!」
「のぞむところです!」

  

ランチコースの本体価格は1人あたり7000円。食べるだけでなくよく飲みもするカビンゴはワインペアリング(6500円)を追加した。普通のポケンモトレーナーにとっては痛い出費であるが、スミレの一家は裕福であり、カビンゴの育成のためなら金を出し惜しみしない。

  

最初の2品に合わせシャンパーニュが合わせられる。伝統的な作り手のもので、正統派の味わいである。

  

最初の料理はこの店の名物・スピエディーノ。マッシュポテトをA5サーロイン肉で巻いたもので、白トリュフの香りに悩殺される。その後肉の脂も感じられ、思わずもう1個と言いたくなる最強の一口前菜である。
「カビンゴちゃん大丈夫?あと10個くらい食べないと満足しなさそうだけど」
「ンゴォ…」
「白トリュフの香りがあるから1個で満足できる、か。よしよし、ちゃんと適量わかってて偉いね」

  

前菜は帆立とカルチョーフィ(アーティチョーク)のインサラータ。本当は平目が登場予定であったが、生魚が苦手なスミレのため特別に変えてもらった。旨味の凝縮された帆立に、マリーゴールドの葉とレモンオリーブオイルによる不思議な味わいが加わって唯一無二の味となる。
1皿毎の量は全体的に少なめであり、カビンゴは1口で食べてしまう。大食いの人は不満が溜まってしまうだろうが、ランチコースには「密度の高い食べ物」が控えていて、しかもそれは量の指定が可能である。そこまでは何とか堪えよう。

  

次の南瓜スープに合わせ、果実味が凝縮された白ワインが提供される。

  

南瓜(バターナッツ)のスープ「クレマディズッカ」。かぼちゃというとその味わいを凝縮するアプローチが多い中、こちらは程よく水分を含んでいる。香ばしく焼いた南瓜の下には、引き締まった鶏肉のような兎肉が敷かれていた。ローズマリーのアクセントも決まっている。
残ったスープはフォカッチャで拭う。オリーブオイルの染みたものと染みていないものの2種類提供されるが、染みた方は単体で食べても美味しく、カビンゴは即お代わりしたい欲求に駆られた。しかし進んでお代わりを申し立てるのは端ないため、スタッフが持って回ってくるまで大人しく待つことにした。

  

001 ヒタチノキ ハーブ派
なんのきポケンモ
頭が重たく動きは鈍め。見たことない枝葉の広がり方をしていて、子どもたちから好奇の目で見られている。

  

「ヒタチノキは2段階進化するポケンモ。1段階目はヒタチバナ、そして最終進化形は武闘派とのマルチプルであるヒタチヤマだね」
「ンゴ」
「ヒタチヤマはお相撲さんみたいで大きいんだよね。カビンゴちゃんといっぱい相撲取って、お互い強くなろう」
「ンゴ…」
「そうか、武闘派はアブノーマル派唯一の弱点だったね。ごめんごめん」
「大丈夫ンゴ。弱点を克服してこそ最強のポケンモだンゴ」
「スミレも応援するよ。一緒に頑張ろうね」

  

続いても白ワイン。だが後述の強い甲殻類の味をどうしても臭みとして拾ってしまう。

  

全粒粉のタリオリーニに帆立(生魚避けていなければ?赤海老)とシナモン。全粒粉ならではの軽く解れる食感が、甲殻類の濃さおよびシナモンの香りにマッチしている。

  

「やっぱりこのパスタ食べたいンゴ…」
「オプションの世界一パスタ?最初はお断りしちゃったけど、確かに食べたいね」
スマホイトダからも情報が提供される。
「サローネクラブのクラブキャプテン・ユゲはハーブ派ポケンモ使いであり世界一のパスタ職人。彼の作ったパスタは1品でも多く食べておくべきである」
「食べたいね。訊いてみようか」
交渉の結果、少し時間はかかるが次の品として出してくれることになった。

  

世界一のパスタとは、ペンネゴルゴンゾーラに和のエッセンスを融合させたもの。牡蠣の旨味という日本的な要素を効かせながらもベースはゴルゴンゾーラのペンネであり、両方の良さを確と表現できている点は評価されて然るべきである。山椒は香りを添えると共に味わいを引き締める役割をしていて面白い。一つだけ、牡蠣の身は想像以上に弾性があるため歯が弱い人は注意である。

  

カビンゴには柚子皮の入った味醂の燗も供された。強く優しい甘みに癒され、この優しさを以てしてパスタとの相性も抜群である。
「頼んで良かった〜。スミレ蕩けちゃう」
「ンゴンゴ!」

