シュトー地方ヤマシタタウンに住む18歳の少女・スミレ。今日からポケンモマスターとしての第一歩を踏み出すことになっている。しかし朝起きてからずっと、鏡の前で身だしなみを整え続けている。
「ママ〜、今日のスミレも可愛い?」
「当たり前でしょ!昨日も今日も明日もずっと、スミレは可愛いよ」
「ありがとうママ!でももっと可愛くしたい。赤いリボンと水玉のリボン、どっちが良いと思う?」
「赤だねぇ、バラみたいで綺麗。スミレがバラまで備えちゃって、最上級に美しい!…待って、もう約束の時間じゃない?」
「ホントだ急がないと!いってきます!」
「可愛く頑張ってきてね!」
ポケンモマスターの道を歩み出す者には、地元にいるポケンモ博士の家に行くと手持ちのポケンモが1匹与えられる。ヤマシタタウン在住のレジェは朝10時にイタリア山に住むエノキド博士の元を訪れることになっていたが、要らぬ自分磨きに時間をかけすぎて10分も遅刻してしまった。
「エノキド博士、すみません遅れました!最初のポケンモはヒタチノキで…」
「ヒタチノキは時間通りに来たリオが持っていった」
「じゃあムゲンシャを」
「ムゲンシャは遅刻をしなかったタマキが選んでいった」
「となると残りはビザマスカ…」
「Kanade punctually came here and took Visamasca.」
「Oh, my God! どうすれば良いんですか私⁈」
「残念じゃが私からはポケンモあげられない」
「あそこにいるペッペは貰えないですか?ペッペペーに進化させてキューティーコンテストに…」
「ダメだ。あれは私が夜な夜なアオバヒルに張り込んでゲインしたものだ。遅れてきた子には渡せないね」
「そんな…じゃあ手持ちポケンモ無しでスタートですか?」
「そうじゃ。始まりの日にいきなり遅刻なんて言語道断。前途多難の道のりじゃのう」
「…」
スタートダッシュに失敗し落ち込むスミレ。自惚れるがあまり時間を忘れた自分が悪いことは百も承知であるが、手持ちポケンモ無しで歩み出すのは相当厳しいことである。
ポケンモの捕獲方法について説明すると、先ず手持ちポケンモとファイトさせ弱らせる必要がある。そして捕獲には喜久家のラムボールが必要であり、弱ったところにラムボールをあげてエネルギーを回復させてあげる。熱いファイトを交わし、最後は相手を思いやる気持ちを見せる、この一連の流れにより信頼感がブーストされゲインに至る。
手持ち無くスタートしたスミレの場合、そもそもファイトができない以上、余程ポケンモから気に入られてついてきてくれないと永遠に手持ちを得られないことになる。絶望感に苛まれながら歩き続け、気づけば海辺にて黄昏れていた。
行けばポケンモ貰えるなんて甘い考えだった。遅刻なんて駄目に決まってるよね。怒られるのが苦手で、甘やかされて育てられた私に、ポケンモマスターの夢を追う資格なんて無いんだ。大人しく家に帰って職探そうかな…
その時ふと、子供の頃の記憶が蘇る。夏休みのある日、ヤマシタタウンの大きな公園でポケンモフェスが行われていた。
「えーん、えーん!お母さんどこ?」
「スミレちゃん!」
「お母さん!」
「よしよし。また誰かさんの後ついていっちゃったのね」
「ごめんなさい…」
「全然大丈夫だよ。スミレちゃんは大きくなったら何になりたいの?」
「私、大きくなったらポケンモマスターになる!」
「スミレちゃんならなれるよ。どのポケンモが好きなの?」
「決められない。みーんなスミレの虜にさせちゃうんだから」
「いい子だねスミレ。私はカビンゴちゃんが好き。底無しの胃袋の持ち主だけど性格は穏やかなんだよね」