  

すると店のスタッフから、いよいよ〆のパスタ・ポモドーロの量を訊かれる。これが噂の「密度の高い食べ物」である。最低量は20gだが、最大量は明言されていない。
「スマホイトダ、適量は何g?」
「トレーナー(ヒト)の平均は50g。でもとても美味しい食べ物だから100gくらいなら余裕で食べられるだろう」
「じゃあスミレは100gにします」
「カビンゴはラムボール10個に相当する量、つまり250g〜300gで満足できるぞ」
「それでもかなり多いね」
「250gにするンゴ」
ちなみに1kgを超える量も注文可能である。フードファイターであれば挑んでみると良い。

  

ポモドーロの前にメイン料理・仔羊のストゥファート。イタリアの煮込み料理で、羊の程よいクセを覚える。秋らしく茸と菊芋が添えられており、特に菊芋が、チップスと原型両方で入っていてたっぷり味わえる。

  

「カビンゴちゃん、作戦会議しようか」
「ンゴ!」
「カビンゴちゃんの最大の武器は『とびのり』だよね。大きなお腹で相手にのしかかる一撃必殺のわざ」
「ンゴ…」
「体が重たくて飛べない?そっか、お腹いっぱい食べたら動けないよね」
「ごめンゴ…だけどムラムラルージュならいつでも出せるンゴ」
「もう、ニヤけちゃって。面白いねカビンゴちゃん」
「ンゴ!」

  

一方クラブのスタッフは焦りを見せていた。この日はクラブキャプテンのユゲが不在であり、強力なカビンゴの前に自信を失っていた。
「どうしましょうモリヤマさん、トレーナー歴2日の人がまさかカビンゴを手持ちにしてるなんて思いもしませんでしたよ」
「安心しろニイヤマくん。いくら強力なポケンモ持っていてもトレーナーの技量が足りなければ宝の持ち腐れだ」
「でもスミレさんとカビンゴ、すごく仲良さそうですよ。たった2日であの関係性というのは怖いです」
「恐れることは無い。強いとわかっているのなら、最終進化のヒタチヤマ出せば良い。武闘派だからカビンゴに有利取れる。それで行くしかない」
「ラジャー!」

  

002 ヒタチバナ ハーブ派
なんのきポケンモ
色とりどりの花を咲かせており、その香りは人々を癒す。ただし近づきすぎると花粉を浴びてアレルギー発作が起きるので注意だ。

  

そしてポモドーロが現れた。深くて円い器いっぱいに盛られた麺を見てスミレは目を丸くした。
「すごく多いね!食べきれるカビンゴちゃん?」
「一飲みでいけるンゴ」

  

隣にいた巨漢の外国人男性でさえ50gで腹一杯そうにしているのに、カビンゴは宣言通り器を持ち上げてあっという間に中身を飲み込んでしまった。
「美味しかったンゴ。トマトだけじゃなくて香味野菜も煮込まれていて、旨味たっぷりンゴ」
「すごいねカビンゴちゃん!いっぱい食べてえらいえらい!」
「凄すぎるだろ…」

  

==========

  

「凄すぎるだろ…」
アフレコ現場で限界を見せていた、カビンゴの声を担当するタテル。
「一通り食事した後に二郎系ラーメンを食べるようなもんだぞ。食えねぇって!」
「タテルさん、頑張って食べてください!」
スミレ役を務める、女性アイドルグループTO-NAのメンバー・レジェは甘々ヴォイスでタテルを励ます。
「でも本当に旨いからね。今は食べ疲れてるけど、明日になれば恋しくなるものよ。よし、味変要素にワインください」

  

劇中には登場しない(ペアリングに含まれない)野菜の旨味を引き立てるロゼワインが登場。しかし予想以上に旨味と合体してしまい、却って重く感じてしまう。ビールや赤いミモザ(ミモザはオレンジジュース+スパークリングワインという構成のカクテルだが、赤が何由来かは口コミ漁っても謎のまま)をリクエストした方が良かったかもしれない。

  

「全然大丈夫だよ。タテルさんなら完食できますよ!」
人誑しスミレの励ましもあって無事に完食したタテル。しかしお腹が膨れてへとへとになってしまい、次からは120gで注文しようと心に決めた。

  

「くさずもうポケンモのヒタチヤマ、まさかお前を繰り出すことになるとはな」
「ごんすごんす」
「お前の得意技『たこなぐり』でカビンゴを一網打尽にしてしまえ」
「ごんすごんす!」
「あんな甘々のトレーナーじゃどうせカビンゴをコントロールできない。痛い目見せてやれ!」
「ごーんす!」