「あのお腹、絶対気持ち良いよね。カビンゴちゃんのお腹の上で寝たいな」
「スミレちゃんなら大丈夫だよ。カビンゴちゃんは、優しい子のところに現れるんだって。いい子にしてれば必ず会えるよ」
「カビンゴちゃんに会いたい!だから私、いい子でいるよ」
涙に咽ぶ現代のスミレ。すると足元に白くて小さなポケンモが現れた。
「チビンゴちゃんだ…ついてきてほしいの?」
チビンゴに導かれるまま歩いて行くと今度はその進化形である蒼くて中くらいの大きさ(とはいえ体重は100kg近くある)のポケンモ・チュビンゴに出会った。合流するや否や、ビンゴ達はチャイナストリートの細い路地に入り込んでしまう。チュビンゴとスミレは通り抜けるのに一苦労であった。そして通り抜けた先は何故か崖になっていて、何も知らないスミレは落下してしまった。
「きゃーん!」
トランポリンのように跳ね返る着地面。何回か跳ねて無事着陸することができた。
「この感覚はもしかして…カビンゴちゃん⁈」
「ンゴンゴ…ンゴーーーーーーーーーー!」
「カビンゴちゃんだ!本当に会えた!」
「ンゴ…ンゴ?」
「何て言ってるんだろう。そうだ、このスマホイトダで調べてみよう」
ボク、スマホイトダ。ポケンモノデータガハイッテル。イチブポケンモノコトバハホンヤクガデキル。ンゴトークモードヲカイシシマス。
「お腹空いたンゴ!」
「お腹空いたのカビンゴちゃん?」
「そうだ。あなた、名前はなんて言うンゴ?」
「私はスミレ。今日からポケンモマスター目指す旅を始めたの。でも最初のポケンモ貰い損ねちゃってさ…」
「そうか。あ、ラムボールの匂いがするンゴ」
そう言ってカビンゴはスミレの鞄から手持ちのラムボール100個を奪取し食い尽くしてしまった。
「ラムの強く上品な香り、もさつきのないチョコと生地、シャキシャキとした食感のレーズン、堪らないンゴ〜」
常人なら怒りたくなるところであったが、ポケンモ捕獲を半ば諦めていたスミレはもうどうにでもなれという気持ちで、怒る気にもなれなかった。
「あなたは優しいトレーナーさんだンゴ」
「えっ?」
「あなたは親御さんからたっぷりの愛情を受けて育てられた。だからラムボール食べ尽くしても怒らない優しい心を持っているンゴ」
「(そうだ、優しい心を忘れてはいけないんだ)」
「良かったら僕を最初の手持ちポケンモにするンゴ」
「え、いいの?」
「スミレちゃんと一緒なら心強いンゴ!」
「ありがとうカビンゴちゃん…私諦めかけていたんだポケンモマスターの道。だから出会えて嬉しい」
「僕も嬉しいンゴ。チビンゴとチュビンゴ、僕は信頼できるトレーナーさんと旅に出るンゴ」
涙するチビンゴ、チュビンゴ、スミレ。
「立派なカビンゴに育つんだぞ。達者でな」
スミレはカビンゴにしがみつき、回転するアース派ポケンモ・ナニイッテに乗せられてヤマシタタウンまで飛んでいった。
「ママ〜、スミレの最初の手持ちポケンモ決まったよ!ジャン!」
「カビンゴちゃん⁈三傑ポケンモじゃなくて⁈」
「三傑は貰えなかった。困って泣いていたらチビンゴちゃんに導かれて、カビンゴに出会えたんだ」
「良かったね。良い子にしてたから助けてくれたんだね」
「ママ、私を優しく育ててくれてありがとう。カビンゴちゃんも一緒に、これからもよろしくね」
甘々なスミレの口ぶりに、カビンゴの表情も綻ぶ。スミレの虜になった初めてのポケンモ・カビンゴ。強力なこの方を迎え、スミレのポケンモマスターへの道は漸く輝きだした。
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