  

No.3 ヒタチヤマ ハーブ派
すもうポケンモ
頭と体の重さがようやくつり合い、素早い動きができるようになった。一度がっぷり四つになると、動かざること山のごとし。

  

*実際の店員さんは意地悪なんてしません。

裏で蔑まれていることを知らないスミレとカビンゴはデザートタイムに入る。まずは口直しの氷菓・グラニータ。梨と文旦が入っているが、それ以上にセロリとサフランのクセが効いていてよくわからない味である。

  

メインのデザートは「クロスタータディペーラ2024」。名前が謎だが、英語で言い換えればtart of pear、つまり洋梨のタルトである。タルト生地は少しパイのような要素もあって軽く、洋梨とのバランスが保たれている。上に載っているのはゴルゴンゾーラのアイスクリームで、さらにバルサミコ酢やポルチーニ茸パウダーなどの工夫も施されていたが満腹で上手くテイスティングできなかった。

  

「カビンゴちゃん大丈夫、眠くなっちゃった?」
「ンゴォ…」
「ダメでしょ寝ちゃったら。これからファイトだよ。ほら、ハーブティー飲んで」

  

「…ンゴォーーー!」
「良かった目覚めてくれた。ほら、お菓子出てきたよ。ビスコッティとコーヒーフィナンシェとサラミチョコだって」
「サラミチョコ、香り良くて美味いンゴ!」
「良かったね。さあファイトに向かいましょう!」

  

会計を済ませいよいよ相手と対峙する。
「あれ、ヒタチノキじゃなくてヒタチヤマだ…」
「スミレ様、あなたは駆け出しのポケンモトレーナーとお聞きしました。なのに何故カビンゴをお持ちなんでしょうか。天狗になってはいませんでしょうか。本日はヒタチノキではなくヒタチヤマが相手いたします。武闘派ですからカビンゴは不利でしょう。負けを知ることも大事です。さあかかってきなさいカビンゴ…」

  

カビンゴはすやすやと眠ってしまった。あろうことか通り道を塞いでしまったものだから、客が出れなくなってしまう。

  

「ウチのカビンゴがすみません!ほら起きて、お客さん出れないよ」
「ンゴ…」
「おい、ポケンモのオカリナ持ってこい!何てことするんだスミレ様!」
「ごめんなさい!カビンゴちゃん起きてよ〜」
「ありましたオカリナ!吹きますね」
すっくと起き上がるカビンゴ。
「ああ良かった…すみませんでした!お暇します!」

  

スミレとカビンゴはそそくさと退店した。結局何のポケンモもゲインすることができずクラブを後にする。
「ファイトすらできなかった…カビンゴちゃん、頼むから通路上で寝るのだけは勘弁して!」
「ンゴ…」
「そもそも寝ちゃダメでしょ!ファイトあること忘れたの?しっかりして…」

  

「スミレくん、スマホイトダだ。今キミは一番大事なことを忘れかけている」
「もしかして…」
「カビンゴはどんな人の元に現れるか、覚えているよな」
「優しい心の持ち主、でしたよね」
「そうだ。確かにカビンゴは気儘に振る舞う傾向にある。振り回されて声を荒らげたくなる気持ちもわかる。だがその性格を知った上でカビンゴをコントロールする、それができてこそ一流のカビンゴトレーナーだ」
「はい…」
「スミレくんは確か、怒られることが一番苦手だったな。僕はそれを知っているから、キミを怒りはしない。それと同じように、カビンゴの性格をよく理解して、カビンゴに適した接し方を心がけてほしい。できそう?」
「ありがとうございます!危うく関係を破綻させるところでした…」
「少しずつ覚えていけば大丈夫だからな。これからも一緒に頑張ろうね」
「はい!…カビンゴちゃんごめんね怒っちゃって」
「全然大丈夫ンゴ。こっちこそファイト放棄してごめンゴ」
「大丈夫だよ。じゃあ洋服屋さん行く?カビンゴちゃんに似合う何か、探そうよ」
「行くンゴ!」

  

その後スミレは、カビンゴに似合うナイトキャップをプレゼントした。大きな頭を覆える物は流石に無かったため、片方の耳に載せる格好とはなってしまうが大層似合っている。

  

家に帰るとスミレはカビンゴに水浴びをさせ、汚れた体を綺麗にしてあげた。シャンプーだけでなくトリートメントもして、毛のケアも欠かさない。
その晩、スミレは初めてカビンゴの腹の上で眠ることにした。ビロードのような質感とウォーターベッドのような包み込みが心地良くてぐっすり眠れたようである。

  

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